安藤裕子が11月にリリースしたアルバム『Kongtong Recordings』は、「名盤」の一言ではくくれないほど、実に素晴らしい作品である。一度聴いたら、なかなか現実へと戻ってくることができない。それほど作品の世界に没頭させられる。安藤自身はそんな同作を言い表す際、「名盤」という言葉のアタマに「けだし」をくっ付ける。「まさしく」「たしかに」という意味を持ち、現在ではほとんど使われることがない、つまりは死語だ。そういった言葉を持ち出してくるあたりが彼女らしいところ。2022年1月16日(日)には大阪のCOOL JAPAN PARK OSAKA TTホール、2022年1月22日(土)には東京・中野サンプラザホールにて同作を引っ提げた公演を行うが、果たしてどんな空間が広がるのか。安藤に、『Kongtong Recordings』の作品づくりの背景について話を訊いた。

安藤裕子

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――安藤さんは今作のことを「けだし名盤」と称していますね。

かつて自分に付いてくれていた最初のディレクターが、「いつか「けだし名盤」と書かれるようになりたいね」と言っていたんです。2016年以降は自分がプロデューサーも務める形で音楽をやっていますが、独り立ちの証として「けだし名盤」と書かれる作品を完成させたい気持ちがずっとありました。今回、やっと人様にそう書いてもらえるすごく良いポップス作品ができたんじゃないかなと思います。

――いや、2021年を代表する傑作だと感じました。もともと作品の仮テーマとして、映画『サスペリア』をイメージにしていたそうですね。ただ、最終的にはそのコンセプトは現在の形へと置き換わったとのことですが、ちなみに『サスペリア』は1970年代のダリオ・アルジェント監督版か、それとも2018年のルカ・グァダニーノ監督版のどちらですか。

『サスペリアPART2』(1975年)です。事件が起きるときにいつも童謡のような曲が流れてゾワゾワとさせられました。あと私は横溝正史原作、市川崑監督の『金田一耕助』シリーズが好きでずっと観てきましたが、あれも事件前に「ドゥン、ドゥン、ドゥドゥドゥドゥン」とベースの音楽が鳴って不穏感を煽ってくる。自分が好きなホラー映画やミステリー映画にはどこか相通じているものがあるんです。そういう不穏感が私の初期衝動ですね。

安藤裕子

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――それは、広く知られている「安藤裕子像」とは違う印象ですよね。

バラード曲には興味がなかったから、デビューしてからそういう曲をやるとは思っていなかった。そもそも私はちょっと変わった人間なんです。人の気持ちが分からないし、空気も読めない。作る音楽だって家で多重録音したり、シンバルの割れた音を使ったりして。デビュー前に蟻の曲とか作って「なにそれ」と言われていたくらいなので。だけどデビューが決まって、いろんな方から人間らしいポップスを教わって、バラードを歌うようになった。いわゆるみんなが知っている「安藤裕子」が出来上がったんです。

――『金田一』シリーズの主人公・金田一耕助も空気読めないから、安藤さんと似ているじゃないですか(笑)。

そうそうそう! だから共感があったのかも。兵ちゃん(石坂浩二)が演じる金田一はどこかトンチンカンだし、人の心に疎い。そういうところが共感できるんです。

安藤裕子

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――安藤さんがかつていだいていた初期衝動は現在、どうなっていますか。

デビューしてから15年くらい忘れてしまっていたところがあったんです。でも2016年に休業に入り、それから「もう一度、音楽をやろう」となったときに、その初期衝動がよみがえってきた。私がもうちょっと音楽を好きでいるために作り始めたのが『ITALAN』(2018年)、『Barometz』(2020年)、そして『Kongtong Recordings』でした。この3作の流れのなかで、自分が好きなことをやりつつ人に聴いてもらうための音探しをやっていたというか。バラード曲は自分としては十分やりきったので、「もっと自分の音に偏ってやっていこう」という気持ちが膨らみました。そして『サスペリア(仮)』に取り掛かりました。

――そんな『サスペリア(仮)』が、『Kongtong Recordings』に置き換わったわけですがその理由というのは?

私の暮らしぶりに合わせてどっぷり暗いものを作るつもりで『サスペリア(仮)』のデモを作っていたけど、歌詞が嘘っぽく感じてしまったんです。歌を吹き込んでも心が入っていないというか。歌は、言葉に真実があるかどうかが問われるもの。『サスペリア(仮)』は五里霧中でした。自分自身はいろんなさい疑心のなかで生きているのに、『サスペリア(仮)』に関しては作り物のサスペンスみたいに思えてしまった。それでガラッと切り替え、「『サスペリア(仮)』は一旦置いておいて明るい作品を作ろう」と。

安藤裕子

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――五里霧中に陥ったのはなぜですか?

死生観に飲まれてしまったんです。東日本大震災もそうですし、あと何年かやりとりをしていたファンの方が亡くなったことも大きな出来事でした。だんだん衰弱していくところも見ていましたし、自分自身が人の死をどこまで背負えるのか考えたりしていると、限界を感じてしまいました。そこで休んだのですが、結局、人間未満な私にできるのは曲を作って歌うことだけ。ワチャワチャと音を作って楽しんでいた時代を取り戻すことが必要で、そこでまず『ITALAN』が出来上がった。それまで私の曲を愛でてくれていた人は「なんだこれは」となったはずです。

――確かに雰囲気が変わりましたよね。

でもそれは致し方なくて。なぜなら私はもう、以前の場所には戻れないから。一度、相当な灰色の日々を送ってしまったので、この先は色褪せないということを続けなきゃいけない。そうじゃないと自分の命も続かない。そのためには私が楽しいと思うことをやった方が良い。今はワクワクするものを模索して曲を作る日々です。

安藤裕子

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――だからなのか『Kongtong Recordings』の歌詞的な共通項として、終着をイメージさせるものが多いですよね。

どっぷり死生観にハマりすぎた余韻なのかもしれません。特に「Goodbye Halo」「衝撃」は、『進撃の巨人』の世界に引っ張られて作ったので。どちらもまさに、終わりの風景や末路を歌っています。

――安藤さんがアニメ『進撃の巨人』のエンディングテーマを歌うと聞いたときは、予想外で驚きました。2021年の安藤さんを振り返る上では切り離せない話題です。

『進撃の巨人』は人間の業や社会を描いているから、私の得意分野なんですよね。同じく収録曲「森の子ら」も、『進撃の巨人』の同タイトルの回からインスピレーションを得て作りました。コミックであの回を読んだとき、号泣したんです。で、この曲のプリプロダクション(仮録音)の休憩時間、私が「もしも自分の子どもが誰かに殺されたとしたら、絶対に復讐する」という話をしたら、スタッフさんが「でもこの法治国家でそれはどうなんだ」と。「戦争における殺人は正義に移り変わるものなのに、なぜそれはダメなんだろう」と言えば、「死刑やリンチが許されたら、人は更生の余地すら許されなくなる。人間は常にバグを起こして間違いを重ねるけど、それを修正していかないと社会は成り立たない」など意見がぶつかったんです。

安藤裕子

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――壮絶なプリプロ現場ですね。

そのあとデモのコーラスを録ったんだけど、いろいろ考えてたら号泣しちゃって。ディレクターなんて、普段はすごくチャラい感じの人なのに、そのときは無言で他所を見ていて全然近寄ってこなかった(笑)。

――このアルバムはそういう深遠さにどんどん引き込まれていく。しかも1曲目「All the little things」、2曲目「ReadyReady」なんて間口が広い曲だから、フッと足を踏み入れちゃう。そうしたら抜け出せなくなる。その2曲はミュージックビデオも、食パンをくわえて「遅刻、遅刻」と走っていたら角でイケメンにぶつかるという、めちゃくちゃベタなアニメーションですね(笑)。

あのアニメーションの女の子は、某ギャグ漫画をオマージュしているんです。あと急に白目を剥くのも某少女漫画のタッチ。ここでタイトルを出すといろんな会社から怒られそうなんですけど(笑)。最初、そういうふざけたオマージュで「ReadyReady」のMVを作ってみたらすごくかわいくって、「All the little things」もそのテイストでお願いしたんです。実はこのアニメーションは3部作で、収録曲「少女小咄」のミュージックビデオで完結します。あの女の子が歳を重ね、こたつに入ってゆで卵を食べながら昔の恋を思い出す話を作っています。

安藤裕子

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――アニメーションのMVもそうですが、安藤さんは表現手段が数多いですよね。10月には短編小説『謀られた猿』(小説集『コーヒーと短編』収録)も発表されました。

夏にお話をいただいて、すぐに書きました。時代風刺の物語ですね。『ITALAN』のときも購入特典に付けるために短編小説を書いたのですが、私の小説は大きな事件が起きないんです。そういえば休業中「お墓探し」の話を書き始めたんですけど、それがどうしても片付かない。ちょっと長めの作品で、ひとまず書き終えてはいるけどピンとこなくて、書き直しているところです。

――「お墓探し」の話は昔からいろんな人間事情が絡んでくるものですね。

祖母のお姉さんのエピソードをモチーフにしていて、戦前と現代を行き来する話なんです。実際にあったことなんですけど、母のもとに、ゆた(いたこ)のような人から突然「あんたの家系に殺された人がいる。お墓がないんだよ。とにかく墓を見つけてあげて、手を合わせなさい」と電話がかかってきたそうで。その話に興味を持って、書いてみようと。

――音楽、執筆など、今の安藤さんはとても活動的に見えます。

灰色に戻らないというのが私のテーマです。自分を鼓舞して、落ちていきそうになると「ちょっと待て」と自らストップをかけています。落ちるときは「トカトントン」と転げちゃったりする。そうやって色褪せる瞬間が来ますから。そこを「ちょっと待て、浮上しようよ」と言い聞かせて。そういう状態を繰り返しながらやっていくつもりです。

安藤裕子

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取材・文=田辺ユウキ 撮影=ハヤシマコ