第18回ショパン国際ピアノコンクールで第2位を獲得したピアニストの反田恭平。凱旋コンサートの東京初日公演が、2022年1月6日(木)にサントリーホール 大ホールで開催された。コンクールのステージでも演奏されたショパン作品がよりいっそう力強さを増してホールの大空間に響き渡り、満場の客席を興奮の渦へと巻き込んだ。アンコール5曲の演奏を含む、2時間半を優に超えた東京公演初日の模様をお伝えしよう。

リハーサルの様子

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1月6日、『反田恭平 凱旋コンサート』ツアーのラストを飾る東京でのリサイタル初日公演が開催された。この日、あいにく都心は昼間から大雪に見舞われ、足にも影響が出ていたが、開演時刻を遅らせるには至らず、ほぼ定刻に演奏会はスタートした。

事前からこのコンサートツアーのチケットの争奪戦の模様はSNSなどでも囁かれていたが、サントリーホール大ホールは満席。東京では珍しい積雪という悪条件にも関わらず、会場は反田の演奏を今か今かと心待ちにする観客の熱気にあふれていた。


反田が颯爽と舞台に登場。ショパン・コンクール以前にはめったに見られなかった蝶タイ姿だ。この数か月で一段と貫禄が増した感がある。

一曲目は「ワルツ 第4番」。“猫のワルツ” といわれる作品だ。猫好きの反田が好んで弾く作品だが、昨年10月に開催されたショパン・コンクールの舞台での、(30数年前の)あの伝説的なブーニンの演奏を凌ぐスリリングで華麗な演奏ぶりがよみがえる。この日の演奏はよりいっそう安定感が増し、まさに猫が鍵盤上で軽やかにステップを踏んでいるかのようだった。テンポの緩急の洒脱さや転調による色彩感のマジックに一曲目から圧倒される。



続いて「マズルカ風ロンド」。「マズルカもロンドも大好き」という反田のこの作品に対する愛情がひしひしと伝わってくる。華麗で愛らしいロンド様式の中にも、マズルカらしい素朴な民族色の強いリズムが冴えわたる。千変万化するピアニッシモの表情の豊かさ。そして、フィナーレの“カスカータ(滝)”のような流麗かつ華麗な弾き納めに息をのむ。反田の躍動感あふれる演奏は、ショパン若き日の多感でナイーブなこの曲を、よりいっそう秀逸なものへと昇華させていた。

続いて、そのまま「バラード 第2」へ。祈りのようにも感じられる静謐な第一主題。翻って、第二主題は迫真に迫る性急さで激情を爆発させる。コンクール以前は若干、力で押し切る一面も見られたが、この日は、ほとばしる情熱を内に秘め、聴き手の心を揺さぶる円熟味のある情感にあふれていた。



反田のバラードは明るい恋の歌のようなエレガントさが特徴だが、この日の演奏も、緩徐部分での貴婦人が歩いているかのような優雅さと緊迫感のある第二主題との、 ‟静と動”、‟常軌と狂気” のコントラストが実に秀逸だった。そして、怒涛のように破滅的なカタルシスへと向かうコーダ。さらに、再び冒頭の祈りを想起させる結びのカデンツの思い深げな和声感。この作品の持つストーリー性を露わに抉(えぐ)りだす考え抜かれた構成の妙が見事だ。

ここまでの三作品を一気に弾き切ると、ようやく客席の拍手に応えて丁寧なお辞儀をする反田。しかし、袖に戻ることなく再びピアノへと向かう。前半プログラムの最後を飾るのは「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」だ。前半部の前奏(アンダンテ・スピアナート)では、鍵盤を愛おしむように流麗に歌い紡ぐ。コンクールの前よりも、よりいっそう反田の音楽に愛情と優しさが加わったのは間違いない。


中間部へのつなぎのような他愛もないくだりでも、コラール風の重層感のある厚みを美しく聴かせる。反田のポリフォニー的な和声感は以前から目を見張るものがあったが、倍音の捉え方を含め、よりいっそう深みのある色彩感と密度の高さが加わり、オーケストラのような多声的な響きが会場の空間をあたたかく包み込む。

そして、後半のポロネーズ。様々な語法の旋律がめくるめく現れる豊饒な音の世界を理路整然と、しかし、決して情感の渦を押しとどめることなくバランスよく歌い上げる。反田はショパンの息遣いを完全に身体全体で捉え、自らのものとしていた。そして、次第に展開してゆく右手旋律のギャラントな感情の揺らめきを、折り目正しい様式感と、直感的な “遊び心” が織りなす絶妙なさじ加減で雄弁に歌い上げ、聴き手を思う存分楽しませ、酔わせてくれた。



休憩を挟んで後半第一曲目は「3つのマズルカOp.56」(マズルカ第33/34/35番)。反田は以前から、マズルカの中でも最も複雑で難解な作品の一つと評されるこの作品集に果敢に挑み、結果的にマズルカの本場、ポーランドの大舞台で高い評価を受けた。この日の演奏もまた、数々の経験を経た後の反田の確固たる自信にあふれた歌心が、満場の聴取の心を掴んでやまなかった。

明るく伸び伸びとした生命感あふれる民族舞踊のリズム。第一曲目から反田がどれほどこの曲を愛おしんでいるかが力強く伝わってくる。農民たちが手を取り合って喜びあふれ踊る様子が手に取るように感じられた。

3曲目の第35番は、この作品だけで一つの独立した曲にも思えるような大マズルカだ。反田はこの作品でもポリフォニー的な重層感を聴かせ、複雑な楽想に満ちた幻想曲的な作品を自らの信念あふれる思いと言葉によって重厚に練り上げた。



そして、ほぼアタッカ(曲間を空けず、続けて演奏すること)で ソナタ 第二番「葬送」へ。難解なマズルカから大ソナタへと間髪を入れず挑む反田の集中力と気力、体力は信じがたいものがある。

熱情的に始まる第一楽章。むしろ、反田は冒頭から “パッション” というよりも深い諦観を湛えるかのような抑制のきいた思いを吐露する。冒頭主部の二回目のリピートでは、浮遊する魂のはかない叫びにも感じられる茫々とした、しかし、強い思いにとらわれた情動へと思いを発展させる。そして、複雑な展開を経ての帰結では、あたかも彷徨(さまよ)う霊魂が、幾多の旅路を経て、ようやく平安の境地を見出したかのような内に秘めた耀(かがや)きの幻影を漂わせていた。悲壮感に満ちた始まりから一つの楽章の終わりまでの反田の一貫した文脈の読みの鋭さが冴えわたる。


第三楽章の葬送行進曲。ゆったりとしたテンポで一音一音をかみしめるように綴ってゆく。だからこそ第二主題に描かれる魂の解放が、よりいっそう輝きを増していた。第4楽章は墓標に流れ吹く風の描写とも言われるが、反田は得体の知れない不気味さの中にも、一つの大きな物語を締めくくるエピローグのように、終始、倍音効果を際立たせ、沸き立つ余韻を燻らせていた。演奏後に客席を漂う残り香が美しかった。

不思議なのは、このソナタの後に客席から全く拍手がなかったことだ。確かに ‟大拍手” というような曲想ではないが、この日の聴衆は、反田がそのまま一つのストーリーを完結させるために鎮魂歌ともいえる「ラルゴ 変ホ長調 B.109」が続けて演奏されることを察知していたのだろうか。

しかし、反田の描きだす一つの壮大なストーリーはまだ終わらない。ラルゴに続いて演奏されたのは「ポロネーズ 第6番《英雄》」だ。魂の輝かしい復活―― “英雄の甦り” にふさわしい凱旋のメロディ。反田は驚くほどに広いダイナミックレンジを駆使し、息の長いパースペクティブで激情のほとばしりを全身で表現する。もはや、アゴーギクなどという枠組みでは表現しきれない、反田の身体と言葉と、情熱とが一体となった自然な感情の発露に客席の思いも完全に混然一体となっていた。



本プログラム最後のこの作品を弾き切ってようやく聴衆の大喝采に応える反田。客席の熱いエールに応えてのアンコールは「スケルツォ 第2番」だ。“Scherzo” らしい、冗談めいた軽やかさの中にある完璧なまでの技巧と自信に満ちたフレージングの洒脱さが心憎い。

そして、アンコール二曲目は@ノクターン 第17番Op.62-1」。反田がショパン作品の中でも「最も好きな作品」というものだ。ショパン・コンクールのステージでも幾度となく美しい演奏を聴かせてくれた。ソプラノ歌手が密度の濃いピアニッシモで流麗に息を紡ぐように、息の長い繊細な旋律を終始エレガントに歌い上げ、よりいっそう磨きのかかった芸術性を聴かせてくれた。トリルや挿入句でのダイナミクスや感情表現も大胆そのものだが、その試みがどれほどまでにドラマティックな陰翳を生み出していたことだろうか。

鳴りやまぬスタンディングオベーションに応え、エチュードを二曲続けて演奏(Op.10−1/8)。「Op.10−1」では、ダイナミックにアルペッジョを弾き出すと、会場から拍手が沸き起こった。

エキサイティングにエチュードを弾き終えるとマイクを持って客席に挨拶をする反田。


「アンコールはもっとたくさん弾きたいんですが、退館時刻というものがありまして…。あと5分くらいなので最後に一曲だけ演奏します」と語り、客席を笑わせる。そして、「SNSなどで、皆さんから多くの応援のメッセージを頂き、一か月間、苦しみながら、そして楽しみながら(ショパン・コンクールを)終えることができました。今日は皆さんに感謝の気持ちを込めて演奏しようと決めていました」と、続けて聴衆に感謝の気持ちを伝えた。

感謝の意を込めてだろうか、最後の一曲は、おなじみの「シューマン=リスト 献呈」。いつにも増して愛情のこもった歌心の美しい演奏だった。興奮の渦が冷めやらぬ会場に最後の贈り物を残し、反田は舞台袖へと去っていった。アンコール演奏は全5曲にわたり、振り返れば公演時間も優に2時間半を超えていた。



取材・文=朝岡久美子 撮影=荒川潤