名匠 秋山和慶の複雑に動く指揮棒がピタリと止まった次の瞬間、大きな拍手がホールを支配した。ステージに立つ秋山とオーケストラのメンバーの満足そうな表情が、この日の演奏を物語っている。

秋山和慶と日本センチュリー交響楽団  (C)s.yamamoto

秋山和慶と日本センチュリー交響楽団  (C)s.yamamoto

今宵のメインプログラムは、難曲で知られるバルトークの「管弦楽のための協奏曲」。コロナの影響で来日出来なかった外国人指揮者の代役として指揮をすることになったのは、このオーケストラ、日本センチュリー交響楽団のミュージックアドバイザーを務める秋山和慶だ。急なオファーを物語るように、秋山は翌日、東京交響楽団の定期演奏会を指揮するという。2日続けて、違うオーケストラの定期演奏会を指揮するということは、あまり聞いたことがない。リハーサルはどうしていたのか。事務局に確認すると、本番前日を2回目のリハーサルに充て、その前々日に初めてのリハーサルを行ったというのだ。2回のリハーサルトと直前のゲネラルプローベで、難曲バルトークの「オケコン」を、あのクオリティで演奏したというのだから日本センチュリー交響楽団の演奏力の高さには驚くほかはない。もちろん、センチュリーからあれだけの音楽を引き出した秋山の手腕には改めて賛辞を送りたい。

バルトーク「オケコン」の変拍子を見事に指揮する秋山和慶  (C)s.yamamoto

バルトーク「オケコン」の変拍子を見事に指揮する秋山和慶  (C)s.yamamoto

東京と大阪を行ったり来たりで指揮をした秋山和慶は、現在81歳。いったい、どこにあれ程の体力と集中力が有るというのか。そう言えば、去年から今年にかけて、コロナで来日出来ない外国人指揮者の代役を務めた回数では、日本人指揮者の中でも圧倒的に上位のはず。レパートリーの広さ、バトンテクニックの確かさに加え、オーケストラのメンバーに信頼されていることの証であろう。

この日の日本センチュリー交響楽団の定期演奏会では、演奏前に望月正樹楽団長がマイクを握って、クラウドファンディングの協力を客席に呼び掛けていた。印象的だったのが、望月楽団長がマイクを持って出てきた瞬間に、オケのメンバーはさっと立って、話しが終わるまで立ち続け、最後、一礼をして着席をしたことだった。これ、出来そうで出来ないというか、やろうと言ってもなかなか徹底出来ない事だと思う。楽団長が話している間、居住まいを正し、座ったままでも別に違和感は無かったはずだが、メンバー全員が立って聴衆に向き合う所に、この楽団の姿勢のようなものを見た気になって、演奏前から爽やかな気持ちになった。

クラウドファンディングの支援呼びかけには、楽団員全員が起立  (C)s.yamamoto

クラウドファンディングの支援呼びかけには、楽団員全員が起立  (C)s.yamamoto

定期演奏会の前日に、多忙を極める秋山和慶が、私のインタビューに答えてくれるという知らせを日本センチュリー交響楽団の事務局から受けた。それなら、現在の楽団の置かれた状況と、今回のクラウドファンディングの目的を事務局に事前に確認し、その事についても秋山に聞こうと考えたのは、秋山和慶こそが、経営状況の悪いオーケストラ存続のピンチを数多く経験し、それを乗り越えて来た経験を持つ、百戦錬磨のマエストロに他ならないからだ。

まずは、楽団専務理事にして事務局次長の小田弦也にセンチュリー響の現状を聞いた。

―― 現在、2度目のクラウドファンディングに挑戦中です。昨年実施されたクラウドファンディングでは、「楽団の存続をかけた挑戦」ということで支援を呼びかけられ、1000万円の目標に対して1500万円以上の寄付が集まりました。

小田弦也 目標を大きく上回るご支援を頂き、楽団存続の危機を救って頂きました。それに加え、公的な助成などもあり、無事に存続の危機は乗り越え、新たな取り組みに挑もうと考え「存続のその先へ 〜 未来へつなぐ新たな挑戦」ということで、改めてクラウドファンディングをお願いし始めたところで、事態が大きく変わりました。

首席指揮者 飯森範親と日本センチュリー交響楽団  (c)Masaharu Eguchi

首席指揮者 飯森範親と日本センチュリー交響楽団  (c)Masaharu Eguchi

―― オミクロン株の出現ですね。一時は黒字決算が見込めるような話を伺っていましたが、状況は一転したと云うことでしょうか。

小田 そうです。オミクロン株による感染の爆発的な拡大で、中止や延期は10公演を超えています。このまま行くと、数千万円の赤字決算の見込みとなり、現在当楽団は再び存続の危機に立たされています。

―― 社会とオーケストラがともに持続可能な取り組みを始めるということで、大変興味深い活動を発表されていました。

小田 大阪駅からザ・シンフォニーホールまでの送迎バスの運行や、0歳児のためのコンサートの実施、学生が5000円でセンチュリー全ての主催公演が聴ける「学生年間パスポート」の発行など、喜びと笑顔で音楽を楽しんで頂ける取り組みを行ってまいります。

―― オミクロン株により状況が変わったことを受けて、既にチラシにもなっている「存続のその先へ」というコピーは、変更されるということですか。

小田 はい、もうすでにホームページでは、「感染拡大、再びの危機を乗り越えるために」というコピーに変えております。

―― 大変だと思いますが頑張ってください。演奏前とカーテンコールでの客席に向けたお辞儀や、SNSに於けるメンバーの感謝のつぶやきなど、センチュリーのメンバーは皆さん感じが良いと評判です。そして何よりも、演奏力が以前よりもアップしているように感じます。

小田 有難うございます。SNS等は、皆で話し合って積極的にやってくれています。メンバーも、大好きなこの楽団で音楽を続けられるようにと必死です。技術を高め、感謝の気持ちを持つ。メンバーの気持ちが一つになって、良い演奏が出来ているように思います。それだけに少しでも楽団の趣旨に協力して頂ける方を増やして行ければと思っています。

「大好きなこの楽団で演奏を続けたい!」 リハーサルにも熱が入る  写真提供:日本センチュリー交響楽団

「大好きなこの楽団で演奏を続けたい!」 リハーサルにも熱が入る  写真提供:日本センチュリー交響楽団

―― クラウドファンディングは3月20日(日)までの受け付けで、現在1000万円の目標に対して、500万円程とまだ目標までは遠い印象です(2月24日現在)。コチラも対外的な告知協力はさせて頂ければと思っておりますが、こういった厳しい状況だからこそ、素晴らしい音楽を奏でることが一番大切だと思います。

小田 仰る通りです。来年度の自主公演のプログラムを発表した効果だと思いますが、定期会員は現段階でも随分増えました。コロナ禍で人の集まりを避ける傾向にある昨今の状況を考えると、これは評価できると思います。来年度は、3人の指揮者陣のカラーが一際色濃く反映されたプログラムで、他の楽団との差別化も明確だと思います。自慢のソリスト陣は、待望のデジュー・ラーンキさんから、反田恭平さん、角野隼斗さん、牛田智大さんといったショパンコンクール出場組や、ヴァイオリンの辻彩奈さん、金川真弓さんといった若手の実力者など、今まさに旬のソリストが登場します。HPからシーズンプログラムをぜひご覧頂き、コンサートホールにお越しください。そして、クラウドファンディングも、よろしくお願いいたします。

秋山和慶を中心に「皆さま、クラウドファンディングのご支援、よろしくお願い致します!

秋山和慶を中心に「皆さま、クラウドファンディングのご支援、よろしくお願い致します!

―― 小田さん、ありがとうございました。

そして、本番前日のリハーサルを終えた秋山和慶に、あんなコトやこんなコトを聞いてみた。

―― 2020年度からミュージックアドバイザーに就任されている日本センチュリー交響楽団が、再び存続の危機ということでクラウドファンディングを始められました。日本センチュリー交響楽団はどんなオーケストラですか?

秋山和慶 コロナの影響もあって、オーケストラは何処も大変です。こちらのオーケストラは、大阪センチュリー交響楽団の時代から指揮させて頂いていますが、若々しくエネルギッシュで、雰囲気が明るいのが良いですね。皆さん一生懸命練習しますし、少々リハーサルが延びても文句も出ません(笑)。一昨年からはポジションを与えてもらい、仲間に入れて頂きました。感謝しているところです。大阪府のオーケストラから民間に変わる過程も見て来ています。厳しい状況ですが、スポンサー企業も何社もあり、センチュリーファンのお客様方の温かい応援もあります。それらを糧にし、良い演奏を続けて行けば、道は開けて行くと思います。

感謝の気持ちで良い演奏をやって行けば、道は開けて行くと思います  (c)堀田力丸

感謝の気持ちで良い演奏をやって行けば、道は開けて行くと思います  (c)堀田力丸

―― 秋山さんと云うと、東京交響楽団の経営破綻を身近で経験されています。

秋山 はい、私が東響に入ったのが1963年9月、翌64年2月がデビューコンサートで、その直後の3月にTBSとの契約が切れたことに端を発し、経営破綻で楽団は解散となりました。

すぐに自主運営の形で活動を再開しましたが、出来る限りの数(演奏会)をこなさないと楽団が成り立たないということで、毎日が練習又は本番という感じで、そのほとんどを私が指揮しました。それでも楽団員には給料を払いきれず、練習場の赤電話の小銭をかき集めて皆で分け合うなどということもありました。おかげで私自身のレパートリーは増え、読譜力も高まりました。

しかし、他のオーケストラからは、ゴミを拾って食っているんだろう!という意味を込めて‘ゴミオケ’と言われていました。それでも頑張って続け、80年代にスカイラークが経営に参画してくれるまでは大変でした。そんな経験から言えば、まだまだセンチュリーは頑張れます。私も協力できることはやらせて頂くつもりです。

まだまだセンチュリーは頑張れます。私も協力は惜しみません!

まだまだセンチュリーは頑張れます。私も協力は惜しみません!

―― 秋山さんの存在は、センチュリーにとって心強いでしょうね。元々上手なオーケストラですが、随分鍛えられ、演奏力は上がったように思います。

秋山 はい、若い人も増えて上手くなりました。短時間で何でもこなしますね。その昔、他のオーケストラでしたが、「オケコン」をやった時なんか、4日かけても満足のいく出来にはならなかった覚えがあったのですが、今回は2日練習できっちり行きました。変拍子もバッチリです。

秋山和慶もその高い演奏力を認める日本センチュリー交響楽団  (c)Masaharu Eguchi

秋山和慶もその高い演奏力を認める日本センチュリー交響楽団  (c)Masaharu Eguchi

―― 秋山さんと云えば斎藤メソッドの体現者として知られています。

秋山 中学3年の時に初めて桐朋学園オーケストラ(音校生・音大生)の演奏会に行って、そのレベルの高さに驚きました。指揮をしていた小澤征爾さんを訪ねると、私を斎藤秀雄先生のもとに連れて行き、「こいつ、指揮者志望だそうですよ」と言われました。その時からずっと斎藤先生の下で学び、斎藤指揮法を自ら実践して来ました。

斎藤メソッドは最強です!  (C)s.yamamoto

斎藤メソッドは最強です!  (C)s.yamamoto

―― 秋山さんが海外でも評価され、今日まで第一線で活動されているのは斎藤メソッドを習得されているからでしょうか。

秋山 そうですね。60年代後半、丁度来日していたレオポルド・ストコフスキーが、私が指揮している姿をテレビで見て、判りやすい棒だということで自分が創設して音楽監督をしているアメリカ交響楽団に呼んでくれました。結局、彼の後を継ぐ形で音楽監督もやりました。トロント交響楽団でもバンクーバー交響楽団でも、海外のオーケストラでは特に指揮法が評価され、国外で60以上の楽団に客演しました。

―― 小澤征爾さんがブザンソンの指揮者コンクールで優勝された時のエピソードは、よく知られています。

秋山 斎藤先生宛に送られて来た電報に「叩きは最大の武器である」と書かれていたと、先生はとても嬉しそうでした。叩きというのは斎藤メソッドの最も基本的な腕の動かし方で、これが世界に認められた瞬間、1959年の事です。

―― 大阪の4つのオーケストラのシェフのうち、尾高忠明さん、山下一史さん、飯森範親さんも秋山さんが指導して、斎藤メソッドを学んでおられます。

秋山 技術的な事は同じように教えているのですが、皆さん斎藤メソッドを良い感じで消化されて、それぞれの個性が出ています。しかしベースにあるのは明らかに斎藤メソッド。外国に出て行ってもちゃんとやれているのは、素晴らしいです。

―― センチュリー首席客演指揮者の久石譲さんも、秋山さんが指揮法を教えておられるとお聞きしました。

秋山 久石さんは作曲家としてご自身の作品も多く、アイデアマンです。ポップスの世界でも十分に通用する人ですが、ある時、クラシックの作品をちゃんと指揮したいので指揮を教えて欲しいと頼まれて、レッスンをするようになりました。今シーズンからセンチュリーでポジションを持たれました。彼の加入でオーケストラのレパートリーは広がります。彼が得意としている現代曲は、これからも作品が残って行くのか、どんな評価を得る音楽なのか、やってみないとわかりませんが、オーケストラである限り、色々な音楽をやるべきです。古典派やロマン派の曲も現代音楽の視点から見た解釈で、新鮮な響きが引き出されると良いと思います。

首席客演指揮者 久石譲

首席客演指揮者 久石譲

秋山は現在81歳。現在の指揮者界をちょっと覗き見ると…秋山と同じ世代に飯守泰次郎や小林研一郎がいる。現役最高齢指揮者の外山雄三は現在91歳。秋山の6歳上に、世界の小澤征爾。そして5歳下が井上道義、6歳下に尾高忠明がいる。高関健や大植英次、広上淳一、佐渡裕、山下一史などが次の世代となる。現在の秋山のポジションは、センチュリー響以外では、中部フィルハーモニー交響楽団芸術監督・首席指揮者、東京交響楽団桂冠指揮者、広島交響楽団終身名誉指揮者、九州交響楽団桂冠指揮者、Osaka Shion Wind Orchestra芸術顧問の任を務める傍らで、洗足学園音楽大学芸術監督・特別教授、京都市立芸術大学客員教授として教壇にも立っている。

日本の指揮者界を牽引する秋山和慶

日本の指揮者界を牽引する秋山和慶

―― 一昨年から、コロナで来日出来ない外国人指揮者の代役として、多くの指揮台に立たれています。

秋山 コロナで働き方も変わり、オンラインが増えて行く中で、コンサート会場での指揮の仕事が増えたのは意外でした。これだけオファーが来るというのは、「まだ指揮者を続けても良いよ。秋山の音楽を聴いてやろう。」ということだとすれば、本当にありがたいなぁと思います。好きでこの道に入ったため、潰しが効きません。必要とされるのであれば、しっかり指揮をしていきたいです(笑)。

―― コロナによる自粛期間中はどうして過ごされていましたか。

秋山 楽譜の整理をしていました。ベートーヴェンのシンフォニーを全部見直したり、その他の勉強の時間が出来たことは、普段1日が28時間あればいいのにと思っている私からすると、有難かったです。しかし、バンクーバーの自宅には2年帰れていません。

コロナの影響でバンクーバーの自宅には2年帰っていません  (C)s.yamamoto

コロナの影響でバンクーバーの自宅には2年帰っていません  (C)s.yamamoto

―― バンクーバーにお住まいなのですね。確かに秋山さんといえば、バンクーバー交響楽団のイメージが強いです。何年くらい関わられているのでしょうか。

秋山 初めて指揮したのが69年の冬でした。気に入って頂いたようで、直ぐに音楽監督のオファーが有ったのですが、受けられる状況ではありませんでした。3年経過した段階で、「まだダメか。ポストを空けて待っているのだが…」と言われ、斎藤先生に相談して受けることに決めました。1972年から1985年まで音楽監督を務め、その後も現在に至るまで桂冠指揮者として良好な関係は続いています。

―― 指揮者と云うと、首や肩に持病を持つ方が多いと聞きますが、秋山さんはどこも問題は有りませんか。

秋山 斎藤メソッドは腕の脱力を基本にしていて、ここぞという所だけ力を入れるので、体に負担はありません。言葉は話せなくても、指揮をすれば、何がしたいのかを伝えることが出来る。斎藤メソッドは最強です。

―― 最後に、来年度の定期演奏会のプログラムの聴き所をお聞かせください。5月定期はイギリスプログラムですね。

秋山 バンクーバーはカナダのイギリス圏を代表する都市で、私もイギリス物は大好きです。センチュリーはあまりイギリス物をやっていないので、ぜひやろうということになりました。ソリストのヴァイオリン辻彩奈さんは、硬軟兼ね備えた素晴らしい奏者。共演が楽しみです。

協奏曲を秋山和慶が指揮すると、ソリストが弾きやすいと絶賛!こちらは小菅優。  (C)s.yamamoto

協奏曲を秋山和慶が指揮すると、ソリストが弾きやすいと絶賛!こちらは小菅優。  (C)s.yamamoto

―― 10月はオール・プロコフィエフプログラムです。

秋山 オール・プロコフィエフというのも、センチュリーでは珍しいプログラムです。先ほども申し上げましたが、オーケストラは何でも出来ないといけない。お客様にもプロコフィエフの魅力を感じて頂きたいです。ヴァイオリンの金川真弓さんも、圧倒的な実力をお持ちです。若い音楽家の台頭には驚かされます。ご期待ください。

―― そういう意味では来年(2023年)3月の豊中名曲シリーズのソリスト、ピアノの角野隼斗さんはショパンコンクールでも話題となりましたし、12月のびわ湖定期公演のソリスト、ピアノの小林海都さんもリーズ国際ピアノコンクール第2位に入賞された話題のピアニストです。

秋山 はい、来年度のセンチュリーの演奏会にはピアノの反田恭平さん、牛田智大さん、務川慧悟さん、サクソフォンの上野耕平さんといった人気と実力を兼ね備えた若手演奏家から、ピアノのデジュー・ラーンキさん、上原彩子さん、ヴァイオリンの漆原啓子さんといった中堅、ベテランソリストも多数登場します。飯森範親さん、久石譲さんのプログラムも聴き応え十分。日本センチュリー交響楽団にご期待ください。

これからも日本センチュリー交響楽団をよろしくお願いします!  (C)H.isojima

これからも日本センチュリー交響楽団をよろしくお願いします!  (C)H.isojima

―― 秋山さん、長時間ありがとうございました。

取材・文=磯島浩彰