東京・新宿のSOMPO美術館で3月26日(土)に開幕した『シダネルとマルタン展』。本展では「印象派の末裔」といわれる二人の巨匠、アンリ・ル・シダネルとアンリ・マルタンに光をあて、油彩画を中心とした約70点の作品で両者の画業を辿っている。今回は同館で本展の担当学芸員を務める岡坂桜子さんに話を聞いた。

『シダネルとマルタン展』

『シダネルとマルタン展』

「フランス近代絵画史のもうひとつの本流」を代表する“二人のアンリ”

――今回の展覧会を通じてシダネルとマルタンという二人の画家に接してみて、岡坂さんが率直に興味深いと感じた点はどんなところでしょうか。

やはり二人とも印象派の流れを受け継いでいるので画面も非常に明るいですし、見ていて気持ちのいい絵ばかりです。ただ、よく見ると二人の作風には大きく異なるところもあって、それぞれの性格やキャラクターがよく出ています。例えば「北の光と南の光」と評されるように、同じフランスでも北部と南部に分かれて活動した二人には、光に対する反応の仕方に違いが伺えます。

SOMPO美術館学芸員の岡坂桜子さん

SOMPO美術館学芸員の岡坂桜子さん

――「最後の印象派」、あるいは「印象派の末裔」の巨匠としてまとめて語られることが多い二人ですが、両者は実際にとても深い関係にあったのでしょうか。

お互いの家を訪ねたり二人展を開催したりと交流はあったようですが、どこまで深い仲だったかはいまひとつ掴みきれていないところがあります。ただ、いわゆる「最後の印象派」と呼ばれる作家の中にも、印象派をそのまま受け継いだような明るい画面を作る集団と「バンド・ノワール(黒い一団)」と呼ばれる非常に暗く写実的な画面を作る集団がいて、二人はともに前者の集団において重要な存在でした。同じようなキャリアの積み方をしてきましたし、晩年には学士院のメンバーに選ばれたという点などでも共通点が多くあります。

――二人は本国のフランスではどういう位置に置かれる画家なのでしょうか。

本展では見どころのひとつに「フランス近代絵画史のもうひとつの本流」という言葉を掲げています。私たちは印象派以降のフランス近代絵画史​として、ポスト印象派やキュビスムといった単線的な流れについてはよく知っています。ただ、そうした新しく前衛的な​流れがあった一方で、作風としてはやや控えめで、そこまで強い主張はないけれど、シダネルやマルタンのような画家もいて、むしろ当時は、そうした画家たちの方がフランス画壇ではきちっとした地位についていたんです。

会場風景

会場風景

国立美術学校で正規の教育を受けた上で、政府が主催していたサロンを引き継いだ新しい形のサロンに活動の拠点を置いた。そこで高い評価を受け続けて、マルタンの方は壁画の国家注文まで受けているんですね。最終的には美術学校の教師にならなかったのですが、芸術家としては最も名誉のあるアカデミー会員に選出された。そこに至った経緯を考えると非常に正統派の画家だったことがわかります。しかしながら、作風が中庸であまり主張がなかったために戦後になって一度は忘れ去られてしまったのだと思います。

実は日本とも馴染みの深い二人の巨匠

――今、日本で二人の画家に光が当たる意義をどう考えますか。

フランスでは1980年代になって二人の大きな回顧展が開かれて、それを皮切りに少しずつ各地で個展が開かれるようになりました。本展もそうした流れの一環にあると思います。実は日本の美術館でも二人の作品を結構持っているんです。例えば、上野にある国立西洋美術館はマルタンの作品を十数点所蔵しています。つまり、それは今から百年くらい前にフランスへ渡った日本人が当時の画壇の中心にいたマルタンに関心を持ち、​作品を買い付けてきたということです。日本人はその頃に一度マルタンを知っていて、実は我々にとっても馴染みの深い作家なんです。本展の作品はすべてヨーロッパから来たものですが、これをきっかけに二人の名前を知ってもらって、日本国内にある彼らの作品にも注目していただきたいですね。

――二人の作品の中に見える「印象派の末裔」として卓越した部分はどんなところでしょうか。

二人とも印象派の技法をベースに光の表現や色彩にすごく関心を持っていた画家です。シダネルの方は本展の代表作である《ジェルブロワ、テラスの食卓》にも伺えるように、繊細な明暗表現が上手な画家でした。印象派というと太陽が燦々と照らしているような日中の風景を描いた作品が多いのですが、シダネルは明け方や夕暮れなど、そうした微妙な時間帯の光を描くことを得意としています。一方で、マルタンは《二番草》を見ていただいても分かるように色彩感覚に特徴があって、影を黒や茶色を使わずに青や紫で描いている点は、まさに印象派の継承者と感じるところです。

シダネル《ジェルブロワ、テラスの食卓》の展示前にて

シダネル《ジェルブロワ、テラスの食卓》の展示前にて

――二人の画家を交互に鑑賞することで、どんなことが見えてくるものでしょうか。

彼ら「最後の印象派」の世代の画家たちは、印象派の画家ほど過激なことはしていません。バランス感覚に優れ、いろいろな要素を組み合わせながら折衷的な表現をして社会的な評価を受けていった人たちです。その中で、印象派がもたらした革命的な表現に対して、どういうレスポンスをしていくかというのが彼らの大きな課題でした。ただそのままを受け入れて継承していくのか、それとも印象派を乗り越えて​新しい表現を目指すのか。あるいは光や色彩の表現の一部分だけに注目して自分の中に取り込むのか。その反応の仕方がさまざまなんです。そうした点において、シダネルは明暗表現に反応し、マルタンはさまざまな色の絵の具を画面内に併置して色彩の効果を探究しました。二人の作品を交互に見ていくとそうした違いが分かると思います。

――最後に展示方法でこだわった部分を教えてください。

今回は図録に「マルタンの壁画装飾」のエッセイを書かせてもらったこともあり、個人的にはマルタンと向き合う時間の方が長かったです。その上で第4章の「アンリ・マルタンの大装飾画のための習作」の展示には特に力を入れました。大きな解説パネルを作り、習作や資料とともに鑑賞しながらフランス国務院にある壁画のスケールが伝わってくるような空間になっています。ぜひ多くの方に見ていただきたいです。

第4章の「アンリ・マルタンの大装飾画のための習作」の展示風景

第4章の「アンリ・マルタンの大装飾画のための習作」の展示風景

『シダネルとマルタン展』は、東京・新宿のSOMPO美術館にて、6月26日(日)まで開催中。

取材・文・撮影(展示風景)=Sho Suzuki 撮影(人物)=草刈雅之