室内楽のスペシャリストとして、カーネギーホールやロンドンのウィグモアホールでのデビューを果たし、数々の権威ある賞に輝いているヴァイオリニストの丹羽紗絵。14年間にわたる米国でプロ活動に終止符を打ち、このたび日本に帰国した。2022年6月24日(金)、東京・銀座の王子ホールで帰国後初のリサイタルを開催する。演奏会への意気込みと今後の活動について話を聴いた。

アメリカから完全帰国 “丹羽紗絵”という存在を思い出す機会に

――20年にわたって滞在されたアメリカから完全に帰国され、久々に日本での演奏会開催、そして、今後も日本で演奏活動を展開していらっしゃる予定とのことですね。

高校を卒業して渡米し、あっという間に20年が過ぎてしまいました。今回、偶然にも帰国する機会を得て、新たに日本で音楽活動していくことを決意しました。ずっと向こうでやっていくのかな……と自分自身でも感じていましたので、このタイミングでの帰国はまったく予想していませんでしたね。そのような意味でも、今回の演奏会は丹羽紗絵という存在を再び思い出す、あるいは新たに知って頂くための機会となれば嬉しく思っています。

――音楽高校で学ばれた後、アメリカを留学先に選ばれた理由は?

当時、師事していた先生が東京カルテットのメンバーでもいらっしゃった原田幸一郎先生でした。東京カルテットでのご活躍ももちろんですが、ジュリアード音楽院の黄金期に学ばれたお一人で、その影響で私も海外に留学するなら絶対にジュリアードと思っていました。ところが、原田先生から当時「今、飛ぶ鳥を落とす勢いの素晴らしい先生がいる」と伺いまして、そちらの先生に師事することになりました。

――クリーブランドの音楽院ですね。

はい、そのような経緯でドナルド・ワイラースタイン先生に師事することになり、最初クリーブランドの音楽院に通いました。その後、ボストンのニューイングランド音楽院で学んだ後、プロの卵として研鑽中のジャスパーカルテットへの所属が決まりました。 そこから、さらにヒューストンのライス大学やイェール大学で直近の東京カルテットのメンバーの方々にも教わりまして、そこから本格的なカルテット活動が始まったという感じです。アメリカは全土で室内楽、特にカルテットの活動が盛んで、どこに行っても仕事に恵まれるというような環境でした。

プログラムのテーマは「愛」

――今回の演奏会のラインナップに関してお伺いします。クライスラーの作品や「タイスの瞑想曲」など大変親しみやすいヴァイオリンの名品集と、プロコフィエフやフランクのソナタ二曲という大曲が融合した構成になっています。

今回は、まず丹羽紗絵について知って頂く、また思い出して頂くための機会にしたいという思いが強く、あえてクライスラーや「タイスの瞑想曲」、そしてモンティの「チャールダッシュ」などヴァイオリンの名曲と言われるような親しみやすい作品をいくつか取り入れています。

また、私自身、カルテットだけでなくピアノとのデュオや、アンサンブル自体に興味があって室内楽全般を専門的に勉強してきた経緯もありますので、プロコフィエフやフランクの「ヴァイオリン・ソナタ」という二つの作品を通して、カルテットとはまた一味違うアンサンブルの魅力もお聴かせできたらと思い、そのような構成にしました。

――ピアノ共演が長富彩さんというのも大変期待できますね。

本当に素敵なピアニストです。先日、初めて長富さんの演奏をお聴きする機会がありました。どんな演奏されるのか楽しみにしていましたら、あの女性らしい印象からは想像がつかないほど表現豊かで力強い演奏で、本当に一音目からその音の迫力に圧倒されました。プロコフィエフまたフランクもピアノパートはパワフルな部分が多いので、今から楽しみです。また、ピアノソロでリストの「ラ・カンパネラ」も演奏して下さいます。

――クライスラーのあの有名な三作品を全曲演奏される予定ですね。

構成的には先ほど申し上げた感じなのですが、私の中では、ラインナップに対してもう一つ「愛」という大きなテーマをイメージしています。まず前半の冒頭にクライスラーの「三つの愛」と呼ばれている作品(「愛の喜び」「愛の悲しみ」「美しきロスマリン」)を演奏するのも、その思いからです。ロスマリンは、ローズマリーという香りの良いハーブを思い起こさせる曲で、“普遍的な愛” というのが象徴的に描かれています。

ただ一口に “普遍的な愛” と言っても、人それぞれで、人生のチャプターによっても感じられる愛のかたちというのは違うものですよね。自分自身のことを考えてみても、アメリカで過ごした20年の間には本当に様々なことが起きました。結婚し、子供も生まれ、というようなライフステージの変化もありました。10代で親元を離れましたので、両親や日本に対しての愛ということを深く感じることもありました。なので、若い時にこれらの作品を演奏していた時と、今、自分自身の中で「愛の喜びってなんだろう」って考えた時に、恐らく、まったく違うものが生まれ出て来ると思うんです。そんな率直な思いを観客の皆様と共有できたら嬉しく思っています。


――プロコフィエフの「ヴァイオリン・ソナタ」は第1番も良く演奏されますが、今回あえて第2番を選ばれています。

「ヴァイオリン・ソナタ 第二番」は、もともとフルートのために書かれたものです。ヴァイオリニストのオイストラフがプロコフィエフに「ヴァイオリンのほうが向いているんじゃないか」と提言し、実際、オイストラフ自身によって初演され、それ以来、ほぼヴァイオリンの作品として知られるようになっています。

実は、このプロコフィエフの作品も「愛」のテーマ繋がりで入れているんです。プロコフィエフというとストレートに愛を感じさせるのは管弦楽の「ロミオとジュリエット」くらいで、それこそ、この第二番のソナタの作風からは愛のイメージは思い浮かばないですよね。

プロコフィエフはロシア出身の作曲家ですが、ロシアに革命の嵐が吹き荒れる最中にアメリカに亡命し、かなり長い間、祖国を離れて生活することなりました。その間も生まれ故郷が忘れられなかったのか、ロシアの民族的な題材を用いた作品をたくさん書いています。結果的にその後ロシアに戻れることになったのですが、第二次世界大戦が始まり、疎開生活でロシアを離れることを余儀なくされたり、戦時下のモスクワに戻ることになったりと、再び祖国が混乱の中にある状況下で作られたのがこの ソナタ第二番です。

というように、亡命後、再び祖国に戻り、創作意欲に駆られたところで、またその地を追われてしまうという運命の流れの中で創作された作品なので、プロコフィエフの「祖国に対する愛」というものが非常に強く感じられます。プロコフィエフの作曲家人生や創作全体においても祖国に対する深い想いがつねに流れているようにも感じています。

クライスラーとプロコフィエフにおける愛のかたちはまったく違う色合いなのですが、私自身も長い間、日本を離れていたことで、日本という祖国に対しての愛情も強くありましたし、アメリカに対しても、半分アメリカ人と言ったら過言ですが、そのような思いも持ち始めたこともあって、自分自身の中にある様々な感情とオーバーラップしながら、作品の本質のようなものを模索してみたいと考えています。


――前半はプロコフィエフで閉じて、後半はフランクの金字塔的な大作品でプログラムを締めくくりますね。

フランクのヴァイオリン・ソナタもアメリカでじっくり勉強させてもらった作品です。フランク晩年の作品で集大成とも言える完璧な曲ですし、フランクの名声を不動のものにした作品と言っても過言ではありません。私にとっても、今回、アメリカで培ってきたものを表現できる機会を得ましたのは、ある意味で集大成とも言えますし、同時に新しい一歩であるとも感じています。そういった思いも込めてプログラム全体をフランクのこの作品で締めくくるのがふさわしいと考えました。

14年のプロ活動、カルテット経験を最大限に生かして

――今後、日本においても室内楽を中心に演奏活動を考えていますか?

自分自身の中でカルテットのお仕事はどんなことがあっても10年はプロとしてやらせて頂こうと決めていました。結果的には、ジャスパー弦楽四重奏団という団体で11年メンバーを務め、その後はフリーランスで3年ほどやっていましたので計14年のプロ活動を通して、現在もアンサンブルに対しての情熱はもちろんありますが、カルテット奏者に戻ろうとは思っていません。ただ、その経験を最大限に生かしつつ、ソロなりアンサンブルなりをやっていきたいと考えています。

――カルテットとソロ活動はまったく方向性が違うように思えるのですが、どのような形でそれを生かしていきたいとお考えでしょうか。

カルテットではつねにセカンド・ヴァイオリンを担当していたんですね。

――それは最も難しい立ち位置ですね。

セカンドは、言わば曲を内側から見つめることができる……、そうですね、縦の線がしっかりと構築された音楽を中で(内声部分で)操作することができるというのでしょうか、ビオラやチェロという低弦楽器と一緒になって曲を操り、推進させているという優越感のようなものさえも感じられるんです。もう、その醍醐味にどっぷりハマりしまして……。ファースト・ヴァイオリンが奏でる主要なメロディーを生かすも殺すも私たち次第なんです。もちろんファースト・ヴァイオリンがあってのことですが、それをいかに盛り上げるか、例えばファースト・ヴァイオリンの調子が今一つの時にも、いかに調子を上げさせるかは内声部、すなわち私たち低弦の盛り上がりによるところが大きいんです。そのような貴重な音楽的な体験を少しでもソロ活動に生かしていけたらと思っています。


多くの人へ多ジャンルの音楽を

――後進の育成にも力を注いでいらっしゃるということですが、今後、日本においても演奏活動と並行して教育分野にも活動の展開も視野に入れていますか?

プロを目指し、音楽を自分の表現の糧としていきたいと真剣に取り組んでいる若い音楽家たちの手助けをしていきたいと思っています。実際、アメリカでも特に若いアンサンブルを中心に教えていたのですが、彼らは何と言っても若さゆえにすごく伸びが速いんです。その手応えたるや本当にすごいもので、「赤」と言ったら、すぐに赤に染まるんです。そういう意味では、こちらも試されますし、こちらが伸びる分、向こうもグングン伸びてゆくという感じでした。

もう一つ、自分自身が主体として立ち上げたカルテットとともに、「あなたが演奏を聴いて気に入った分の価値だけ、ご自分で評価した分だけドネーション(寄付)してください」というようなシステムでコミュニティに根差した演奏会を企画していました。チケットを売り上げるのが目的のものではなく、誰でも自由に聴けて、無料で聴いて頂いてもいいんです。今も変わらず、そのような活動に対して情熱を持ち続けています。

アメリカの場合、やはりドネーション(寄付)文化がしっかりと根付いていて、リピートのお客さんも数多く来てくださっていましたね。日本では少し形を変えることになると思うのですが、最終的には質の高い音楽や多様なジャンルの音楽を、子供さんや今まで足を運ぶ機会の無かった方々にも親しんで頂けるような場をより多く創出する機会が実現できたらと思っています。

――最後に読者にメッセージをお願いします。

アメリカで長年積み重ねてきたことを日本で試す、そしてまた新たな自分を模索していくという本当に素晴らしい機会を頂いたことに感謝しています。先ほど申し上げたように、私自身、作品一つひとつに対する思いと、自らの中にある想いを重ね合わせることで、一人ひとりのお客様にもご自分の半生やご自身の様々なストーリーに想いを馳せて頂けるようなコンサートになったらいいなと思っています。精神誠意、心を込めて演奏したいと思っておりますので、ぜひ会場に足をお運びください。


取材・文=朝岡久美子 撮影=荒川潤