2022年4月23日(土)東京・TACHIKAWA STAGE GARDENにて開催された、島本須美/麻衣/角野隼斗/菊池亮太による歌とピアノのスペシャルコンサート『sings ジブリ』。5月〜6月にかけて6会場を巡る本コンサートのオフィシャルレポートが到着した。(編集部)

※以下、本文中ネタバレあり。ご注意ください。

 その人にとって音楽は、クリエーションの翼だ。
 日本アニメーション界の第一人者であり、スタジオジブリの設立者でもある宮崎駿監督。躍動感あふれる映像と深いメッセージ性で、世界中の人々の心をとらえる彼の創作に欠かせないのが、久石譲に象徴される音楽だと言われている。『風の谷のナウシカ』の「ナウシカ・レクイエム」、『天空の城ラピュタ』の「君をのせて」、そして『となりのトトロ』の「風のとおり道」。名曲たちの旋律を耳にしただけで、名シーンが脳裏に甦り、胸が熱くなるという方も多いだろう。
 そんな、誰の心にとっても特別なジブリの名曲を堪能できる、歌とピアノのスペシャルコンサート『sings ジブリ』が23日、TACHIKAWA STAGE GARDEN(東京・立川)で開催された。出演者は特別な4人――ナウシカやクラリスを演じ、宮崎作品を語る上でも欠かすことのできない声優・島本須美。久石譲を父に持ち、童謡や歌が持つ力を広めるため精力的に活動する麻衣。ショパン国際ピアノコンクールのセミファイナリストとして、またNHK紅白歌合戦出演など多彩な活躍でも注目を集める角野隼斗。名だたるアーティストのサポートや楽曲制作で知られる、YouTubeピアノ界随一の実力者・菊池亮太。楽曲アレンジにも定評のある角野と菊池のジョイントも期待を高めたのか、巨大な会場は、家族連れからピアノファンまで、じつに幅広い層の観客の熱気に包まれていた。

写真:@ogata_photo

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 この日の公演は、「立飛グループ創立100周年記念事業」の協力で、映像演出とコーラスが加わったスペシャル・バージョン。ステージ上のスクリーンには、小鳥のさえずりとともに、草原に立つピアノが照らし出されていた。開演間際には島本須美による一人二役のアナウンスが流れ、思わず拍手が湧きあがる。
 照明が暗くなると、上手から現れた角野隼斗が、静かに第一音を響かせた。1曲目「人生のメリーゴーランド」(『ハウルの動く城』)。前奏を終えると、角野はおもむろに右手を伸ばし、左手のピアノ伴奏にのせて鍵盤ハーモニカの旋律を響かせはじめた。パリの下町に流れるミュゼットのようなその曲が盛り上がりを見せると、下手からは菊池亮太が登場。超絶技巧とともにはじまったセッションに、どきんと胸が高鳴る。
 2曲目は、「海の見える街」(『魔女の宅急便』)。角野は、この日が初披露というボタンアコーディオンを抱えて立ち上がり、菊池のピアノと軽妙な会話をはじめた。中盤の第二主題で角野もピアノに戻り、2台ピアノで迫力の締めくくり。それぞれの作品をイメージしたスクリーンの映像もあいまって、視覚的にも目が離せない。
盛大な拍手のなか、ステージには島本須美と麻衣も登場した。ジブリに深いゆかりのある二人によるナビゲートで楽曲や、4人が集結した経緯が紹介されていく。
 島本の代表作『風の谷のナウシカ』で、当時4歳だった麻衣が「ナウシカ・レクイエム」を歌ったこと。2019年、島本が声優40周年記念の年に発表した『sings ジブリ リニューアル ピアノ バージョン』で、ピアノアレンジを担当した角野が初レコーディングを経験したこと。麻衣と菊池がともに公演のため世界中を巡ったこと。角野と菊池もまた、さまざまな場でセッションを繰り広げてきたこと。不思議な縁が幾重にもからまって、奇跡のようなコンサートが生まれたことに感謝したくなる。「ピアニストってピアノが好きね! 休憩時間ですよ、って言われると二人ともすぐピアノを弾きはじめるの」と感嘆する島本の言葉に、舞台裏の楽し気な雰囲気も伝わってきた。
島本や麻衣の歌が続き、心の奥深くを揺さぶる「人の声」の力に感じ入っていると、この日だけのコーラス「リトル・キャロル」がステージに現れ、観客は『もののけ姫』の世界へ誘われていく。
 5曲目の「もののけ姫 組曲」は、宮崎駿の創作のために久石譲が作曲し、のちに発表されたイメージアルバムの楽曲だ。「宮崎監督は、こうしたイメージアルバムを1年、2年と聴きながら映画を作っていくんです」という麻衣の解説に、巨匠のこだわりと音楽愛を感じずにはいられない。
 『もののけ姫』は、久石譲がフルオーケストラに取り組むようになったきっかけとしても知られている。菊池の渾身のピアノアレンジで表現される大迫力のスコア。壮大な森と、和の旋律が溶け合う唯一無二の音楽。テーマ曲の旋律が舞い降りた瞬間には、会場中にため息が伝染したような気さえした。7曲目は一転、『千と千尋の神隠し』の世界へ。角野と麻衣がみずみずしい「千と千尋の神隠し 組曲」を披露し、圧巻の前半が終了した。

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 後半では、クラリス(島本)の声に誘われ、『ルパン三世 カリオストロの城』の世界へ。ブルーの照明の中、一人現れた菊池が8曲目「ルパン三世のテーマ〜サンバ・テンペラ―ド」の冒頭をもの憂げにつま弾く。
 大野雄二の名旋律は、しだいに加速し、熱を帯びる。やがて曲調が変わると、上手から現れた角野の音が、はじけるように飛び込んだ。サンバのリズムで繰り広げられる、クールで熱いセッション。時に立ち上がり、楽しげに踊るように鍵盤を操る二人の鮮やかな音の色彩に、心臓を鷲掴みにされた。
 島本と角野による9曲目「炎のたからもの」あとは、角野のピアノによる10曲目「ナウシカ・レクイエム」(『風の谷のナウシカ』)へ。重厚な前奏のあと、あえかな弱音が「風の伝説」の主題を紡いだ瞬間、涙がこぼれて驚く。音楽の高まりがふいにおさまると、ナウシカ(島本)の声。遠くからは、麻衣が歌うレクイエムの旋律が近づいてくる。歌声にコーラスが重なっていく、その厳かさ。角野のピアノで聴くレクイエムは、アルビノーニや同時代のバロック音楽のように響き、新しい表情にぞくぞくさせられた。
 やがて舞台に出演者4人とコーラスが勢ぞろいし、いよいよエンディングへ。「『ナウシカ』が公開された頃、角野くんも菊池くんも生まれていない。38年前の作品を、世代を超えてみんなで演奏できたこと、そして聴いていただけたことが嬉しい」という麻衣の言葉、「マスクばっかりしてるとナウシカの世界にいるみたい。早くマスクが要らなくなるように。そして、争いのない世界になりますように」という島本の言葉に、会場は満場の拍手で包まれ、胸がいっぱいになる。
 ラストは「君をのせて」(『天空の城ラピュタ』)。冒険譚の終わりをせつなく彩る名曲の旋律、合唱の迫力とともに、『singsジブリ』東京公演は幕を下ろした。
 その後、白熱のアンコールまで目を離せなかった『singsジブリ』は、このあと愛知・広島・京都・大阪・兵庫で計7公演が予定されている。ジブリを彩る音楽の新しい魅力と、人の声、そしてピアノという楽器の無限の可能性に触れることのできる貴重な機会を、ぜひ多くの人に味わってほしい。
 帰宅したらきっと一本一本、語り継がれる物語と音楽を味わいたくなるはずだ。

取材・文=高野麻衣