ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]
『コーラスライン』大特集(Part 2)永遠の名作を創造した、演出家の遺産を後世に

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 いよいよ2022年8月11日(木・祝)に幕を開ける、『コーラスライン』の来日公演。オーディションを舞台に、最終選考に残った17名のダンサーたちの人生をリアルに綴る、ブロードウェイ・ミュージカル不朽の名作だ。初演スターのドナ・マケクニーが語る、メイキングで構成したPart 1に続き、 Part 2では本作を生み出した振付・演出家マイケル・ベネット(1943〜87年)の功績に迫ろう。語るのは、彼の振付・演出を現代に引き継ぐバーヨーク・リーだ。

振付・演出家バーヨーク・リー Photo by Lia Chang / Courtesy of Baayork Lee

振付・演出家バーヨーク・リー Photo by Lia Chang / Courtesy of Baayork Lee

 

■ジェローム・ロビンス・スクール

 まず、リーのキャリアを紹介しておこう。『コーラスライン』の初演(1975年)で、「Four Foot Ten(身長147,3センチ)」と背が低い事を嘆く、アジア系ダンサーのコニーを演じ注目を浴びた彼女は、NYのチャイナタウン生まれ(父親は中国人、母はインド人)。3歳でバレエを始め、5歳の時に『王様と私』(初演/1951年)でブロードウェイ・デビューを果たす(王女ヤオラク役)。以降もダンサーとして、『フラワー・ドラム・ソング』(初演/1958年)などに出演。ベネットとはダンス教室で知り合い、再びの出会いとなった作品が『34丁目の奇跡〜Here’s Love〜』(1963年)だった。リーが当時を振り返る。

「優秀なダンサーでした。10代で『ウエスト・サイド・ストーリー』のヨーロッパ・ツアーに参加して(ジェッツのベイビー・ジョン役)、あの作品を生み出したジェローム・ロビンスの振付に魅せられた。それはもう崇拝していたわね。登場人物の感情を、ダンスで生き生きと表現するロビンスの振付を体得しようと努力を重ねていました。実は私も子供の頃、ロビンス振付の『王様と私』に出演して踊りの美しさに感嘆した。彼の影響は大きかったのよ。

振付・演出家マイケル・ベネット

振付・演出家マイケル・ベネット

 マイケルは振付師に転じた後も、脚本を丹念に何度も読み込んで、『ウエスト・サイド〜』のように、ストーリーとダンスが上手く機能する方法を探っていました。ただロビンスと違っていた点は、私たちが毎晩クラブで踊っていたような、当時流行していたディスコ系のダンスにも強く、それをブロードウェイの舞台で紹介した事。私やドナ・マケクニーが、『プロミセス・プロミセス』(1968年)で踊った〈ターキー・ラーキー・タイム〉は良い例ね」

『プロミセス・プロミセス』(1968年)で〈ターキー・ラーキー・タイム〉を歌い踊る、左からリー、ドナ・マケクニー、マーゴ・サッピングトン Photo Courtesy of Donna McKechnie

『プロミセス・プロミセス』(1968年)で〈ターキー・ラーキー・タイム〉を歌い踊る、左からリー、ドナ・マケクニー、マーゴ・サッピングトン Photo Courtesy of Donna McKechnie

 

■狙いはシネマティックなステージング

 Part 1でも触れたように、バネットが旧知のダンサーを集め聞き取った、彼らのダンスへの想いや思春期の記憶、性的嗜好に至るまでの独白で構成された本作。観るたびに感じ入るのが、息もつかせない一気呵成の展開だ。リーはこう解説する。

「マイケルは、ビジュアルのコンセプトに秀でた人でした。観客が、映画を観ているような気分にさせるのが彼の狙いだったのよ。オープニングでのオーディションのダンスで高揚させ、間髪を入れずに一列に並ぶダンサーたちが紹介されると、もう観客は周りが見えなくなる。キャストの誰かが歌う時は、その他のダンサーはステージ後方に下がるのよ。これで観客は、彼らの語りや歌に集中出来る。映画のクローズアップと同じ効果ね。観客の注意を逸らさないように、上演時間を休憩なしの2時間に定めたのもマイケルでした。

1975年の初演で、コニーを演じたリー Photo Courtesy of Baayork Lee

1975年の初演で、コニーを演じたリー Photo Courtesy of Baayork Lee

 そして彼は、その流れるようなステージングを望み通り実現させるため、照明デザイナーのサローン・マッサーを始め、装置家ロビン・ワグナーや衣裳デザイナーのシオニィ・V・オルドリッジら、ブロードウェイでは超一流の人材を抜擢した。彼らを質問攻めにして自分の意見も積極的にぶつけ、舞台芸術に必要なあらゆるテクニックを吸収していました」
 

■ベネットは今も生きている

 「枯渇する事を知らない創造力には、ただただ脱帽した」と賞賛するリーは、さらに『コーラスライン』の根幹を成すばかりか、現在に至るまで彼女の血肉となっている、細部まで計算し尽くされたベネットの演出術を語る。

「ダンス・ナンバー以外でも、例えばエンディング近くで、演出家のザックがダンサーたちに、『もし踊れなくなったらどうする?』と尋ねる場面があります。すると彼らは、真剣な表情で三々五々集まり、ある者は起立したまま、ある者は腰を下ろす。その動きや位置まで綿密に振り付けられているのよ。ただツアー公演で、長い間同じ演技を繰り返していると、次第に感情を忘れパターン化した表現に終始してしまう。だから私は、頻繁に巡業先を訪れては、細かくチェックを入れて指示を出す。これもマイケルから教わった事でした。彼が亡くなって35年の月日が経つけれど、今でも私の中では生きています」

思春期の悩みで綴られるナンバー、〈ハロー12歳、ハロー13歳、ハロー・ラヴ〉 ©Tsuyoshi Toya

思春期の悩みで綴られるナンバー、〈ハロー12歳、ハロー13歳、ハロー・ラヴ〉 ©Tsuyoshi Toya

 ディテールを重視したベネットの真骨頂とも言うべきナンバーが、フィナーレの〈ワン〉だろう。ダンサー全員がゴールドのコスチュームと帽子を身に着け、一糸乱れぬ振付で踊る華やかな一曲で、日本ではCMにも使用されておなじみだ。

「マイケルは、いつも言っていました。あのナンバーでは、きっかけを外さずにスポットを当てる照明の人や、寸分違わぬタイミングでジッパーを上げる衣裳係、バックの鏡を回転させるスタッフも、舞台に立つダンサーと同じ立場、カンパニーの一員なの。なぜなら、もし彼らの手元が一瞬狂っただけで、フィナーレ自体が台無しになってしまう。パフォーマーたちと同様に緊張を強いられる、かけがえのない重要なポジションなのよ」

スタッフの貢献が決め手となる、フィナーレの〈ワン〉

スタッフの貢献が決め手となる、フィナーレの〈ワン〉

 

■明日へと繋ぐ大切なミッション

 初演の稽古中から、ベネットの指示をノートに書き留めていたというリー。彼の絶大なる信頼を得て、オーストラリアでの公演(1977年)を皮切りに、全米&インターナショナル・ツアー、2006年のブロードウェイ・リバイバル版や、それをベースにした今回の来日公演に至るまで、無数のカンパニーの振付・演出・再構成を手掛けてきた。いわば『コーラスライン』を最もよく知る彼女は、「今でも新しい発見がある」と目を輝かせる。

「カンパニーごとにキャストが変わるから、常に新作のような気持ちで臨む事が出来るの。私は、それぞれの役柄を演じるパフォーマーと円陣を組んで話し合いながら、自然と役に入れるように導きます。例えば、ゲイである事を告白するポールを演じる男の子が、他人とは違う劣等感を抱いていたとする。それをきっかけに、子供の頃のポールを想像しながら、『多分、シャイで口下手だったと思う。僕と同じだ。それなら理解出来るよ』という具合にね。彼らの個性や経験を重ね合わせて、感情移入出来る部分を見付けてあげると、演技もリアルになるのよ」

2006年のブロードウェイ・リバイバル・キャストCD(Sony Music Japanより国内盤でリリース)

2006年のブロードウェイ・リバイバル・キャストCD(Sony Music Japanより国内盤でリリース)

 最後に、この作品と並んで、リーのライフワークとなっている活動「NAAP(ナショナル・アジアン・アーティスツ・プロジェクトの略)」を紹介しよう。これは、リーを中心に2009年に設立された非営利団体。才能あるアジア系のパフォーマーやクリエイターを発掘、育成する機関だ。この活動により彼女は、2017年のトニー賞授賞式で、演劇を通じて社会的貢献を果たした人に贈られる、イザベル・スティーヴンソン賞を受賞した。リーはこう結ぶ。

「未だにアジア系の俳優が出演出来るミュージカルは、『王様と私』や『ミス・サイゴン』など数えるばかり。次の作品が決まるまで、オーディションを受け続けなければならない。でも優秀な人は沢山いてね。彼らが存分に、実力を発揮出来る場を提供したい。そのためにはまず、『オクラホマ!』のような古典の名作をアジア人キャストで上演したり、アジア系クリエイターによる新作ミュージカルにもトライしています。資金繰りなど苦労も多いけれど、私たちの公演を観て、国籍は関係なく、才能溢れる若い人が大勢いる事を知って頂きたいわね」

2015年に行われた、NAAPガラ公演のフィナーレ。総勢約150名のパフォーマーやスタッフが舞台に登場した。最前列中央がリー。 Photo by Wai Ng / Courtesy of Baayork Lee

2015年に行われた、NAAPガラ公演のフィナーレ。総勢約150名のパフォーマーやスタッフが舞台に登場した。最前列中央がリー。 Photo by Wai Ng / Courtesy of Baayork Lee