ザ・ブロードウェイ・ストーリー The Broadway Story [番外編]
『コーラスライン』大特集(Part 3)来日公演、傑作の風格を失わず堂々の開幕!

文=中島薫(音楽評論家) text by Kaoru Nakajima

 ブロードウェイの輝かしき歴史に燦然と輝く『コーラスライン』の来日公演が、2022年8月11日(木・祝)に、Bunkamuraオーチャードホールでオープンした。4年振りに観たこの名作は、オーディションに臨むダンサーたちの真摯な想いと情熱が横溢する、感動的な舞台に仕上がっていたのはもちろん、改めて感じ入った点も多かった。ここではPart 1 & 2と同様に、作品に関わったパフォーマーの話を交えつつ、その魅力に迫ろう。
 

■一瞬にして観客を虜にするオープニング

 今回の来日公演は、2006年にブロードウェイで上演されたリバイバルのツアー版。実は、1975年に初演された本作が、31年振りに再演されると聞いた時は、ヒット必至の定番作に頼る、イージーな安全パイ企画に思えたものだ。ところが開幕直後に観劇したら、これは杞憂に終わった。オープニングでオーディションに参加したダンサーたちが、「この仕事が欲しい!何人採用するのだろう?」と熱い想いと不安を吐露しながら踊りを披露し、やがて履歴書用の写真を顔の前に掲げた彼らが一列に並ぶと、客席は既に興奮のるつぼ。私を含む観客は、回りが見えなくなった。これは今回も全く同じ。この稀有な名作を創造した、天才マイケル・ベネット(原案・振付・演出)の秀逸なツカみテクニックに、再び序盤で打ちのめされてしまったのだ。 

オーディションで浮き彫りになる、ダンサーたちの人生 ©Tsuyoshi Toya

オーディションで浮き彫りになる、ダンサーたちの人生 ©Tsuyoshi Toya

 

■万人の心を捉える彼らのストーリー

 今更ながらに感服したのが、作品のユニークさだ。ストーリーを特に持たず、ダンサーたちが演出家ザックの質問に答え自己をさらけ出し、それが歌や踊りに発展するというスタイルは、初演時は画期的だった。本連載の作品特集Part 1でも記したように、劇中で語られる独白は、マイケル・ベネットが実際に旧知のダンサーたちを集めて取材したテープをベースにしている。初演で、カムバックに賭ける元スター・ダンサーのキャシーを演じ、トニー賞主演女優賞に輝いたドナ・マケクニーは、作品の核となる普遍性についてこう語っていた。

「マイケルは、テープ・セッションに参加した私たち複数のダンサーに、踊りの事だけでなく私生活に至るまで聞き出した。その中から、重複するエピソードをピックアップして劇中でも使用しました。家庭不和や思春期の性の悩みなんかをね。つまり、ショウビズの世界以外の一般の人々にも、即座にアピールする普遍的な話を優先したのよ」

1975年の初演でキャシーを演じたドナ・マケクニ― Photo Courtesy of Donna McKechnie

1975年の初演でキャシーを演じたドナ・マケクニ― Photo Courtesy of Donna McKechnie

 

■ダンサーの矜持が別れのバラードに

 この普遍性をミュージカル・ナンバーへと昇華させた好例となった曲が、シーラ、ビビ、マギーの3名が、親との不和が原因で、幸せとは言えなかった少女時代に想いを馳せ、「でもバレエを踊っている時は、全てが美しかった」と歌う〈アット・ザ・バレエ〉。もう一曲は、ダンサーたちの身体のコンプレックスや性への目覚めを巧みに構成し、カンパニー全員が活気溢れるダンスで展開する、〈ハロー12歳、ハロー13歳、ハロー・ラヴ〉だ。来日公演でも、シーラ役のグレースアン・ピアスや、ビビを演じるローラ・ピアポント、また後者で達者なダンスを見せるリッチー役のジョナ・ナッシュら、キャストの好演も手伝って大きな拍手が沸き起こっていた。

躍動感溢れるナンバー〈ハロー12歳、ハロー13歳、ハロー・ラヴ〉。ジャンプしているのは、リッチー役のジョナ・ナッシュ。 ©GEKKO

躍動感溢れるナンバー〈ハロー12歳、ハロー13歳、ハロー・ラヴ〉。ジャンプしているのは、リッチー役のジョナ・ナッシュ。 ©GEKKO

 4年振りの来日公演で、私が最も感銘を受けたのが楽曲だった。作曲はマーヴィン・ハムリッシュ、作詞がエドワード・クリーバン。オーソドックスなブロードウェイ王道風から、1970年代のポップス系まで曲調の幅が広く、ダンサーの告白を凝縮したピュアな歌詞も相俟って優れたナンバーが揃う。初演時にヒットした一曲が〈愛のためにした事は〉。終盤近くで演出家のザックに、「もし今日でダンスを辞めなければならなくなったら、一体どうする?」と問われたキャストが、「今日に別れのキスを贈り、明日に向かおう」と歌い上げる名曲で、ペギー・リーやアレサ・フランクリンら多くの大御所シンガーがカバーした。単体のヒット曲となったのも普遍性あってこそ。歌手たちは、愛する人との別れを歌ったバラードとして、このナンバーを聴かせたのだ。また今回の公演は、10名の招聘ミュージシャンから成るオーケストラが大健闘。ゴージャスかつリッチなサウンドで、ハムリッシュ&クリーバンの楽曲を盛り上げる。

2006年のブロードウェイ・リバイバル・キャストCD(Sony Music Japanより国内盤で発売。歌詞対訳付き)

2006年のブロードウェイ・リバイバル・キャストCD(Sony Music Japanより国内盤で発売。歌詞対訳付き)

 

■パフォーマーの個性を役柄に反映

 そして本作で最も有名なナンバーが、金ラメ衣裳に身を包んだキャスト全員が、ラスヴェガスの豪華レヴュー風に歌い踊る華やかな〈ワン〉。2時間以上、過酷なオーディションで健闘した登場人物に観客は感情移入し、また個性豊かなキャラクターを見事に演じ切ったパフォーマーたちに対しても、惜しみない喝采を贈る心弾むフィナーレだ。だが今回は、やや受け取り方が異なった。それまでは個性を存分に発揮してきた彼らが、この曲では全員が同じコスチュームで、寸分違わぬ振付で踊る、つまり「個」を消して「集団」と化す事で、彼らは今後もバックダンサーのままという、ベネットが意図したであろうアイロニーを感じさせた。これは、エンタテイメント業界も大きな打撃を被った、未だ先の見えぬコロナ禍も影響したのか。観るたびに印象が異なり、新たな発見のあるミュージカルなのだ。

〈ワン〉は、セットとコスチュームの美しさにも息を呑む。 ©GEKKO

〈ワン〉は、セットとコスチュームの美しさにも息を呑む。 ©GEKKO

 来日公演の演出・振付・再構成は、バーヨーク・リーが手掛けた(作品特集Part 2参照)。初演ではアジア系パフォーマーのコニーを演じ、以降はベネットの薫陶を得てツアー公演に関わり、彼の死後も遺志を継承(ベネットは1987年死去)。『コーラスライン』のスピリットを後世に伝えるべく、来日キャストのオーディションでも采配を振るった。「役柄と近い経験を持つ人を選ぶのではなく、彼らのパーソナリティーを役に反映出来るように導く」と語るように、ザック役のハンク・サントスを始め、各人がのびのびと自然に演じているのが実感出来た。

中央が演出家ザック役のハンク・サントス ©GEKKO

中央が演出家ザック役のハンク・サントス ©GEKKO

 最後に、観劇後のお楽しみに映画を一本紹介しよう。タイトルは、「ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢」。これは2008年公開のドキュメンタリーで、初演のメイキングと、2006年のリバイバル公演が幕を開けるまでの経緯を、リーやマケクニーらの証言を交えて構成した一作で、ミュージカル・ファン必見の充実した内容に仕上がっている。

映画「ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢」(2008年)のDVDは松竹より発売。Amazon Prime Videoでも視聴可だ。

映画「ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢」(2008年)のDVDは松竹より発売。Amazon Prime Videoでも視聴可だ。