2022年8月4日(木)〜9月11日(日)浅草九劇にて、音楽劇『刻』が上演される。このたび開幕レポートとキャストコメントが到着した。

音楽劇『刻(きざむ)』が8月4日、東京・浅草九劇で開幕した。
西森英行が2015年に自身の劇団InnocentSphereで上演した2本立て作品『刻印』のうち『刻』をベースに、新たに音楽劇として再構成。音楽は『SMOKE』や『BLUE RAIN』で知られる韓国ミュージカル界のメロディメイカー、ホ・スヒョンが担当している。

秋には『ルードヴィヒ〜Beethoven The Piano〜』の日本初演も控えている人気作曲家であるホ氏だが、日本の制作会社と新作を共同創作するのはこれが初めて。小劇場ながら、非常に意欲的な作品だ。出演は伊藤裕一、大沢健、大山真志、橘未佐子、東山光明。男性陣は公演回ごとに役替わりで出演する。

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

少女が行方不明になり、その後殺害されて発見される事件が続いているとある町。生活感のない家に、娘の行方がわからなくなって2日たった高峰雅司と美沙の夫婦が訪ねてくる。
その部屋の住人・横山は今は山本と名前を変えて暮らしているが、かつて“アスモデウス”と名乗り猟奇殺人を犯して世間を騒がせた人物。高峰夫妻は藁をもつかむ思いで、横山に娘の居場所を推理してくれるよう頼みにきたのだ。
そこへ、かつて横山に娘を殺された北野という男がやってくる。横山に復讐したい北野、横山から情報を引き出したい高峰夫妻、突如「自分はアスモデウスではない」と告白する横山。緊迫の心理戦が続く中、事態は衝撃の展開へ……。

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

冒頭から終幕に至るまでずっとスリリング。登場人物それぞれが切実な思いを抱き、必死に場の主導権を握ろうと綱を引っ張り合っているような物語だ。

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

張り詰めた状態での心理戦を、リアリティと緊迫感を持って演じていく俳優陣の“芝居バトル”に圧倒される。初日公演は高峰=東山、北野=伊藤、横山=大山。

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

「娘を見つけること」で視野がいっぱいになり焦りを全身から立ち上らせている東山、憎しみが熟成されてしまったかのようなドロッとした重い激情をみせた伊藤、奥底がまったく読めない横山の不気味さを謎のピュアさを滲ませて演じた大山。いずれも渾身の演技だ。美沙役の橘も深みのある歌声とともに、極限状態に置かれた母親の心情を的確に演じていて、見ごたえがある。

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

なお高峰役は伊藤と東山が、北野役は伊藤と大沢が演じ、北野役は4人の男性陣全員での役替わり。2日目のキャストは高峰=伊藤、北野=大沢、横山=東山という配役。
普段の高峰の社会的地位も透けて見えるような伊藤の役作りは初日の東山とはまったく違っていたし、憎しみの奥の悲しみの深さが伝わる大沢の北野、底知れぬ怖さがある東山扮する横山もまた、面白い。ギリギリの精神状態でお互いを切りつけ合っていたような初日に比べると、相手を出し抜こうとする計算高さのようなものも感じ、また物語が違った顔を見せた。

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

チェロの生演奏で奏でられるホ氏の抒情性豊かな音楽も、期待にたがわず美しく激しく、物語に深みを与えている。特に男性キャスト4人はこれまでにもホ作品への出演経験があることもあり、歌唱の面でも非常に充実している。ここまで台詞の応酬に緊迫感があると、歌に移るのもずいぶん難易度が高そうだが、しかし俳優たちはそれを武器に換えられる実力者揃い。音楽の力で物語をいっそう加速させている。

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

西森は、実際に起きたいくつかの未成年犯罪事件に影響を受けてこの物語を作り上げたのだという。衝撃的ではあるが、けっして絵空事ではない、ということが怖い。

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

(C)音楽劇『刻』製作委員会/撮影:岩田えり

物語のラストは、おそらく観る人によって受け止め方が違ってくるのだろう。西森自身がコメントしているように「極限の愛」を感じる人もいるだろう。だが筆者は、人が生きていくということの厳しさに戦慄した。この世の終わりのような事件が我が身に降りかかっても、人は生きていかねばならない。人生とはなんと厳しいことか――。

いずれにしても、物語の余韻が、現実の自分の人生に浸食してくるような演劇体験ができるはず。このコロナ禍において海外のクリエイターと小劇場作品を共同創作する意欲、物語の衝撃度、俳優の熱演、すべての面から見逃してほしくない一作だ。
公演は9月11日(日)まで同劇場にて。なお、チケットは日本演劇界では珍しい価格変動制(ダイナミックプライシング)を採用し販売中。
(取材・文:平野祥恵)

キャストコメント

伊藤裕一

西森英行さんの脚本・演出、そして韓国ミュージカル『SMOKE』や『BLUE RAIN』などの作曲家ホ・スヒョンさんが音楽を担当され、色んな物が合わさった集大成をお見せできればと挑んでおります。僕は三役を演じるので、最低でも3回は観る事が出来ると思うんですね。また、価格変動制という日本では画期的なシステムを取り入れてますので、本当に沢山の方にご来場いただきたいなと思っております。

大山真志

僕は今回、1役だけやらせていただくんですけども、周りのメンバーが二役、三役を演じていて、色んなパターンがあって、誰が演じるかによってこの作品の見え方も変わってくるだろうし、誰に感情移入をするかによっても、作品の色が変わってくるのが本作の面白さかなと思います。そしてチェロの演奏と共にこうして歌わせていただくというのも中々珍しい形での挑戦だなと思いますので、その辺も楽しんでいただけたら嬉しいです。千秋楽まで駆け抜けたいと思いますので、よろしくお願いします。

東山光明

『“究極の愛”とは』という所を打ち出した作品になっていると思うんですけれども、僕は両親もまだまだ健在で兄弟もいますし、「愛されて育ってきたな」とか「今度は僕が誰かを愛するんだろうか」とそういう事を、毎日すごく悩み、大切な人の顔を思い浮かべながら、この作品に挑んで来ました。愛する事、愛される事が本当に大切なんだなという事を、僕はこの舞台で高峰、横山を演じる中でキーワードとしているので、沢山の方に届けていきたいなと心の底から思っております。そして普段、こんなに顔に汗をかかないんですが、これだけ汗をかく程、本当に熱演しています!是非、来ていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

橘未佐子

一言で「愛」という言葉を使うと思うんですけど、それはとても繊細であり難しく、お互いの受け止め方次第で道が分かれていってしまうんだなと、すごく考えさせられる稽古期間でした。衝撃的な内容になっていると思うんですけども、逆に「平凡な日常はつまらない」という言葉もよく聞いたりもするんですけど、平凡ってどれだけ幸せな事なのかという事にも改めて気づかせてくれる作品だなと私は思いました。色んな角度からそれぞれの役に感情移入をしながら観るとどんどん違う物が見えてくるダイアモンドの様な多角的な輝きを沢山持っている作品だと思います。9月11日までやっておりますので、皆さんよろしくお願いします。