演出家の茅野イサムとプロデューサーの中山晴喜による演劇ユニット「悪童会議」が、旗揚げ公演として上演する『いとしの儚』。二人がかつて上演した横内謙介の名作を、主演・佐藤流司で再び上演する。ユニットを立ち上げたきっかけや『いとしの儚』という作品の魅力、意気込みを、茅野イサムと佐藤流司の二人に聞いた。

■不思議な巡り合わせで決まった『いとしの儚』の上演

ーーまずは「悪童会議」を立ち上げたきっかけをお教えいただけますか。

茅野:去年還暦を迎えまして、もう一度原点に帰りたいと思いました。自分の原点は何かと言えば、やはり劇団でやってきたお芝居なんですね。それが立ち上げのきっかけです。僕の古巣である劇団「扉座」は、元々「善人会議」と名乗っていました。劇団名が「扉座」に変わった時にショックを受けるぐらい好きな名前だったんです。でも、そのまま使うわけにはいかないし、僕には「善人」という言葉は似合わないので、悪童・悪ガキにしようと。

もう20年以上前のことなんですが、劇団の事務所で偶然、『いとしの儚』のストーリー案を見つけたんです。どうやら商業演劇の企画のために座長の横内謙介が書いたんだけど、その話しは立ち消えになったみたいで、日の目を見ることなく眠っていたようです。こんな素晴らしい素材を放っておくのはもったいないと思い、横内に戯曲に仕上げてもらい、2000年の初夏に劇団で上演しました。僕にとって特別に思い入れの深い作品です。横内作品の代表作のひとつだと思います。

茅野イサム

茅野イサム

ーー今回、主演に佐藤流司さんを選んだ理由は。

茅野:これは、なぜ『いとしの儚』を選んだかにも繋がります。実は悪童会議の旗揚げを考えた時には、まだ作品は決まっていませんでした。何をやろうか考えていた時に、鳥越裕貴が『いとしの儚』をやるというので観に行って、鳥越がすごく良くて、やはりいい作品だな、またやりたいなと思っていたところに、流司も偶然劇場に来てたんです。で、「鈴次郎いるじゃん!」って(笑)。

『いとしの儚』をやるときは、鈴次郎をどうするかって言うのがあるんですよ。難しい役だし、キャスティングに妥協したくない。横内が演出した扉座公演でも、僕が演出したプロデュース公演でも、鈴次郎はずっと山中崇史が演じてて、僕の中では彼を超える鈴次郎は中々いなかった。でも流司を見た瞬間「あ、ここにいるじゃん」ってなったんです。

ーーこのラブコールを受けた佐藤さんとしてはいかがでしょう。

佐藤:『いとしの儚』を観に行った段階ではそういう話をしていなかったので驚きました。でも、俺は普段自分が携わった作品や2.5次元舞台を観に行くことが多くて。そんな中、なぜか分からないけど、鳥越裕貴が『いとしの儚』という作品をやると聞いた時、「観に行きたい」と思って自分から連絡したんです。それぐらい気になった作品だったので、なにかの巡り合わせがあった気がします。スケジュールもなぜかぴったり空いてて、いろんなピースがすごい勢いではまっていった感じです。

佐藤流司

佐藤流司

■2.5次元舞台とはまた違う素晴らしさを届けたい

ーーちなみに、茅野さんが言う「劇団でのお芝居」とは。

茅野:2.5次元舞台は、僕らにオファーが来た時点で漫画などの原作があり、アニメになっていたりする。だからそこに、ひとつの答えがありますよね。顔つき、衣裳、どんな風に喋ってどのように振る舞うか。

でもこの『いとしの儚』のように、演劇をつくるときには、そもそも台本に書かれた文字の情報しかない。鈴次郎がどんな笑い方をするか、どんな声で話し、どのように歩くかなど、全然分からないんです。答えは無数にあって、どんな答えを出してもいい。だから名作と呼ばれるお芝居をいろんな人が繰り返し作っているわけです。シェイクスピアなんかも、世界中で数え切れないくらい上演されて、造り手によってどんどん新たな解釈が生まれてくる。

だからといって、答えがあることが悪いとか簡単だとか言っているわけではありません。2.5次元には2.5次元の良さがあり、難しさがある。答えがあるからこそ、それを超えていくことの大変さ、面白さは、僕が誰よりも知っているつもりです。

ただ、演劇はもっと多様であるべきだと思うのです。今の世の中、グランドミュージカルと2.5次元舞台しかないような様相になってしまっている。それ以外の演劇に、中々お客様に足を運んでいただけない現状があります。僕はまだ2.5次元舞台という言葉が産まれる前から『サクラ大戦』などを手がけてきた最古参であり、これからも2.5次元舞台を作り続けていきたいと思っています。だからこそ自分がそれをやらなきゃだめだなと思いました。

ーーこういった茅野さんの思いを受けて、佐藤さんはいかがでしょう。

佐藤:俺が今後歩んでいきたい役者人生がまさにそうです。今まで12年ほど、たくさんの2.5次元舞台を経験してきました。それ以外の作品も学ぶことで2.5次元舞台に還元できるし、芝居の幅も広がる。今年以降は自分でイチから考えて役を作るお芝居をやっていきたいし、やっていかなきゃと思っていたので、今回のお話はすごくありがたいですね。

(左から)佐藤流司、茅野イサム

(左から)佐藤流司、茅野イサム

■信頼できるキャストが揃って名作に挑む

ーー『いとしの儚』という本を読んだ感想はいかがですか?

佐藤:やっぱり本がすごく面白いですし、(丁と半の)半だけで勝ち続ける、自分の人生は全部中途半端だからってとことか、生い立ちを語る時とか、粋な台詞回しが沢山あってワクワクしますよね。読んでて腹が立ってくるけど、なぜか応援したくなるし。鈴次郎のことを考えると切なくなっちゃって。

茅野:クズの中のクズだからな。こんな奴いるか? って。

佐藤:言葉は汚いし、やることなすこととんでもない。でも最後は応援したくなっちゃう。不思議な役ですね。

茅野:さっきは言わなかったけど、流司はクズが似合うと思う。悪口じゃなく、こういう役ができる役者ってどんどん減っている中で、流司が演じるクズは絶対いいなと思ったんです。

(左から)佐藤流司、茅野イサム

(左から)佐藤流司、茅野イサム

ーーヒロインの儚を演じる七木奏音さんの魅力を教えてください。

茅野:奏音は彼女が18歳の時に、僕が演出したロック☆オペラ『サイケデリックペイン』というミュージカルに出演してくれました。その時から変わっていたんですよ。古風というか。

佐藤:一筋縄じゃいかないですよね。

茅野:そう、いい意味で捉えどころがなくて染まっていないのがすごく新鮮だった。さらに、まだ出てない色気があるなと思っていて、もう少し大人になったら素敵な花が咲きそうだとずっと思っていました。一昨年くらいに久しぶりに彼女がヒロインをやっている芝居を観て、本当に成長しているなと。この作品を機に、一足飛びにすごい女優になってほしいと期待しています。

佐藤:2.5次元舞台がメインだと、女性とのお芝居って中々通らない道なのでどうしても緊張というか萎縮します。でも奏音とは何度も共演しているので安心して委ねられる。女性とのお芝居は得意じゃないので本当に安心しました。

ーーキャストの中に茅野さんのお名前もあります。

佐藤:嬉しいのと嫌なのが半々です(笑)。公演はまだ先だけどもう怖いですから。高木トモユキさんに「流司は多分、一緒に稽古したら泣かされると思う。悔し泣きすると思う」と言われました。周りからも発破をかけられて大緊張してます(笑)。

茅野:僕も半々(笑)。正直20年くらい役者をやってないし、すごく出たいわけでもなく。「流司と茅野が共演したら絶対に面白い!」というのは完全にプロデューサー目線ですから。僕が演出家になってから付き合ってる役者さんのほとんどが(演技しているところを)見たことない。みんな「普段偉そうなこと言ってるから、どんなもんか見てやろう」って思うだろうから、下手な芝居したらやばいですよ(笑)。でも、流司と芝居できるのはすごく楽しみですね。

『いとしの儚』ビジュアル

『いとしの儚』ビジュアル

ーー佐藤さんが最初のコメントで「キャストがすごいことになっている」と言っていたんですが、それは茅野さんの出演のことだったんでしょうか。

佐藤:そうです(笑)。

茅野:こいつハードル上げてんなーと思いました(笑)。

佐藤:衝撃でしたよ。「出る方なの!?」って(笑)。

■何が起きるか分からないワクワクがある

ーー今回の『いとしの儚』の構想を教えていただけますか。

茅野:どんな作品でもそうですが、僕が演出家として一番大切にしているのは、役者の魅力を引き出すこと。今回は、奏音にしても流司にしても他のキャストにしても、あまりやったことがない役柄だと思う。

平安時代の「長谷雄草紙」という絵巻物から着想を得ている作品ですから、善悪観やセクシャリティに対する価値観がかなり古い部分もあると思います。でもそこも含めて演劇の毒と魅力がたくさん詰まっている作品です。人間の本性をぶつけ合うような舞台になると思います。そういうお芝居が少なくなってきたからこそ、作りたいなと思っています。流司は抱負、どう?

茅野イサム

茅野イサム

佐藤:台本を読んだ時、最後のシーンはこんな演出になるのかなと勝手に想像して勝手に感動しました。外したら恥ずかしいので言いませんが(笑)。

茅野:外しにいきたいですね(笑)。

佐藤:すごい美しい終わり方なんですよ。文字ですら美しいから。

茅野:美しいのは間違いないね。舞台だからこその美しさを表現したいね。演劇って不思議だと思わない? だって、目に映るもの全てが作り物なんだよ。外に出れば青い空も、風にそよぐ木々も、水面に映る月も、美しいものがたくさんあるのに、舞台の上には偽物しかない。もっと言っちゃえば、舞台上で綴られている物語そのものが作り話でしょ。でも、その作りものの景色に本物以上に心震えることがある。僕ら演劇人は本当のものがひとつもない世界が作り出す「美しさ」にずっと魅せられてきたんだと思う。

ーー佐藤さんと茅野さんがライバルを演じると言うことですが、役者として向き合う上で楽しみなことはありますか?

佐藤:これも高木トモユキさんから聞いたんですけど「多分あの人、流司の頭の上に小判落としてくると思う」って。

茅野:あいつ何先に言ってんだよ。

佐藤:本当にそうなんですね(笑)。

茅野:その程度で済めば……(笑)。

佐藤:本当に何が起きるか分からない。楽しみです。

佐藤流司

佐藤流司

茅野:僕も本当に楽しみですよ。相手にとって不足なし。胸を貸してあげようとかは全然なく、20年やってないから、ひょっとしたらこっちが胸を借りなきゃいけないかもしれない。あと、僕は演出をするときに役者に演技について色々と要求しているけど、自分はそれを体現できるのだろうか…もう一度役者をやっておくことは演出家として必ずプラスになると思う。そういう意味でもすごく楽しみです。

ーー最後に、皆さんへのメッセージをお願いします。

佐藤:頑張ります! 意外と迫ってきている感じがするので、徐々に鈴次郎というものが自分の中で現実味を帯びてきています。ちょっとずつ台本を読んでいますが、鳥越裕貴が出てくるんですよ。彼をすごく尊敬しているし参考にしつつ、それを取っ払って自分なりの鈴次郎をお見せしたいし、鳥越裕貴にも見て欲しいと思っています。

茅野:いろいろと語りましたが、旗揚げ公演を解散公演にしないように。まずは観ていただきたいし、次回作に期待してほしいです。出演したキャストにも「また出たい」と思ってもらえるような場所にしたいですね。ぜひ観にきてください。

取材・文=吉田沙奈