『ロミオとジュリエット』はシェイクスピア作品のなかで最もポピュラーな作品といっていいだろう。出会ってわずか数日で恋と命の炎を燃やし尽くした若い恋人たちの物語。そこに対立する家と家との問題などもあり、いろいろな角度から味わえる物語である。

古今東西、多くの俳優が演じてきたロミオとジュリエットを、映画やテレビドラマでも活躍している若手演技派・高杉真宙と藤野涼子が演じることになった。

朝ドラ『舞いあがれ!』や水10『わたしのお嫁くん』などで人気を博し、舞台では『カリギュラ』や『ライフ・イン・ザ・シアター』などに出演している高杉と、映画『ソロモンの偽証』で数々の賞を受賞し、大河ドラマ『青天を衝け』などで注目され、舞台では二兎社の作品やシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』や『私の一ヶ月』などに出演している藤野。フレッシュなふたりを演出するのは昨年、同じくシェイクスピアの『夏の夜の夢』を演出した井上尊晶である。蜷川幸雄の演出助手や演出補として過去に『ロミオとジュリエット』に3作も関わってきた。井上自身の手による演出で高杉✕藤野のロミジュリは2023年秋、東京・有楽町よみうりホール(その後、大阪・富山・愛知・福岡・仙台公演あり)にて上演がスタートする。新たな伝説の誕生に期待が膨らむ。

ーーまずはそれぞれの印象を教えてください。

井上:ジュリエット役の藤野涼子さんとは今日の撮影ではじめて会いました。幼く見えるところもあれば大人っぽく見える部分もあって、とても表情豊かで、ジュリエットにぴったりという印象を持ちました。高杉くんとお会いするのはこれで2回目。華奢ながら芯の強いところがあって、このふたりが並ぶと清潔感が出て、いいロミオとジュリエットになるんじゃないかと思います。

高杉:今日の撮影で初共演の藤野さんと稽古前にいろいろお話ができてよかったです。藤野さんの表情がほんとうにすてきで、これからお芝居を一緒にやれることがすごく楽しみです。井上さんとは以前初めてお会いしたとき、一緒に考えてくださる方だったので信頼しています。

藤野:井上さんとも高杉さんとも今日はじめてお会いしました。私は人見知りなので緊張しましたが、おふたりともやわらかな雰囲気で、心を通わせることができそうと稽古が楽しみになりました。

高杉:よかったー。藤野さんもお話がすごくしやすかったです。

藤野:ほんとですか、ありがとうございます。高杉さんのことは大先輩と思って近寄りがたく感じていたのですが、3歳くらいしか年齢が変わらないと知り、親近感を覚えました。もちろん頼れる先輩であることは変わらないですが。

ーー『ロミオとジュリエット』という作品に対する印象や、どういうものを作りたいという思いはありますか。

井上:高杉くんは『ロミオとジュリエット』を舞台では見たことがなくて、映像で見ただけなんだっけ?

高杉:そうです、映画を見ました。

藤野:私は読んだことはありましたが、映画や舞台はまだ見ていないです。

井上:映像は見なくていいです。

藤野:はい(笑)。

井上:余計な情報を入れず、真っさらな初々しさで臨んでほしいと思います。

藤野:高校生のとき、『ロミオとジュリエット』の戯曲を読んだことがあって、言葉づかいが難しくて、あまり内容が入ってこなかったんです。それでシェイクスピアに壁を感じていたのですが、一昨年PARCO劇場の『ジュリアス・シーザー』に出演したとき、稽古をしていくなかで難解な戯曲からテーマが解きほぐされていっておもしろいものだと気づきました。

井上:シェイクスピアが難しいとは思わずに思い切って世界に飛び込んでくれるといいなあと思います。日常の言葉とは違って、それを身体を使って表現することは大変だけれど、いまのまままっすぐに突き進んでくれれば大丈夫です。高杉くんには以前、シェイクスピアをやるなら『ハムレット』に挑戦してみる手もあるよという話をしたけれど、『ロミオとジュリエット』がいいと確信をもって言ったんだよね。

高杉:はい。はじめてのシェイクスピア作品が『ロミオとジュリエット』であることは嬉しいです。

『ロミオとジュリエット』メインビジュアル

『ロミオとジュリエット』メインビジュアル

ーー井上さんは今の段階でどんな構想を描いていますか。

井上:このお話をいただいたときはコロナ禍だったこともあって、渋谷の誰もいないスクランブル交差点でロミオとジュリエットが出会ったらどうだろう、かっこいいかも、というビジョンが湧きました。戯曲が書かれた1595年頃、ペストが流行して劇場が封鎖されていたことと現代のコロナ禍がつながったんです。だから今回、ペストの時代、シェイクスピアの描いた愛の物語にはどんな意味があるか、考えてみたい。ただ、現代に置き換えたりはしないです。戯曲に書かれたことに忠実に、普遍性のあるものにしたいですね。

ーー高杉さん、藤野さん、おふたりはそれぞれの役についてはどう考えていますか。

高杉:どんなロミオになるか……明るいのか、ロマンチストで詩人のようなのか、いろいろなパターンが考えられます。稽古で藤野さんと芝居をやってみたことで発見するロミオ像もあるかもしれませんし、まだなんとも言えない状態です。

藤野:私もまだジュリエット像は明確にできあがっていなくて……。ただ、ジュリエットと私は一途なところは似ているような気がしています。小学生の頃、ひとりの男の子を好きになって、6年間思い続けていたんです。その思いが周囲に知られていて、いまだに同窓会などでその話をされるんですよ(笑)。

井上:シェイクスピアのおもしろさのひとつに、等身大ではない自分に出会えることがあります。うまくいけば、違う自分の一面に出会えるんじゃないかな。それを一緒に探していきたいね。

高杉、藤野:はい!

ーー出会って、すぐに恋して結婚して死んでしまうという猛スピードの物語をどう思いますか。

井上:死に至るほど人を好きになる。これほど激しくまわりを顧みずに突き進めることはうらやましい気がします。

高杉:悲劇ではあると思いますが、ふたりにとってはひとつの幸せの形なのかなと思いました。

藤野:それだけふたりが一途だったということですよね。いまの時代にはこんなことはないと思いますが、だからこそこういう濃縮された作品に触れたとき、なんだかわからないけれど胸が熱くなって、恋に限らず何かしら新しいことに挑戦したくなるのではないかという気がしています。

ーー高杉さんと藤野さんは映像で、恋愛ものに出演経験があると思いますが、恋愛ものを演じるに当たり気をつけていることはありますか。

高杉:コミュニケーションです。僕は今まで、お芝居に関して、共演者や監督さんや演出家さんと相談することがなかったんです。映像ではほぼしないですね。というのは、あらかじめ相談しないで、その場で、それぞれのアイデアをプレゼンするように提示して、そこからすり合わせていくというやり方が楽しいと思っていて。ただ、ラブロマンスとなってくると、相手役との距離感が重要だと思うので、相手役の方が、いまどういう状態なのか、どういう芝居をしたいと考えているのか、なるべく話をしながら感じるようにしたほうがいいような気がしています。

藤野:そうですね、私もコミュニケーションが大事だと思います。やっぱりお芝居はひとりではできないですから。例えば、大河ドラマ『青天を衝け』のときは、大家族のような関係から恋が生まれていく役を演じましたが、共演者の皆さんとまるでほんとうの家族のように現場でたわいない話をして過ごしていました。そういう空気から特別な感情が立ち上ってくることがあるような気がします。もちろん、本番以外で話をしたくない方がいたら、尊重して、その都度周りの状況をを見ながらやっていきたいと思っています。それはラブロマンスに限らないですけれど。

ーー恋以外にも切り口がある作品ですが、ほかにどの部分に興味がありますか。

高杉:脚本を読んで感じたのは、運命に対して無謀な戦いを挑んでいるなあということでした。不条理な運命に抗いながら抗いきれなかった若者たちの姿が印象に残りました。

藤野:私は大人と子供の対立です。ロミオとジュリエットは家同士が対立していて親の反対が悲劇を生みます。お互いわかりあえないところは今も昔も同じなのだなと感じました。

井上:ふたりともしっかりしているなあ(笑)。高杉くんの運命に抗うという視点はいいですよね。僕は蜷川幸雄さんの現場で育っていて、今の自分や世の中を疑うという「否認」という考えが染み付いているものだから。藤野さんも客観性があっていいですね。大人と子供の対立と言えば、僕は親の嘆きも最近わかるんですよね。親だって大変なんですよ(笑)。だから、ロミオとジュリエットの両親のことも丁寧に描きたいと思っています。親の論理と子の論理の戦いなので、あくまでも対等であろうと。

(左から)高杉真宙、藤野涼子

(左から)高杉真宙、藤野涼子

ーー井上さんは過去に蜷川さんの『ロミオとジュリエット』に何作も参加しています。過去作をあえて意識しないのか、オマージュを捧げるのか、どちらでしょうか。

井上:僕はこれまで、蜷川さんの演出助手として、大沢たかおさんと佐藤藍子さん(98年)、藤原竜也さんと鈴木杏さん(03年)、菅田将暉さんと月川悠貴さん(14年)の3作に携わったことがあり、松岡和子さんが翻訳したセリフも、蜷川さんの演出も頭にこびりついています。去年の『夏の夜の夢』でも実感しましたが、蜷川さんとまったく違ったものにはどうしたってできないですね。染み付いてしまっているから。そして、熱く激しく生々しく、いまの自分を超えていこうとする蜷川イズムを伝えていきたい思いもありますから。そのなかで自分なりに今の時代を踏まえたものを作れればと思っています。

ーーロミオとジュリエット以外で好きなキャラはいますか。

井上:子供たちと親たちの間にいるのが乳母というキャラクターで、主人に忠実なあまり顔色を見ながら言動がコロコロ変わるところがすごく人間的で、愛されると思います。

藤野:乳母とのシーンは脚本を読んでくすくすっとなります。乳母との共演に今からわくわくしています。

高杉:共演者のみなさんとも早くお会いしたいです。

ーー演劇のおもしろさを教えてください。

高杉:何度もやれることが一番の楽しさです。稽古から本番まで何度演じてもまだ発見があるという楽しさは忘れられないですね。

藤野:すごくわかります。稽古する時間があるのは演劇ならではと思います。ドラマや映画はあらかじめ自分で作ってきたものをこんな感じですと監督に見せてその場で修正しながら演じますが、舞台は稽古でみんなの意見を共有しながら少しずつ役を構築していくことができます。それがほんとに舞台の醍醐味だと思います。

高杉:目の前で、見知らぬ人が泣いたり怒ったり喜んだり歌ったり踊ったりすることって面白いじゃないですか。

藤野:私も生で、それも多くの人の目の前でお芝居することっておもしろいと思います。舞台は人間だから失敗しちゃうこともあって、それをマイナスに捉えることもありますが、私は人間らしさを感じていいなと思うんです。そういうことに気付けることも舞台の楽しさだと思っています。

井上:例えば、ペストの時代はもっと、ストレートに死体が街にごろごろ転がっていて、死が目に見えるものとしてあったと思うんです。一方、僕らの生きている今の時代だと、「今日の感染者数」という数字にしか現れなくて、死が見えにくいなかでどうやって死と対峙していくのか。『ロミオとジュリエット』という戯曲を借りて、人間は切れば血が出るんだというような生々しいものだということをちゃんと表現しないといけないと思います。お互い、七転八倒しながらやっていこうね。

藤野:コロナ禍が2、3年続いたことで、人と熱く関わっていくことに対して鈍感になっているなか、私たちの『ロミオとジュリエット』を見て、関わることの大切さを再確認して再スタートが切れたら嬉しいです。

高杉:始まる前、劇場が真っ暗になって、はじまる! と息を止める瞬間が好きです。そういう高揚感を、舞台に馴染みのない方々にもぜひ味わってほしいです。

井上:16世紀のイギリスより、ものには溢れていながらどこか何かが希薄な現代の世の中に、ロミオとジュリエットの物語がどう観客に届くか、僕もまだわからないですが、俳優たちと悪戦苦闘しながら作ったものをお見せしたいですね。そのためにも俳優がのびのびできる環境を、セットを含め作る。それが演出家の役割と考えています。

取材・文=木俣 冬    撮影=山口侑紀(W)