【牧元一の孤人焦点】取材と取材の合間に酷暑対策も兼ねて映画を見ることにした。さて、何を見るか。見たい映画は既に見てしまっているので、今まで関心のなかった作品から選ぶしかない。これでもない、それでもないと迷った末、消去法のような形で1本にたどり着いた。それが「君の膵臓をたべたい」だった。

 平日の午後なのにほぼ満員だった。左隣は妙齢のカップル、右隣は空いていたが、そのうち若いカップルがやって来て座った。あらためて周りを見渡すと女性が多い。もしかしたら老年に差し掛かった男が1人で鑑賞するには不適当な作品なのかもしれない。まあ、いい。つまらなかったら昼寝すればいいのだ。

 ところが、始まって数分でスクリーンに引き込まれた。映像に抑制が効いている。画面の色合いが淡くて好ましいし、出演者のセリフや動きに派手さがないところも好ましい。先日、ある日本映画を見に行き、あまりの仰々しさ、現実離れ感に耐えきれなくなって30分ほどで退出したことを思い出した。この作品はその逆だ。地味な印象が見ていて心地よかった。

 やがて、画面にヒロインが映し出された。顔を見ても名前が思い浮かばない。この映画を選んだ時に出演者の名前を見たはずなのに覚えていなかった。まだ、ぼけているわけではない。関係者や彼女のファンには、不勉強すぎると怒られそうだが、もともと彼女のことを知らなかったのだ。だから、エンドロールで彼女の名前を確認するまで、誰だか分からないまま作品を見続けた。

 彼女、つまり浜辺美波は素晴らしかった。存在感があり、演技は繊細だ。膵臓の重い病で死期を悟りながら、日常は明るくふるまうという難しい役を見事に演じきっていた。なんで、こんな良い女優を知らなかったのだろう。後で経歴を調べてみると、既に何本か出演作を見ていたことが分かった。これまで浜辺美波という女優に気づかなかった自身の不明を恥じるばかりだ。

 一つ言えるのは、この「君の膵臓をたべたい」が彼女の魅力を十二分に引き出したということだろう。本人の話によれば、自身はヒロインの性格とはかけ離れていて、笑ったりはしゃいだりするシーンは演じるのが難しかったという。それなのに、これほど見る者の心を引きつけたのは、監督の演出力も大きいに違いない。不勉強ながら、監督の月川翔氏のことも、この作品で初めて知った。映画の原作は同名の小説(著者・住野よる氏)だが、小説にない物語も描いている。

 終盤の展開と演技に過剰さを感じる部分もあったが、それを差し引いても、とても優れた映画だと思う。何より、泣ける。ヒロインが口にする、ある種哲学的なセリフに胸を揺さぶられるのだ。もしも、高校時代にヒロインのような少女と出会い、あのような真摯(しんし)な言葉の数々を言われていたら、人生は大きく変わっていただろう。そんなことを、見終わった後に楽しく考えたりした。ひととき、酷い暑さのことも忘れていた。 (専門委員)

 ◆牧 元一(まき・もとかず)編集局文化社会部。放送担当、AKB担当。プロレスと格闘技のファンで、アントニオ猪木信者。ビートルズで音楽に目覚め、オフコースでアコースティックギターにはまった。太宰治、村上春樹からの影響が強い。