橋幸夫 検査入院から復帰 歌詞が出ずイントロだけ流れる場面も「涙が出た」とファン
公表するアルツハイマー型認知症の影響だろうか。歌詞が出てこずイントロだけが流れたり、ZEROから耳元で歌詞をささやかれて思い出す場面もあった。
「ちょっとマイクさん、ボリュームが低い」とステージ上から指示もした。それでも、必死さが伝わるステージに3曲を歌い終えると600人で埋まった客席から拍手が沸き起こった。
橋は先月31日に兵庫・姫路で行われた公演を終え帰宅後、左手に力が入らなくなるなど体調に異変が起こり緊急搬送。今月3、4日に予定されていた4公演を休演した。
「土日(7、8日)は言葉がしゃべられなかった。でもここへ来たいと言うことで。橋さん、すごい」
石田社長が近況を明かした。「絆」は元々、橋の1984年発表の楽曲だがその後、韓国で歌い継がれてきた。韓国出身のZEROとの共演曲として4月にリリースし、今後韓国へ一緒に渡る予定があるという。「韓国でキムチを食べる」。橋も意気込みを語った。
公演後は会場で宮城県産の新米を販売した。認知症を公表しながら歌手活動を継続する姿に、宮城県の農家を中心に新米600キロが夢グループへ送られてきたという。
「宮城県石巻市の農家などが“震災の時はお世話になったから”と米を送ってくれた。米不足のいま、コンサート会場にいらっしゃったお客様に少しでもとメッセージがあった」と石田社長。ササニシキなど2キロを税込み1000円で販売した。橋は東日本大震災直後の11年5月、その呼び掛けで集まった「絆の会」の歌手6人で宮城県内の避難所を慰問した縁があった。京都府宇治市から来た、若手時代からのファンという武田節子さん(81)は「心配しながら来た。涙が出ました」とステージを注視した。


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