2020年東京五輪・パラリンピックが3年後に迫り、スポーツへの関心が高まる中、勝利をつかむため、チーム力を向上させる考え方を教えている人がいる。元ラグビー日本代表スクラムハーフの後藤翔太(34)だ。現役引退後、大学の女子ラグビー部を率いた監督経験を生かし、「チームアドバイザー」として全国を飛び回っている。

 後藤は7月21日、母校・桐蔭学園高校(横浜市)を訪れていた。スーツのズボン、白いワイシャツ、革靴で、現役時代と変わらない屈強な腕をのぞかせ、キャリーバッグを引き、校舎の前に立っていた。「10年ぶりくらいだ。懐かしいなあ」。校舎をまぶしそうに見上げた。

 かつてラグビー日本代表にもなったスター選手の勤務先は、組織コンサルティング会社「識学」。社長や管理職とその部下の意識構造の違いを分析し「どうすれば部下が上司の求めることができるようになるか」を講義するのが主な事業。後藤は4月からスポーツ事業部の部長に就任した。新シーズンからプロバスケットボールB1に昇格する西宮ストークス(兵庫県西宮市)などプロを含め全国9チーム・企業を担当している。

 取材当日、母校の会議室ではラグビー部監督の藤原秀之(49)が待っていた。4月の全国高校選抜大会で部を日本一に導いた名将は、新たなチームづくりのヒントを得るために後藤から講義を受けることになっていた。藤原をコーチ時代から知る後藤が、この日のテーマに据えたのは、「指示」と「示唆」の違い。選手に対し「示唆」ではなく「指示」を出すことが必要だと強調。ポイントは言い方だ。

 例えば、ケガをした部員に指導者が「休めば?」と声を掛けた時、選手側は指導者が本気で「休め」と言っているのか、真意を測りきれず、無理をしてしまうことがある。後藤は「これは示唆」と指摘。「示唆」では「こうしろと言ったのに…」「ああしろと言われたから…」という意識のずれが起きるため、良い結果は生まれにくい。だからこそ、指導者は「休みなさい」と明確な「指示」を出し、選手は実働者として結果を出すのがそれぞれの責任だと説いた。

 ラグビーのエリート。早大から名門神戸製鋼に入り、1年目からレギュラーを獲得。日本代表でも活躍した。故障が長引き11年3月で現役を引退したが、13年2月に追手門学院大(大阪)から誘われ、発足したばかりの女子ラグビー部の監督に就任。わずか3年で大学日本一に導いた。

 まぶしいほどの栄光の陰で、実は葛藤の日々を送っていた。「ラグビーは人を感動させるし、フェアプレー精神を伝えられる。選手も本当に素晴らしい。でも、1チーム15人と他のスポーツより人数は多いし、トップリーグでさえ年に十数試合と少ない。もうかる仕組みになっていない分、企業側が負担している。そのことが現役時代からずっと引っ掛かっていた」。働いた分だけ会社の業績に反映される仕事への転職を模索するようになった。

 そんな思いに理解を示し「うちに来いよ」と誘ってくれたのが、早大ラグビー部の先輩で「識学」代表の安藤広大(37)。思考の癖や誤解と錯覚がどのように発生するかを研究した「意識構造学」を応用し、上司が学ぶことで組織力の向上や改善につなげている同社。追手門学院大の日本一の扉を開けたのも、安藤から教わった理論を実践したことにあった。

 後藤は1人につき約3カ月かけて、明確な指示の仕方などを理論に従って指導する。我流で組織の運営に関わる人も多いため「理論を教えていて相手のモヤモヤが晴れる時がうれしい」と話す。一方で「恐怖心」もあるという。「製品のようにはっきりと形が見えるものじゃなく、物事の考え方を売っている。だからお金を出してでも“受けたい”と言っていただいた人に対して、ミスは許されない」。夜の日課は教科書を読み直して復習すること。効率的な働き方が求められる時代だからこそ、ラグビーのように一歩一歩を積み重ねることの大切さを知っている。

 取材を終えて都心へ戻る電車内。たまたま現役時代を知っていた乗客から声を掛けられた後藤は、座席をシャキッと立って会釈。その堂々とした姿が、今の仕事への自負をうかがわせた。 =敬称略=

 ≪300社以上導入≫「識学」(東京都品川区)によると、2015年の創業からこれまで、企業の管理職へ向けたトレーニングを300社以上が導入。約3カ月間かけて週1回のペースで意識構造学を習得していく「マスタートレーニング」は講師とのマンツーマンで80万円(税別)から。