西武・菊池が3日の楽天戦で記録した左腕最速158キロを見て、もう一人の「158キロ左腕」が頭に浮かんだ。ソフトバンクの川原弘之だ。背番号122を背負う菊池とは同学年の25歳はようやく、再起へ踏み出した。

 「久しぶりすぎたので、自分で数えてしまいました。試合で投げるのは何日ぶりかと…。ぎりぎり、1000日なかったですね」

 そう、心から笑えるようになった。2014年秋季教育リーグ以来2年8カ月ぶりのマウンドは6月10日の3軍練習試合(対楽天)で1回無失点。まだ、背番号が2桁だった高卒3年目の12年は150キロを優に超える直球を買われ、中継ぎで1軍デビューも果たした。先発転向のために2軍調整していた同年7月28日、ウエスタン・リーグの中日戦で158キロを記録する。1軍ではなく、マークしたのが地方の下関球場だったことで話題になることはなかったが、間違いなく、将来を嘱望される才能だった。

 だが、それほどの剛球を投げる武器はもろ刃の剣でもあった。故障に悩まされ、15年春に左肩を手術した。戦力外を通告された同年11月には左肘のトミー・ジョン手術と立て続けに剛球を生む左腕へメスを入れる。1、2、3軍でもなく、それには属さないリハビリ組。いつしかその名は聞かれなくなった。

 球団が提案した育成選手としての再出発。川原はめげずにひた向きだった。目減りした年俸から捻出した資金で個人トレーナーと契約。チームのリハビリ了後、さらなるトレーニングに取り組んだ。思えば初めて彼を見たのはまだ、福大大濠のエースだった09年夏。福岡県大会5回戦で修猷館打線に打ち込まれながらもマウンドにかじりつき、12三振を奪った。その姿勢はあの夏も今夏も同じだ。

 支配下登録期限の7月31日は終わり、今季中に1軍登板する可能性は消えた。投げることをあきらめなかった男は来季へ目をやるだろう。視線の先には奇跡のカムバックがあるのだと、信じたい。(記者コラム・福浦 健太郎)