プロ入り前、阿部の担当スカウトだった中村和久氏が祝福の言葉を贈った。「まさかここまでの選手になるとはね。この前、3500塁打を達成したときに“川上さん”よりも塁打数が多いんだ”と。凄い選手になった」

 初めて阿部を見たのは、安田学園3年時の春。「前年の夏から2年生捕手として注目されていた。スイングがとにかく速くて、右中間、左中間にライナーで運ぶ姿が印象に残っている。捕手としても肩が強くて、様になっているなと。そういう印象でしたね」と振り返る。

 中村氏は中大での4年間を含め、阿部を5年間、追いかけた。オープン戦やリーグ戦はもちろん、練習にも足を運んだ。中大4年時の00年は、恒例となっている夏の甲子園の視察も取りやめ、阿部を追った。「練習にもほとんど顔を出して、合宿にも足を運んだ。慎之助は野球道具をきっちり並べて、グラウンドでは常に先頭で全力疾走。野球への取り組みも素晴らしかった。中大での4年間、ずっと変わらなかった」と回想する。当時の長嶋茂雄監督は野手を獲得する際に、「プロでタイトルを獲れるか?」と上位指名の基準は高かったという。そんな中、中村氏は球団幹部に「プロでクリーンアップを打てる。打撃タイトルも獲る」と進言した。

 阿部は12年に首位打者、打点王の2冠を獲得。17年目の今季は、2000試合出場、3500塁打も達成した。中村氏は「これからも4番としてチームの勝利に貢献してほしい」とエールを送った。(川島 毅洋)