その歴史の中でFCバルセロナは偉大な選手たちとの問題を常に抱えてきた。バルサはいつも世界最高の選手たちをキープしようとしたが、マラドーナやフィーゴ、ラウドルップ、シュスター、リバウド、ロマーリオ、ロナウジーニョといったトップスター達はバルサを離脱する道を選んだ。
しかし、その中の多くにとってバルサ離脱はキャリアの後退を意味するものだった。

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■ディエゴ・マラドーナ
マラドーナはバルサの歴史上かつてない大型選手だった。シーズン1982-83にボカ・ジュニアーズから加入したマラドーナはバルサに2シーズン所属した。アスレティック・ビルバオ戦でゴイコエチェアからタックルを受けて大怪我を負ったことが、バルサでの活躍が期待以下となったことの一因だった。1984年5月5日のコパ・デル・レイのアスレティック戦(1-0でバルサが敗北)では、相手チームの選手と乱闘を繰り広げミゲル・アンヘル・ソラに暴力を働いて3か月間出場停止となった。
バルサ幹部のサポートが足りないと不服をもったマラドーナはバルサを去り、SSCナポリへ11億8,500万ペセタ(約14億円)で移籍した。



■ロナウド・ナザリオ
ロナウドはシーズン96-97にオランダのPSVアイントホーフェンからバルサへと移籍し、加入の年に計37試合で34ゴールを決めるなどセンセーショナルな活躍ぶりを発揮した。その当時は全てがバラ色であるかのように予想されたが、シーズン末の契約更新の交渉はうまく進まず、1997年にロナウドとバルサは決裂した。ロナウドは当時の移籍史上最高額の40億ペセタ(約27億8,000万円)でインテル・ミラノへ移籍した。



■ルイス・フィーゴ
ルイス・フィーゴのケースは疑いなくバルサに最もダメージを与える移籍だった。第一の理由はフィーゴの退出先が他でもないマドリーだったからである。第二の理由はバルセロナのサポーターたちに恥ずかしげもなく嘘をついたからだ。スポルティング・ポルトガルからバルセロナへ移籍し5シーズンの間活躍したフィーゴは、バルサのキャプテンの一人になるに至った。しかし、2000年にフィーゴは突然のレアル・マドリード移籍という、バルサを背後から刺すような行為をした。クレたちにはバルサを愛する素振りを見せ、フロレンティーノ・ペレスの差し出す金で豹変したのだ。マドリーはフィーゴ獲得に6,100万ユーロ(約89億2,000万円)の移籍金を支払った。



これがバルサに最も衝撃的を与えた3人の選手たちの離脱である。
その他にもバルサとの契約が終わり次第マドリーへの移籍したベルント・シュスターや、ミカエル・ラウドルップのケースもある。バルサファンにとってリバウドのイメージは移籍によってアイドルから悪役に変わった。ロマーリオはわずか1年でバルサ離脱を決め、ブラジルでの夜のパーティ生活を選んだ。そして当時アイドル的人気だったロナウジーニョも、ペップ・グアルディオラの信頼を得ることができず、ミランへと去っていった。
そして、いまネイマールのケースで歴史は繰り返された。また今後も同様のケースが起きるのだろうか。