アジア選手権や世界選手権で見せた自信に満ちたプレーや弾けるような笑顔は、最後まで見られなかった。

 東京体育館に立った17歳の平野美宇(世界ランキング8位)の表情は曇りがちで、首を傾げたり、がっくりと肩を落としたりすることが多かった。

 6月14日から18日まで行なわれた、ライオン卓球ジャパンオープン荻村杯。ITTFワールドカップツアーのひとつである今大会は、4月に中国・無錫で開催されたアジア選手権で日本女子として21年ぶりに優勝し、5月に開幕した世界選手権デュッセルドルフ大会で銅メダルに輝いた平野にとって、いわば凱旋試合。それだけに本人のモチベーションも決して低くなかったはずだが、17日の準々決勝で中国の陳夢(同5位)に敗れ、最終日まで残れなかった。

 今大会は日本の女子選手にとって、シングルスで優勝する大きなチャンスだった。

 開催地が日本であることに加え、世界ランキングのトップ3である中国の丁寧(同1位)、劉詩雯(同2位)、朱雨玲(同3位)がエントリーしていなかったからだ。

 実際、16日の1回戦で韓国のソ・ヒョウオン(同29位)を4−0のストレートで下した後、平野は「今回は中国のトップ選手は数人しかいなくて、若手選手が多い。(アジア選手権で)トップ選手に勝てたということは、若手選手に勝てる可能性が高いと思うので、勝つ気持ちで来ています」と力強く語っていた。

 ところが、17日午前に行なわれた韓国のチョン・ジヒ(同18位)との2回戦は、試合への入りがいい平野にしては珍しく、第1ゲームを13−15で落とす波乱含みの立ち上がり。「思ったよりも(相手の)ボールがゆっくりでタイミングが合わなくて、てこずってしまった」と振り返ったように、第7ゲームまでもつれ、4−3でなんとか振り切った。

 こうして迎えた午後の準々決勝。相手はアジア選手権の決勝でストレート勝ちしている陳夢だった。この時点で日本の女子選手はすべて敗れ、平野がいわば最後の砦。しかし、ラリーで力負けするなど後手に回り、雪辱に燃える陳夢に0−4で完敗。試合時間わずか40分ほどで決着がついてしまった。

「自分のペースになることがほとんどなかった。サーブでもラリーでも負けて、前より勝つ場所が少なくなっている」

 平野は淡々と振り返ったが、その言葉数の少なさが、かえって悔しさを感じさせた。とりわけサーブ3球目やレシーブ4球目での負けが多く、得意のバックハンドを繰り出すシチュエーションに持ち込めなかったのが痛かった。

 対戦相手の陳夢にとって、この勝利がいかに会心のものだったかは、勝負が決した瞬間の雄叫びからも明らかだった。平野が「負けてあんなに吠えられることはあまりない」と言うほど、感情を爆発させた。日本人選手に2回続けて敗れることは、卓球大国の選手として許されない――。そうしたプライドが懸かった一戦だったに違いない。

 地元開催だったアジア選手権で、準々決勝で丁寧が、準決勝で朱雨玲が、決勝で陳夢が敗れ、平野にタイトルを献上した中国は、世界選手権の直前合宿で平野対策を敢行。平野のコピー選手を用意して研究を重ねたという。まさにジャパンオープン決勝で、平野は自身のプレーが分析されていることを感じたようだ。

「相手が自分のプレーをさせないようにしてきて、崩れてしまった。これからは、どこを狙われても強い選手になりたいです」

 もっとも、「対策された」ということは、平野が中国からライバルだと認められた証(あかし)でもある。眼中になかった存在から、強く意識される存在へ――。打倒・中国への道のりは、まさにここからスタートすると言っていい。

 一方、平野が敗れた数時間前、かつてダブルスで「みうみま」としてコンビを組んでいた同じ歳の伊藤美誠も、準々決勝で姿を消した。

 初戦で韓国のヤン・ハウン(同24位)を、2回戦で中国の陳可(ランキング外)を破って迎えた準々決勝。対戦相手は、中国の次期エースと謳われる18歳の王曼昱(同41位)だった。

 1回戦で石川佳純(同6位)を1−4で破った若き俊英に対して、伊藤は飛び跳ねるようにして力強いショットを次々と決め、第1ゲームを11−4、第2ゲームを11−8と、2ゲームを連取。しかし、相手がサーブを変えたり、左右に振ってきたりするようになると、徐々にミスが増えていく。粘ったものの第3ゲームを11−13、第4ゲームを10−12で落とすと、そのまま振り切られて2−4の逆転負けを喫した。

 悔しさを押し殺して淡々と試合を振り返った平野とは対象的に、伊藤は試合後、悔し涙を覗かせた。言葉を絞り出すようにして、伊藤が語る。

「もったいなかったなって……。ここまでできて負けるっていうことは、本当に実力不足だと思いました」

 2−0と先行しながら逆転されたもったいなさ。4ゲームを連取されてひっくり返された不甲斐なさ……。勝負の分かれ目だったのは、第3ゲームだろう。一時は3−9と大きくリードを許しながら、10−9と逆転してゲームポイントを握る。「ここで取らないと、絶対に次、逆転される。中国選手(との試合)のパターンだな」と分かっていながら、このゲームを落として潮目が変わった。続く第4ゲームでも8−5とリードしながら、逆転を許してしまったのだ。

「サーブで何を出せばいいか、全然分からなくて……」

 第4ゲームで10−10のデュースとなった場面について、伊藤はそう明かした。次第に追い込まれていった彼女の心境が、この言葉に端的に表れていた。

 トップ3が出場していないにもかかわらず、日本女子の前に立ちはだかったのは、やはり中国勢だった。中国の強さと選手層の厚さをまざまざと見せつけられたが、再戦の、すなわちリベンジの機会はすぐにやってくる。中国オープンが6月20日から成都で開幕するからだ。

「(中国人選手に対して)全体的に何もかもが上回っていないので、1からやっていきたい」と伊藤が成長を誓えば、「中国に追いついたかなって思ったんですけど、やっぱり中国選手は強かった」と語った平野も「中国の選手がたくさん出てくると思うので、勝てるように頑張りたい」と中国オープンに向けた意気込みを見せている。

 中国勢を倒さない限り、2020年の東京オリンピックでの金メダル獲得は成し遂げられない。日本のエースの座をめぐって切磋琢磨するふたりが、打倒・中国を目指す。