「やっぱり、体力がなくなっていますね。(休日の)昨日もここ(敵地の球場)に来て(自主トレーニングを)やるし、できることはやっているんですけど……それでも足りないですよね。ゲームの体力と違うもんね。(体が)ふわふわしている感じ。でも、これ以上できないから。走ったりするぐらいしかないもんね。そんなこと(状況打破の方法は)わからないですよ。(そんな状況で安打が)1本出て、全然気持ちは違うし、1本出すのは難しい」

 少し前の話になるが、5月23日、15試合ぶりに先発出場したイチローは、オークランド・アスレチックス戦のあと、そのように複雑な胸中を明かしていた。


2015年のシーズン途中、フィリーズからドジャースに移籍してきたアトリー

 それからも厳しい状況が続く。7月13日現在、マイアミ・マーリンズは87試合を戦ったが、イチローの名前がスタメンに記されたのはわずか12試合。精密機械のエンジンがかからないまま、打率.220と低迷している。

 マーセル・オズナ、クリスチャン・イエリッチ、ジャンカルロ・スタントンが並ぶマーリンズのレギュラー外野陣はメジャー屈指。彼らにケガや余程の成績不振がない限り、イチローが先発で出場することは厳しいと言わざるを得ないのが現状だ。

 そんなイチローの気持ちを理解するベテラン選手がいる。フィラデルフィア・フィリーズで6回のオールスター出場を誇るチェイス・アトリーだ。今年38歳を迎えるアトリーは今シーズン、ロサンゼルス・ドジャースの控え内野手としてプレーしている。

「私にとって、すごく難しいなと感じていることは、打席に立ったときのタイミングの取り方なんです。コンスタントに打席に立っていないと、バッターボックスでのタイミングの取り方が難しくなってきます。体力に関しても、イチローが言っていることはよく理解できます。スプリングキャンプが始まった頃の感覚によく似ていますね。特に、彼の年齢(43歳)で2週間ぐらい守備に就いていないことは、どれだけ体力的に厳しいことか、よくわかります」

 アトリーは開幕からベンチスタートだったが、約1カ月後、チームメイトの故障によってスタメン出場が多くなった。開幕当初からそれまでは自分でも驚くような結果だったとアトリーは言う。

「シーズンが始まって最初の1カ月は、毎日打席が回ってこないなか、タイミングを取るのが予想していた以上に大変でした。代打の役割を果たす選手の難しさは、自分が経験するまでまったくわかりませんでした。私にとっては、まだ試行錯誤しながら習得している段階なのです」

 代打として起用されながら結果を残せず、打率も1割台に低迷しているとき、アトリーはちょっとしたきっかけで打撃感覚を磨く方法を見つけることができたという。

「チームメイトである先発投手のブランドン・マッカーシーが4、5イニングを練習で投げている日があったんですけど、そこに参加させてもらって、10打席ぐらい立ったんです。すると実戦に近い感じで、すごくいい練習になりました。おかげで、その日の試合はいつもよりいい感じで打席に入ることができました。気分よく打席に立つということが、打者にとっていちばん大切なんです。きっと、イチローも同じことを言うでしょう。打席での心地よさは自信につながり、その自信が成功につながるんです。今後、もしピッチャーが打者を相手に練習したいと言うのであれば、私はその機会を逃さず、絶対にバットを振らせてもらうつもりです」

 日々の準備――当初はイチローもほかの選手と同様、5回ぐらいから打撃の準備を始めていた。しかし、予想よりも早く呼ばれることがあり、準備不足のまま打席に立つこともあった。それ以降、落ち着かない気持ちで打席に立つことがないよう、イチローは1回からでもベンチ裏のケージで打ち始め、専用のマシンで体を柔らかくするというルーティンを行なっている。アトリーは、まだルーティンに関しては試行錯誤というが、準備を最優先に考える姿勢は変わらないという。

「『準備をして呼ばれない方が、準備をせずに呼ばれるよりはずっといい』。これはジョン・ウーデン(数多くの優勝を誇るアメリカの大学バスケットボールの名監督)の名言ですが、私もそうだと信じています。たとえば、5回までずっと座っていて、その状態から突然呼ばれてすぐに行くというのは、私の年齢になると難しいことです。イチローならなおさらでしょう。ずっと座っているのではなく、早い段階から体を動かしてゲームに備えるイチローの工夫は賢いことだと思いますし、とても気になりますね」

 アトリーとイチローには、ほかにも共通点がある。それは1年契約でプレーを続けているということだ。なぜ後がない厳しい状況のなかでも、野球を続けるのかと問うと、こんな答えが返ってきた。

「契約とかお金とかではないです。ただ、野球が好きなんです。2008年にフィラデルフィア(・フィリーズ)で優勝したときの気分をまた味わいたい。実は、私はロスで生まれ育ち、ずっとドジャースのファンでした。だから、このチームには特別な思い入れがあるんです」

 これまで毎日のように試合に出ていた選手が代打として出場するというのは、技術の上でも、気持ちの上でも、並大抵のことではない。それでも、いつ訪れるかわからない出番に向けて全身全霊を傾ける姿は、まさにプロの中のプロと言うべきだろう。

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