名コーチ・伊勢孝夫の「ベンチ越しの野球学」連載●第4回

《プロ野球も前半戦が終了した。巨人の13連敗や則本昂大(楽天)の連続2ケタ奪三振記録など、見どころは多かったが、今季の前半戦を語る上で忘れてはならないのが近藤健介(日本ハム)の「4割挑戦」だ。残念ながら腰部椎間板ヘルニアの手術のため今季中の復帰は難しくなってしまったが、そのハイレベルなバッティングは野球ファンに衝撃を与えた。近藤とは、いったいどんな打者なのか? これまで打撃コーチとして、中村紀洋をはじめ多くの大打者を育ててきた伊勢孝夫氏に、独自の視点で解説してもらった》


 コーチとして選手を預かるとき、最初に着目するのがその選手の長所だ。もちろん、短所はすぐ目につくし、気になる。しかし、短所を直そうとするあまり長所が消えてしまうのは、よくある本当の話だ。だから、短所には目をつぶり長所を見る。これはコーチとしての、いわば鉄則だ。

 私なりに感じる近藤の長所は、まずボールを長く見られる点だ。細かなことを言えば、軸足である左足のタメがしっかりできているから、ボールをより手元(キャッチャー寄り)で見ることができる。僕らは「軸足にちゃんと(体重が)乗っかっている」という表現をするのだが、彼はまさにその見本と言える。しっかり体重が乗っているから、上体の動きが少なく、目線もぶれない。

 私の知る限り、今の彼のバッティングは去年あたりから会得したものだろう。以前から見ていたが、明らかに変わったのは昨年からだ。

 また、しっかりボールを見られるから四球も選べる。近藤自身「その気になれば、狙って四球を選べる」と言っていたようだが、たいした自信だ。それだけ好調時は、ボールが見えていたということだろう。

 プロの選手としては決して大きくない体(173センチ)で、あれだけのフルスイングができるパワーも見事だ。

 これだけのバッティングを築き上げたのは立派のひと言だが、ここに至るまでの過程が気になる。彼がどんな思いでバットを振り、バッティングとどう向き合ってきたのかということだ。

 それを紐解くカギが、打球方向に表れている。印象ではいつも逆方向(センターからレフト方向)に打っている感じがあったが、実際にデータを見ても、6割強がセンターからレフト方向だった。いかにパワフルなスイングといえども、あの体で逆方向にホームランを放つのは至難の業だ。引っ張らなければホームランはない。言い換えれば、ホームランを捨てて、今のポジションを掴んだ。私はそう感じている。

《横浜高時代は通算35本塁打を記録するなど、強打の捕手として注目を集め、ドラフト4位で日本ハムに入団した。だが、捕手としては送球難に陥り、早々に野手に転向。外野はもちろんだが、今年の春季キャンプでは二塁手にも挑戦していた。いかにしてチームのなかで戦力として勝ち抜くか。レギュラー争いが激しい日本ハムのなかで、近藤は「プロとしていかに生き残るか」を示す格好の選手と言えるだろう》

 ホームランの魅力に、体格は関係ない。プロに入るぐらいの選手は、どんな小柄なバッターであっても、心のどこかに”ホームランの魅力”が残っているはずだ。しかし近藤の場合、捕手から野手に転向したときに「自分の売りは何か?」「どうやって首脳陣に自分を認めさせるのか?」と考え、ホームランを狙うバッティングではないと悟ったのだろう。その決断には拍手を送りたい。

 そして彼のもうひとつの長所が、どんな厳しい球であっても空振りをせず、ファウルで逃げられることだ。チームメイトの中島卓也も昨年、両リーグ最多のファウル数を打って話題になったが、これは教えてできるものではない。センスと言うしかない。

 いずれにしても、投手にとってのウイニングショットも、近藤にとっては「苦にならない球」なのだ。投手にとって最高の球がきてもファウルで逃げられる。かといって、ストライクからボールになる球も見極めることができる。最終的に相手投手は投げる球がなくなり、甘く入った球を弾き返す。これでは打率が上がるのも当然だ(笑)。また、彼のようなバッティングを続けていると、必然的に出塁率も上がる。これがミソである。

《最後の出場となった6月6日の時点で近藤の出塁率は.567と、他の選手を圧倒している。3番打者ではあるが、いわばつなぎ役的な”3番目の打者”と言えるだろう》

 ヒットでも四球でも、塁に出れば一緒。クリーンアップだからといって長打を求めず、出塁率の高さを売りにする打者を3番に据える。常識や慣習にとらわれない栗山英樹監督らしさがここにも出ている。

 近藤だけではない。中島や西川遥輝といった、いわば脇役的な存在の選手でも、長所をきっちり見定め、適材適所で起用する。だから選手も、実力以上のものを発揮するのかもしれない。

 これは以前、栗山監督本人から聞いたことだが、選手個々の育成は、球団からも提案があるらしい。「この選手はこう育てよう」という感じで、具体的に方針を決めるそうだ。おそらく近藤も、捕手から野手にするだけでなく、今のような巧打者タイプにすることも、かなり早い段階で決めていたのだろう。

 なにより近藤にとって幸運だったのは、日本ハムというチームに入ったことだ。これがどこかのチームだったら、あれこれいじられ、彼本来のよさが消えていたかもしれない(苦笑)。

 これだけの才能を秘めた近藤が故障でリタイアしたことは、実に残念だ。正直なところ、あのままプレーしていたとしても4割は相当厳しい数字だと思うが、3割7〜8分ぐらいは残していたのではないか。今季はチームが下位に低迷している。こういうときは、相手バッテリーのマークも緩くなり、打者にとっては好結果が出やすい傾向にある。その点でも、ラッキーなシーズンだったのだが……。ただ、選手生命が終わったわけではない。しっかりケガを治して、来季こそ4割を目指してほしいものだ。