元競泳日本代表で、北京、ロンドンと2大会続けてオリンピックに出場した伊藤華英氏。現役引退後は競泳選手のメンタルタフネスを研究し、早稲田大学で修士課程修了、順天堂大学では博士課程を修了し、博士号を取得している。

 まもなく開幕する世界水泳(競泳)を前に、これまで蓄積してきたノウハウを言語化すべく、スポーツを伝える”言葉”を探求するライブ・イベント『A.L.E.14(エイル・フォーティーン)』(6月20日、東京・恵比寿アクトスクエアにて開催)に登壇した。

■速く泳ぐにはどうすればいいのか?

 まず伊藤氏は、よく聞かれるという「どうすれば速く泳げますか?」との質問について、次の2点を挙げた。

「きれいなストリームラインをつくる」
「水をつかむ感覚を養う」

「ストリームラインというのは”けのび”のことです。これがきれいにできていれば、速く泳ぐことができます。そしてもうひとつ、トップ選手の何を見ておくべきかというと”キャッチ”です。手を水面につけたときのことをエントリーといい、そこからさらに手を前方に向かって真っすぐ伸ばすとキャッチになります。このとき、水をつかむという表現をするのですが、これがスムーズにできる選手は強い。たとえば、池江璃花子選手は手が入水したときに泡が出ないんです。このテクニックは世界レベルだと思いますので、注目してほしいと思います」

 日々、水をつかむ練習をしている選手たちは、プールの水が軟水か硬水かもわかる。「今日の水、硬いね」という会話を選手同士ですることもあるという。ヨーロッパのように硬水が多い地域(日本は軟水が多い)では、タイムはいつもと変わらなくても、疲れ具合が違ったりするそうだ。今年の世界水泳の舞台はヨーロッパ(ハンガリー・ブダペスト)。会場となるプールの水は硬水なのか、それとも軟水なのか。それによって対策も変わってくる。

■強い選手がよく口にする言葉とは?

 そして伊藤氏が選手の強さを見極める上で注目しているのが”メンタルタフネス”だ。

「最初に世界の舞台に立ったのが、16歳のときでした。それから27歳まで日本代表の一員としていろいろな経験をさせていただきました。その間、私が最も影響を受けた人が、大の親友であり、最高のライバルだった寺川綾選手。綾とは、年齢が同じで、専門種目も背泳ぎで一緒。身長もほとんど一緒だったと思います(笑)」

 唯一、違っていたのは、寺川選手は「絶対に勝ちたい」という強い気持ちをメディアの前で話すということだった。そんな寺川選手を尊敬しつつも、伊藤氏はそういった強い思いを人前で言うことができなかったという。

「『なぜそういうことが言えないのだろう』と考えているうちに勝てなくなり、周りからは『精神的に弱い』と言われるようになったんです」

 精神的に弱いというのは、どういうことなのか? 現役時代にいろいろと悩んだ経験から、引退後、同じ悩みを持つアスリートの役に立てたらと、メンタルタフネスに向き合い、博士号も取得した。

 研究過程において、競泳個人種目の五輪メダリストである鈴木聡美選手、入江陵介選手、萩野公介選手、寺川綾選手、松田丈志選手、立石諒選手、星奈津美選手の7人にヒアリング。すると、「練習の経験をもとに自分自身の力を信じること」と、「逆境や困難に直面しても、前向きな気持ちでいること」という2つの内容の発言が圧倒的に多かった。

伊藤氏は「自分自身を知り、どれだけ競技に向き合えるかが大事」という。世界水泳でも、インタビューなどから伝わる選手の発言に注目してみると、その選手の強さが見えてくるかもしれない。

■伊藤氏が世界水泳で注目する選手は?

 まず、気鋭の池江選手については、「大注目していいと思います。あまり考えすぎず、自分の感覚を大事にして、集中してほしいと思います。それができれば自ずと結果はついてくるはず」と太鼓判を押した。

 もうひとり伊藤氏が注目するのが、大橋悠依選手だ。

「今年の日本選手権で日本新記録を出したのですが、実はその大会の前に、あるラジオ番組で彼女の活躍を予言していたんです。平井(伯昌)コーチから『いいぞ』と言われていたというのもありますが……(笑)。彼女の素晴らしいところは心臓が強いところ。萩野選手とは東洋大でチームメイトだったんです。見た目はおっとりしている大橋選手ですが、心の中では萩野選手に負けたくないと思っているはず。大学入学後、平井先生に師事してから、どんどん意識が変わってきたなと思います。世界水泳でどんなレースをしてくれるのか楽しみですね」

 現役時代の経験もさることながら、引退後の研究をもとに新たな水泳の楽しみ方を教えてくれた伊藤氏。水にまつわる環境から選手の声まで、様々な角度から世界水泳を楽しんでほしい。