連載・佐藤信夫コーチの「教え、教えられ」(7)



 選手として、そして指導者として長年にわたり日本のフィギュアスケート界を牽引し、国際スケート連盟の殿堂入りも果たしている佐藤信夫氏。コーチ歴50年。75歳になった現在も、毎日リンクに立ち、フィギュアスケートを教え続けている。

 その佐藤コーチが、今回はスパイラルについて語ってくれた。

 フィギュアスケートでは、ターンなどのエッジワークを含めたいろいろな動きのすべてをムーブズ・イン・ザ・フィールドといいます。今回テーマとして取り上げるスパイラルはそのうちのひとつで、フリーレッグがヒップラインよりも上にあると定義されます。一番分かりやすいポジションは、アルファベットのT字型になって滑る姿です。

 スパイラルとは「渦巻き」という意味です。スピードをつけて滑っても、同じエッジに乗っていれば、描く円の軌跡は蚊取り線香のように中心に向かって小さく、小さくなっていきます。そういう図形を描くということでスパイラルという名前が付いたのでしょう。

 スケートにはフォワードアウトサイド、フォワードインサイド、バックワードアウトサイド、バックワードインサイドという4つのエッジがあります。スパイラルもこうしたエッジの使い分けをします。途中でターンを入れたり、チェンジエッジを入れたり、いろんなことをしながら、いろんなスパイラルのかたちを作って滑ることになります。

 私が古い人間だからよけいそう思うのかもしれませんが、すごいスピードで何もしなくても滑ることができるというのは、とても魅力的なことだと思うんです。

 昔、アイスショーを始めた時に、舞台の振り付けでは日本でもトップレベルの先生が応援に来てくださったことがあるのですが、その先生が僕に「私にとってスパイラルというのはスケートの中では最高に魅力のある技なんです」とおっしゃった。「だって、何もしないでリンクの端から端までシューッと行っちゃうじゃないですか。あれは舞台の上では絶対にできない。だから私にはたまらないんです」と。そういう意味でも、スパイラルは人を惹きつける、とても素敵な滑り方なんだと思います。

 スピードに乗って滑れば、どんなスパイラルでも美しく見えてきます。私たちの時代でいえば、札幌オリンピック銀メダリストルのカレン・マグヌセン(カナダ)や銅メダリストのジャネット・リン(米国)は、スパイラルでリンクを1周するほど見せていました。競技用のプログラムの中ではなかなかそこまでの時間を費やすということはできませんが、エキシビションでは、そのスパイラルひとつで拍手喝さいでした。すばらしいスパイラルを見るのが楽しみだという人たちも多かったと思います。

 スパイラルは技術的に難しい技かというと、そういうわけではありません。バレエのアラベスクと同じように、基本動作のひとつと見ていいでしょう。トウシューズを履いてアラベスクのポジションでじっと制止しているというのはなかなか大変なことだろうと思いますが、フィギュアスケートでは基本ポジションのひとつとして、ちゃんとできなければダメですよ、というレベルのことだと思います。

 それでも、練習に次ぐ練習の繰り返しがなければ、滑りの中で流れのある動きはできません。ましてや、フィギュアスケートの原点である音楽に合わせて表現できなければ、人を引き寄せるような味わい深い演技にはならないでしょう。ですから、難しい技ではないと言いましたが、単純な技でもないのです。経験豊富なベテラン選手でさえも、何十回も転びながらの猛烈な練習を経て、さまざまなステップと組み合わせて流れるような滑りをものにしています。容易なようで奥深い技のひとつと言えます。

 基本形となるT字スパイラルには、向き不向きというのはあります。関節の柔らかい人、筋肉の柔らかい人は、いとも簡単にできるからです。だから一般的には女性のほうが取り組みやすい様子です。男性に比べると女性のほうが、身体が柔軟ですから、スパイラルのような姿勢を作ることはそんなに困難ではないでしょう。

 逆に身体が硬い男の子なんかは大変なんです。最初はフリーレッグが腰あたりまで上がらない。ペアをやっている男性なんかも、筋肉が邪魔してなかなか大変なのではないでしょうか。

 さきほど難しい技ではないと言いましたが、では誰がやっても同じかというと、そうではありません。重要なのは、音楽とどうマッチさせてスパイラルという技を使っているかです。僕はあくまでも、その技が難しいのか、簡単なのかではなくて、そのポジションはいま表現しようとしている音楽との関係性がどうなのか、ということに尽きるだろうと思っています。そのあたりはあくまでも総合的に判断していただかないといけません。

 例えばミシェル・クワンのスパイラルはどこがすばらしいのか。プログラムの中で音楽を表現するときに、やっぱりあのスピード、あのシャープさ、それらの流れというものが人の心に沁み込んでいくわけです。だから全く同じことをやっても、「素敵だな」と思って見られる人と、「ああ、こんなことやっているんだ」という程度で終わってしまう人がいる。差はいっぱいあるのですが、それが「何点に匹敵するものです」ということは言えません。

 ジャンプのように能力の限界を超えようとしている技とは、スパイラルはやはり違います。新採点システムの導入後、スパイラルのような要素をやっているわけには、なかなかいかなくなりました。理由は、ほとんど点数にならないからです。

 ジャンプを跳べば8点だ10点だという点数がつくのに、スパイラルはジャンプのように数値化されず、5コンポーネンツの中で評価されることになったためです。ですから、そんなことをやっている場合じゃないでしょうということで、やらなくなってしまった。それでも、プログラム全体の総合的な評価を得るためには大切な要素だと思いますし、GOEのほうでその価値を判断するようになっています。

 それを踏まえてみても、ここ1〜2シーズンを見ていると、スパイラルをもっと評価するべきじゃないかと考える方たちがずいぶん増えてきたように感じます。実際、スパイラルをプログラムに取り入れる選手が増えてきたことは、歓迎すべきことじゃないかとは思っています。

 以前のルールでは、スパイラル・シークエンスは必須要素で主要なエレメンツのひとつでしたが、現行ルールの中では、ノービスではまだ課題として必ず行わなければいけない要素ですが、シニアでは必須要素ではなくなりました。それまでスパイラルの名前がついていた要素が、2012〜2013シーズンからは「コレオグラフィック・シークエンス」に変更され、さまざまな種類の動作から自由に選んで行なえばよくなり、必ずしもスパイラルをする必要はなくなったのです。

 それでも、多彩な技や動作を競い合う中で、プログラムの中にスパイラルをはじめとするムーブズ・イン・ザ・フィールドの技が入っているものと入っていないものを比べると、どちらがフィギュアスケートらしいかは一目瞭然です。今回のテーマであるスパイラルがあるプログラムのほうが、とても魅力的で華やいだ印象を与えると思います。そういう意味でも、僕はスパイラルというのはあったがほういいという考えの持ち主です。
(つづく)

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