決勝前日に行なわれた男子100m背泳ぎ準決勝で、全体4位で決勝進出を決めた入江陵介(イトマン東進)の表情は、ここしばらく見られていなかったほど輝きのあるものだった。

 それは、2年ぶりの52秒台に迫る53秒02という好タイムを出しただけではない。リオデジャネイロ五輪後は現役を続行するかどうか3カ月間悩み、その上で本拠地をアメリカに移して競技続行をすることを決めた。ブランクもあってか、今年4月の日本選手権では100mは優勝した萩野公介に敗れ、200mも派遣標準記録をギリギリで突破しての代表確定だった。しかし、それから世界水泳までの間に強化にもしっかり取り組めて、大きな手応えを感じられるようになっていたからだ。

「アメリカではすべて自分でやらなければいけない生活で、今までやったことのない自炊もしています。体のメンテナンスも自分でやらなくてはいけないので、自分に向き合うことが多くなりました。泳ぎでも悪いところに気がついた時には『こういうところに気をつけなければいけない』などと携帯にメモをしておいて、次の時に見返すようにもしたりしています」

 日本にいる時は、ナショナルチームに入るとトレーナーに頼ってしまうことも多かったという。だが、今は補強(泳ぎ以外のトレーニング)なども自分で考えて入念にやる癖もつき、トレーナーには最後の確認をしてもらう程度だ。自分の体の状態を自分で把握できていることで、この大会でも日に日に状態がよくなっている感覚がわかると笑顔を見せる。

「久しぶりに記録も53秒0台まで来て、プラン通りの準決勝だったと思います。決勝は、かなり競ることも予想されるので、その中でも負けないという強い気持ちを持って、持ち味である後半を生かす泳ぎをしたいと思います」

 メダルとなると52秒台に入るだけではなく、中盤まで持っていく必要があると入江は話した。メダルを狙う選手たちは、前半を遅くても25秒5くらいで入るだろうから、その泳ぎに引っ張ってもらって25秒7くらいで折り返し、ラスト15mで食らいついていけるようなレースをしたいと考えていた。

 しかし、決勝では前半は少し慌てるような泳ぎになってしまった。今季、世界ランキング1位の徐嘉余(中国)の前半25秒12を筆頭に、4位までが25秒60以内で折り返す。その中で入江は、25秒83で5番手。そこから前を追ったものの、後半の50mは準決勝と同じ27秒20にとどまり、結局53秒03で4位。3位になったリオ五輪優勝のリアン・マーフィー(アメリカ)には0秒04届かずメダルを逃した。

 それでも入江の表情に変化はなかった。

「メダルに届かなかったのは悔しいですが、今の状態で52秒5を出せるかと言ったら、そうではないので……。決勝の独特な雰囲気というのもあったけど、素直に今の自分の実力を受け止めたいですね。3カ月間休んでいたのだから、それで表彰台に上がれるほど世界は甘いものではないし。でもリオのあとのことを考えれば、この世界選手権でここまで来られるとは思わなかったし、今は『本当に戻ってきてよかったな』と素直に思えています。だからメダルを逃して悔しいというより、このあとの200mや最終日のメドレーリレーに向けて気持ちを切り換えたいというのが正直な思いです」

 今回の決勝は準決勝より0秒01タイムを落としたとはいえ、4月の日本選手権より0秒43速くなっている。それを考えれば、日本選手権は1分57秒06だった200mも、まだまだ伸ばせる可能性を秘めているということだ。実際に、7月1日からのフレンチオープンでは1分55秒86を出している。

「200mも1分54秒中盤までいけば世界ランキングも4位に上がるので、けっこう面白い戦いができると思います」と話す入江は、「今日出せなかった52秒台も、最終日のメドレーリレーでは絶対に出します」と力強く宣言した。

「東京五輪を見据えてやると決めたので、1年ごとに結果を残すというより、着実にステップアップしていきたいという気持ちが強い。その点では今回の100mも、53秒42だった昨年のリオよりいいので。まだ自己ベスト(高速水着で出した52秒24)には遠いけど、着実に一歩は踏み出せているから、そこは後ろを向かずにやりたいと思います」

 これまで幾多の涙を流してきた入江。きっぱりと言い切るその表情からは、前に向かって進もうとする強い決意を感じた。