6月中旬からのヨーロッパ合宿序盤に出場した、イタリア・セッテコリ大会で400m個人メドレーの自己ベスト(4分07秒99)を出し、好調さが伝えられていた瀬戸大也(ANA)が、まずは200mバタフライで銅メダルを獲得した。

 世界水泳が行なわれているブダペスト入りしてからも「セッテコリの時はお腹を壊して体調も崩れていた。そんな中での自己新だったので、調子は上がっていると感じています。あとは本番でのコンディショニングだけです」と、余裕のある表情を見せていた。

 そんな言葉通り瀬戸は、初戦の200mバタフライから素晴らしい泳ぎを披露した。前回のカザン世界選手権はメダル候補として臨みながらも、決勝では早大の後輩である坂井聖人の4位に後れをとる6位にとどまり、リオデジャネイロ五輪でも坂井が銀メダルを獲得したのに対し、5位と結果を残せていなかった種目だ。だが今回は予選を2位で通過すると、準決勝では自己ベストの1分54秒03で1位通過を果たした。

「久しぶりにバタフライが、体が浮いて楽に泳げていますね。カネ(フランス)の合宿のときに、飛込みで首を痛めた影響で肩が痛くなっていますが、痛みが出ないようにリカバリーをしっかりして、腕の動きを大きくするように意識しているので、体がフラットになる形で泳げている。(ここまでの結果は)神様が与えてくれた幸運のような気がしています」

 笑顔でこう話していた瀬戸は、前回の世界選手権では準決勝でスタートからの浮き上がりが制限距離の15mギリギリとなり、「失格したのではないか」と焦りながら泳いだため、そこから泳ぎも崩れてしまった。「それもあったから今回の準決勝はその部分もしっかり気をつけて泳いだので、7〜8割の泳ぎだったと思います。だから決勝で爆発できればもっとタイムも出せるし、面白いレースができるんじゃないかなと思います」と明るい表情を見せていた。

 決勝は、6レーンのチャド・レ クロス(南アフリカ)が最初から、ひとり飛ばす。瀬戸は、横一線の2番手集団の中で50mこそ2番手で折り返したが、100m通過では3番手に落ちた。150mではさらに遅れて、3位には0秒23差の4番手展開になった。

「チャドが(前に)出ているというのは関係なく、150mまでは準決勝と同じようにいこうと思っていました。調子がよかったのでいき過ぎてしまわないように『抑えつつ、抑えつつ』と思っていたら、逆に抑え過ぎてしまって……。最後の50mは3レーンの(タマーシュ・)ケンデレシ(ハンガリー)と競って負けないようにと頑張れたので、最終的にはよかったのかなと思います」

 200mバタフライ決勝の40分後には、200m個人メドレーの準決勝があることも頭の中にはあったのだろう。だが150mまでを抑えたことが最後には幸いした。ラスト50mは3位から2位に上げたラースロー・シェー(ハンガリー)に次ぐ29秒93というラップを出して、最終的に1分54秒21のタイムで泳ぎ、ケンデレシを抑えて銅メダル獲得を果たした。

「正直言って、今日は昨日の疲れや午前中に個人メドレーを泳いだ影響もあって、体はちょっときつかったですね。昨日のフレッシュ感はなかった。だから、あれが今日できる最高の泳ぎだったと思うし、その中でもバタフライで初メダルを獲れたのはうれしいです。ただタイムが1分53秒にいけなかったのだけは残念ですね。周りを気にせず自分の泳ぎをしようと思っていたので、自分に負けたような気がして。早く53秒台を出したいし、もう1回チャレンジしたいと思います」

 元々専門にしているのは個人メドレーだが、200mバタフライも2015年の日本選手権までは1分54秒台を連発していた。だが、その年の7月下旬に行なわれた世界選手権で泳ぎを崩してからは記録がなかなか伸びず、悩むことも多くなった。瀬戸は「14年くらいまでは『200mバタフライも簡単じゃん』と思っていたけれど、こういう風に突き詰めていくと難しい種目だと感じますね」と苦笑する。しかし、今回メダルを獲れたことで個人メドレーとともに自分の専門種目だという自信を持つことができたようだ。

 この決勝でリオ五輪銀メダリストの坂井聖人(早大)は、高地合宿からの下山を試合1週間前にするという新たな試みにチャレンジしたが、それがうまくいかず1分55秒04で6位という結果に終わった。

「今回は優勝を狙っていたし、決勝を泳いでいる時も『絶対にメダル!』と思っていたので、15年の世界選手権より悪い6位という結果に情けなさを感じた。今回は反省するべき点がたくさん見つかった」と話す。

 日本の男子200mバタフライは、山本貴司が03年バルセロナ世界選手権で初の銀メダルを獲得、翌年のアテネ五輪でも銀メダルを獲得したことから始まり、それを松田丈志が08年北京五輪と12年ロンドン五輪の連続銅メダル獲得で引き継いできた種目だ。

 昨年の坂井のリオ五輪銀メダルに続く、今回の瀬戸の銅メダル獲得は今後、日本勢がさらに強くなるために必要なことだった。これで東京五輪でのダブル表彰台と頂点奪取が、現実味を帯びてきた。