【第14回】アニマル浜口が語る「国際プロレスとはなんだ?」

 グレート草津の「付け人」となったアニマル浜口はプライベートもともに過ごした。大酒呑みの草津を周囲が敬遠しようとも、浜口は「草津さんのことを尊敬していた」という。しかし、草津とともにクルマで高速道路を走っていたとき、衝撃的な事態が襲いかかる。そのとき、グレート草津がとった行動とは――。


◆「国際プロレス四天王」のひとり・グレート草津(3)

 酒好きで酔うと酒グセが悪いときもあったグレート草津は、若手レスラーから敬遠されていた。そこでアニマル浜口は、「草津先輩に酔われると厄介」だからと、一計を案じた。『先に酔っ払っちゃえ作戦』だ。

「あるとき、僕は腹をくくって呑みまくり、草津さんより先に酔い潰れたんです。そうしたら、事もあろうに先輩の目の前で吐き出してしまってね。すると、草津さんは「ハマ、テメェこの野郎、俺の酒を吐くとは大したもんだ!」と笑いながら、床にブチまけたものを手ですくって掃除してくれたんです。感激のひと言です」

 吐いて先輩に認められた者など、後にも先にも浜口ぐらいだろう。

「それからは言いたいことを言える間柄になりました。草津さんのことをよく言わない人は上にも下にもいたと思いますが、なぜか気が合ってね。兄弟のような付き合いをさせてもらいましたよ」

 草津の「付け人」とはいうものの、浜口は運転免許がなかった。草津のクルマはキャデラック。運転するのは、いつも草津だった。

「『俺が運転して、なんでお前がふんぞり返ってんだ』ってよく言われましたよ。僕は悪いなと思って、小さくなっているつもりだったんですけど。あのころ、草津さんは静岡県の三島に住んでいたんですが、東京から140kmぐらい距離がありました。もう時効だから言っちゃいますけど、草津さんはそれを1時間ちょっとで行っちゃうんです、猛スピードで。

 助手席に乗せてもらって三島へ何度も行きましたが、あるとき、高速道路をいつものようにぶっ飛ばしていると、前方のトラックからベニヤ板が飛んできてね。こっちのフロントガラスにピタッと覆いかぶさったんですよ。そう、前がまったく見えない。

 僕はね、『しまった。死ぬな』と覚悟しました。しかし、草津さんはまったく動じない。すると、スーッとベニヤ板がフロントガラスからすべって後方に飛んでいきました。草津さんという人は、度胸があるというか、肝が据わっているというか……すごい人でしたよ」

「国際プロレス四天王」といっても、アニマル浜口にとって付き合いがあったのは、グレート草津とラッシャー木村だけだった。ストロング小林やサンダー杉山とは時代的にすれ違いで、ほとんど話す機会がなかったことを、浜口は「もったいなかった」と惜しんでいる。

「僕はグレート草津さんの付け人にさせていただいて、ラッシャー木村さんとは国際軍団でも一緒に戦いましたけど、ストロング小林さんやサンダー杉山さんとはほとんど接点がなかったんです。

 小林さんは僕と同じくボディビルからプロレス界へ入られた大先輩で、ジャイアント馬場さんやアントニオ猪木さんと張り合うような国際プロレスの絶対的エース。サンダー杉山さんは、ビル・ロビンソンが『日本で猪木さんの次に強い』と認め、ルー・テーズも『基礎のできたグッド・レスラー』と評したレスラーですからね。お付き合いがあれば、僕のレスラー人生も変わっていたかもしれないです。

 特に杉山さんは、ヘビー級で東京オリンピックにも出場されているレスリング選手ですから。いろいろ話をうかがっていれば、同じくヘビー級で戦っている(娘の)京子の役に立つこともあったかもしれないじゃないですか。

 おふたりとも国際プロレスの初期〜前期を支えた、人気と実力を兼ね備えたレスラーでした。ただ、杉山さんは僕が最初の海外遠征中に全日本プロレスへ移籍され、小林さんも僕が帰国して半年後ぐらいに退団されていますからね。残念です」

(つづく)
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