マウンドで思わず笑みがこぼれた。

「正直、自分では投げ切れたと思ったので。それがここまで飛ぶんだなと。やっぱりすごいバッターだなと思ったら、自然と笑顔になっていました」

 八王子のエース・米原大地(よねはら・だいち)は晴れやかな表情で「脅弾」を振り返った。

 早稲田実業が2対1とリードして迎えた7回表。先頭打者として打席に入った清宮幸太郎は、カウント2ボールからの3球目、外角に沈むチェンジアップを強く捉えて左中間に弾丸ライナーを放った。

「清宮シフト」で左中間に守っていた八王子のレフト・初鹿野滉平(はつかの・こうへい)は最初にそのライナーを見た瞬間「捕れる」と思ったという。

「この弾道なら入らないと思いました。レフトライナーだと思って待っていたんですけど、打球が速いし、全然落ちてこないんです」

 ライナーはそのまま神宮球場の左中間スタンドに突き刺さった。清宮の高校通算107号本塁打は、後世まで語り継がれそうな衝撃的な一打になった。清宮は試合後、ホームランをこのように振り返っている。

「(2球目に)インコースの真っすぐがきたので、次はチェンジアップだなと。ここ(八王子)に勝つんだとずっとチームで言ってきて、自分も『あと5メートル』と思ってやってきたので。個人としてもチームとしても次につながる1勝になりました」

 あと5メートル──。

 それは昨夏、八王子と早実の運命を分けた距離だった。

 昨夏の西東京大会準々決勝、早実は八王子に4対6で敗れ、甲子園2年連続出場の道を断たれている。早実が3点を追う9回表、一死一、三塁の場面でマウンドに立っていたのは、当時2年生だった米原であり、打席にいたのは清宮だった。初球のインコースのストレートを振り抜いた清宮の打球は、角度よくライト後方へと上がった。

 米原が「(ホームランで)同点だ」と覚悟したその打球は、上空の強風に押し戻されるようにして、ライトフェンス手前で失速。あとわずかに伸びればホームラン、という位置でライトのグラブに収まった。結果的に犠牲フライにはなったものの、早実に傾きかけた流れは断ち切られた。この敗戦を機に、清宮は勝負どころでの一打を追求するとともに、「あと5メートル飛距離アップ」というテーマを掲げて取り組むようになる。

 そして1年後、清宮は米原に、そして八王子に雪辱を果たすべく、試合を決定づけるホームランを放ったのだった。

 一方、米原にとって高校生活は光と影の繰り返しだった。中学時代は武蔵府中リトルシニアに所属して春の全国大会で優勝したが、米原は実質3番手格の投手。八王子では入学直後から登板機会を得たものの、1年秋には右ヒジを疲労骨折してしまう。

 2年夏は早実戦まで練習試合・公式戦含めてわずか3イニングしか投げていない「ぶっつけ本番」だった。早実に勝利した勢いそのままに甲子園に出場したものの、初戦の日南学園戦で1回2/3を投げて6失点と打ち込まれ大敗。それでも、3年春には最速147キロを計測して、プロ注目の存在にもなった。

 そして今夏、米原は新たなトラブルを抱えることになる。6月中旬に違和感を覚えていた腰に、強い痛みを感じるようになったのだ。

 7月16日の大会初戦・中大付戦で先発マウンドに上がった米原は、まるで本来の姿を見せられなかった。スピードは出ず、キレもない。2回までに3安打と打ち込まれ、マウンドから姿を消した。

「今日は腰の痛みというより、自分の準備ができていなかったのだと思います」

 試合後にそう語った米原だが、以降の登板は準々決勝の明大中野八王子戦で2イニングを投げただけ。八王子は昨夏のエース格だった技巧派左腕・早乙女大輝も左ヒジ痛で思うように登板できない状態で、事実上の飛車角落ちだった。

 それでもチームは下から伸び上がってくる球筋の変則右腕・村田将輝やタテに鋭く落ちるスライダーを武器にする古市哲也らの奮闘もあり、準決勝に進出した。そして、因縁の早実戦に先発したのは、エースナンバーをつけた米原だった。

 先発起用を決断した安藤徳明監督は言う。

「明大中野八王子戦は医師から『2イニングは大丈夫』と言われて出したのですが、痛みが出ず、今朝もいい顔をしていたので先発で使いました。半分くらいまで投げてくれれば……と思っていたのですが」

 米原は初回にいきなり4四死球を許すなど、立ち上がりは不安定な内容だった。しかし、徐々にエンジンがかかってくると、ボールの勢いが増してきた。そして4回、それまで走者がいなくてもセットポジションから投げていた米原は、ゆったりと振りかぶって投げ始めた。米原はその心境を振り返る。

「ワインドアップだと腰を反るクセがあって、負担になるのでセットで投げていたのですが、今までワインドアップでやってきたので……。後ろにはピッチャーがいるのだから、後悔しないようにいけるところまでいってみようと」

 ワインドアップになってからはコンスタントに140キロを超えるなど、本来の米原のボールが蘇ってきた。バッテリーを組む2年生捕手の越村周は、そのボールの手応えに感動を覚えたという。

「試合前は腰の不安もあったと思うんですけど、回を重ねるごとにボールに力が出てきました。ワインドアップになってからは力で押して、チームに勢いをつけようという意志を感じました。ボールを受けていて、『(故障前の)今までの米原さんを受けてる!』と思っていました」

 米原は3回までに2失点を喫したが、4回から6回までは無失点。そんな膠着状態で飛び出したのが、清宮のホームランだったのだ。八王子の安藤監督は、あらためて清宮攻略のための作戦を明かした。

「投げていいボールは4つだけだと、昨日の夜に決めていたんです。インコースのストレート、インコースのボールになる5割のストレート、外に落ちるシンカー系のボール、インコース低めのワンバウンドのスライダー。ホームランを打たれた打席は、『インコースに行け』と言っていたのですが、それが力んでしまったのかボールになった。それで外でストライクを取るしかなくて、打たれてしまった」

 そして、こう続けた。「清宮くんは打ち損じか、ホームランか。どっちかしかないので。勝負するということは、そういうことですから」。

 米原は清宮に被弾した7回限りで降板。そして試合はその後、1点を加えた早実が4対1で勝利を収めた。先発・雪山幹太の粘り強い投球や、三者凡退のイニングをつくらない次につなぐ打線など勝利に結びつくポイントはいくつもあったが、やはり一番のハイライトは清宮の一撃だった。

 試合後、米原の表情からは後悔の念は感じ取れなかった。

「自信のある投げ方で、強い気持ちで投げられたと思います」

 腰の不安があったのは確かだ。しかし、試合中に本来の姿を取り戻し、その上で打たれてしまった。しかも、とんでもないホームランを……。米原の表情からは、清宮と真剣勝負ができたことの喜びすら感じられた。

 もはや清宮幸太郎というスラッガーは、打たれた相手にも力を与える存在になっているのかもしれない。