大阪ダービーの歴史を紐解けば、「G高C低」の構図が浮かび上がる。

 今季J1リーグ第7節での対戦を含め、前節までの通算成績はガンバ大阪の19勝5分9敗。両者の間には圧倒的な力関係の格差が存在している。

 G大阪がまだ強豪クラブの地位を確立していなかった2001年まで、セレッソ大阪はほぼ互角に渡り合っていた(7勝9敗)。だが、両者の差が如実に表れたのは2002年以降。同年にJ2での戦いを余儀なくされたC大阪は、西野朗監督のもとで着実に力を備え始めたG大阪に大きく水を開けられることとなる。

 翌年にJ1に復帰し、再開された大阪ダービーは、1stステージの対戦こそ2−0でモノにしたものの、この勝利を最後にC大阪は実に9年もの間、勝利から見放されることとなった。

 2004年の2ndステージの対戦では、1−7と歴史的な大敗を喫すると、G大阪と最後まで優勝を争った2005年の2試合でも、いずれも4点を奪われての完敗だった。このうち1試合でもモノにできていればC大阪に優勝が転がり込んだ可能性もあったが、結果的に最終節の”長居の悲劇”でG大阪に優勝をさらわれた。

 翌2006年にもホームで1−6と完敗。MF乾貴士(現エイバル)、MF家長昭博(現川崎フロンターレ)、MF清武弘嗣らを擁し、クラブ史上最高の3位となった2010年の対戦でも、1分1敗とG大阪には勝てなかった。

 C大阪ファンが留飲を下げたのは、2011年。ACLラウンド16の対戦で1−0と勝利を収め、ベスト8進出を実現した。もっとも、リーグ戦では勝利を挙げられず、ようやく勝利を手にしたのは2012年のホームで行なわれた大阪ダービーだった。

 その後、両者は入れ違いでJ2に降格し、大阪ダービーは2014年に行なわれたのみ。3年ぶりに行なわれた今年4月の一戦は2−2の引き分けに終わっている。ちなみに、昨年からJ3を舞台に争われるU−23チームの大阪ダービーでも、過去3度の対戦でC大阪はG大阪に勝てていない。

 そんななか、7月29日に34回目となる大阪ダービーが初めて吹田サッカースタジアムで開催された。

 前節終了時点で首位に立つC大阪に対し、G大阪は2連敗中。アウェーとはいえ、C大阪にとっては久しぶりの勝利を掴めるチャンスだった。

 実際に前半はC大阪のペースで進んだ。今季の躍進を支える安定した守備組織は破綻を見せず、FW杉本健勇とMF山村和也の前線にシンプルに預ける攻撃で相手を押し込んでいく。G大阪も同様の戦いを展開したため手堅い前半となったものの、手数ではわずかにC大阪が上回った。

 そして後半立ち上がりの51分、1本のパスに抜け出した杉本が待望の先制ゴールを奪取。その後も何度か決定機が訪れるなど、C大阪がそのまま勝利を掴むことは十分に可能だった。

 しかし、これがダービーの怖さなのかもしれない。65分に今夏に加入(前城南FC)したばかりのFWファン・ウィジョに同点ゴールを奪われると、77分にコーナーキックからDF三浦弦太に逆転ゴールを許してしまう。さらに終了間際にもカウンターから被弾し、C大阪はまたしても負の歴史を覆すことができなかった。

 C大阪の敗因のひとつとして、指揮官の采配が上げられるだろう。

「いつもは先制すれば、後半の途中に5バックにするのですが、今日はさらにチャンスを掴めそうな雰囲気もあったので、そのままでいきました」

 そうユン・ジョンファン監督が振り返ったように、1点を守り切る采配を振るっていれば、逃げ切ることができたかもしれない。もちろん、これは結果論に過ぎず、実際にC大阪には追加点のチャンスがあった。64分に杉本が、74分には山村がそれぞれ決定機を迎えている。しかし、いずれもその直後に失点し、C大阪は逆転を許した。

「俺と和也君が決めていたら、試合は決まっていたと思う」

 杉本が悔しさを吐露したように、結果は紙一重だった。

 とはいえ、ユン監督が普段と異なる決断をしたのは、これまでの歴史が積み上げてきたG大阪に対する畏怖(いふ)の念があったからかもしれない。いずれにせよ、C大阪はダービーの歴史に20個目の屈辱の記憶を刻むこととなった。

 一方、勝ったG大阪は連敗をストップして3位に浮上。ひとつ消化試合の多い首位のC大阪との差を6に詰め、優勝争いに踏みとどまった。

「ダービーに勝った」ということだけでなく、G大阪にとっては実りの大きい一戦となったのは間違いない。そのひとつが、新戦力のファン・ウィジョの存在だ。高さ、スピード、決定力を備える万能型のストライカーは、同点ゴールを生み出しただけでなく、前線で起点となって厚みのある攻撃を促した。

「高さがあるし、すごくやりやすかった」と2トップを組んだFW長沢駿が振り返れば、GK東口順昭も「前で収まるので、より攻撃が分厚くなったと思うし、ゴール前までに行ける期待感は高まった」と、新戦力のパフォーマンスを手放しで称賛した。

「最初から最後までアグレッシブにいかないと今のセレッソは倒せないと思っていたので、全員で最後まで走り勝ったことが勝因かなと思います」

 そう振り返ったのはMF倉田秋だった。一瞬の隙を逃さないしたたかさもさることながら、たしかにこの日のG大阪を支えていたのは、暑さに屈することのないハードワークだった。

 この倉田をはじめ、セカンドボールを拾っては前線に好パスを供給し続けたMF井手口陽介、気の利いたポジショニングでピンチを未然に防いだMF今野泰幸、あるいは粘り強く対応してゴール前で身体を張った三浦とファビオのセンターバックなど、G大阪の選手たちが局面の争いで示したプレー強度の高さこそが最大の勝因となったのだ。首位チームを撃破したこの日のG大阪が見せたパフォーマンスは今後、C大阪や鹿島アントラーズとともに今季の優勝争いを最後まで牽引していくであろうことを十分に予感させるものだった。

 一方で、会心の逆転勝利の裏で、出番がなかったのはMF遠藤保仁。インテンシティ(プレー強度)やトランジション(攻守の切り替えの速さ)といった、いわばアスリート的な要素がより求められる今のG大阪のスタイルにおいて、テクニカルでクラシカルな遠藤の存在感は希薄となりつつある。あるいはこの日の戦いを見るかぎり、37歳となった遠藤の出番は今後も減少していくかもしれない。

 G大阪の強さを改めて感じた一方で、主役であり続けた背番号7の不在に一抹の寂しさを覚えた大阪ダービーだった。