7月29日、午後4時――。元WBA世界スーパーフェザー級チャンピオン、内山高志が会見を開いた。引退か? 現役続行か? 「ノックアウト・ダイナマイト」の決断を確かめようと、多くの記者が会場に集まっていた。

 会見予定時刻、ちょうど。内山高志が姿を現した瞬間、詰めかけた記者たちは悟った。晴れやかで、それでいて優しさを帯びたその表情は、一縷(いちる)の望みをかき消すのに十分だった。某スポーツ紙が報じていた『内山、現役続行』が誤報であることを、あの場にいた誰もがその表情を見た瞬間に察したはずだ。

 マイクを握った内山は、淡々と語り始める。

「大晦日の試合が終わってから、だいぶ長く進退のほうを、ファンの方や記者の方に報告が遅くなってしまいました。僕の気持ちは……」

 ここまでひと息で話すと、駆け抜けた日々が脳裏を過ぎったか、1〜2秒の間ができた。その目がわずかに赤みを帯びたように見えたのは、気のせいではないはず。それでも内山は、恋々とする想いを断ち切るように、ふたたび語り出した。

「……今日で引退することを決めました。本当に今まで応援していただいたファンの方、記事にしていただいた記者の方、本当にありがとうございました」

 37歳という年齢もあるだろう。ケガも、モチベーションの維持が困難なこともあるだろう。辞める理由はいくつも浮かぶ。内山自身は、会見で引退を決意した理由のひとつは、「果たして、前以上に強くなれるか」と、初めて懐疑心を抱いてしまったことだと語った。その言葉に、きっと全国の内山ファン、ボクシングファンは思ったはず。「前以上ではなくても、あなたは十分強いじゃないか」と。

 しかし、そんな願いにも似た、現役続行を望むファン心理をなだめるように内山は続けた。そしてそこに、内山高志というボクサーが愛された理由のすべてが詰まっていた。

「必死に努力してお客さんに試合を見てもらうことがモットー。練習で100%出せず、中途半端で試合に臨んだらウソになる」

 引退という決断が、もはや揺るがないことは明白だった。

 内山高志はブレない――。

 以前、「強さとは何か?」と抽象的な質問を内山にしたことがある。彼は迷わず、こう答えている。

「自分の信じたことを、周囲の意見や世間の空気に流されたり、屈せず貫き通せるか。ボクシングが強いかどうかなんて、強さとはまったくの別もの」

 どうか誤解しないでほしい。内山高志というボクサーの物語は、凡庸なボクサーが、努力の果てに掴み取った栄光の物語であったことを。

 高校1年でボクシングを始めた内山は、すぐに気づく。

「センスもパンチ力もない。俺は凡人」

 一緒に始めたはずの同級生のなかには、自分より上達の早い者がいた。自分よりパンチ力がある者も大勢いた。内山は「俺には何もない……」と悟ったと、当時を振り返る。謙遜ではない。内山は高校時代、50戦して13敗も喫している。全国大会に初出場したのも、高校3年になってからだ。母校・花咲徳栄高校での恒例の挨拶についても、内山は内心こんなことを思っていた。

「練習の最後に、『目指せ日本一!』と部員全員で言うんです。何百回、何千回と言ったと思うんですけど、高校時代、本当に日本一になれると思ったことは一度もなかった」

 名門・拓殖大学に進学したことも「運がよかっただけ」と本人は語る。

 そして入学直後、内山は大きな挫折を経験する。精鋭揃いだった同期が入部直後からレギュラーや補欠に選ばれるなか、内山が試合中に任されたのは、部員の荷物番だったのだ。

 白熱する試合会場の片隅、内山は部員の荷物の中心で体育座りしながら悔しさを噛み締めた。しかし、流した涙も、その悔しさも、ひとときの感情として終わらせはしなかった。

「本当に強くなりたいのか?」

 何度も自問すると、いつも答えは一緒だった。

「あいつらよりも、絶対に強くなりたい」

 部員たちが夏休みを謳歌するなか、内山は1日も休まずに練習を続け、文字どおり人の2倍、3倍の練習を積んだ。そして凡人だったボクサーは、ついに序列をひっくり返す。大会で、同じ大学のエース級の先輩を倒し、レギュラーに昇格したのだ。

 大学4年で初めて日本一となり、目標をアテネ五輪出場に定めた内山。しかし、アジア地区最終予選1回戦で敗退し、その夢は潰(つい)える。

 引退を決意した内山だったが、知り合いや後輩の試合を観戦するうちに、その想いは揺らいだ。

「なんか輝いて見えたんですよね」

 内山は引退を撤回し、2005年にプロ転向を決める。最後まで反対され、最後は喧嘩別れとなったものの、父とはそのときにこう約束した。

「絶対に世界チャンピオンになるから」

 もちろん、確信はなかった。だから、こう決めた。

「世界チャンピオンになれるかどうかはわからない。でも、世界チャンピオンになるために妥協しないことは、自分で決められる」

 そして、一切の妥協を排除し、練習に励んだ。たとえば、1日に800メートルのダッシュを12本といった練習。そこまで自分を追い込み、掴み取った栄光であり、守った約束だった。

 無敗のまま東洋太平洋タイトルを獲得した内山は、2010年1月、プロ14戦目でWBA世界スーパーフェザー級王者のフアン・カルロス・サルガド(メキシコ)に挑戦し、12回にTKOで世界のベルトを奪取している。

「親父は生で試合を見ることなく亡くなったけれど、約束を果たせました」

 内山が引退を発表した会見から1時間後――。後楽園ホールでは、この日も熱戦が繰り広げられていた。4回戦であろうと、タイトルマッチであろうと、限界を超え、なお勝ちたいと挑むボクサーの姿は眩(まぶ)しい。この光景が、12年前の内山の胸に、もう一度火を灯(とも)したのだろう。

 試合の合間、内山と同じワタナベジムのふたりの世界チャンピオンがリングに上がった。先日6度目の防衛に成功したWBA世界ライトフライ級王者の田口良一と、7月23日にIBF世界ミニマム級王者となった京口紘人。もちろん、内山ほどの存在感はまだない。それでもきっと、内山がその拳に込めた想いは、彼らが受け継いでいくはずだ。

 どうか忘れないでほしい。内山高志というボクサーが強いだけではなかったということを。

 昨年の大晦日、ジェスレル・コラレス(パナマ)との再戦を前に、内山はその決意をこう語っていた。

「同じ選手に2度負けることが何を意味するかはわかっている。タイプとして相性が悪いこともわかっている。ただ、誰かに勝ちたいのではなく、コラレスに勝ちたい」

 そして、「これはまだ記事にしないでほしい」と前置きしながら、自身の反射速度が以前よりは衰えていることを、数年前から感じていると教えてくれた。

 くみしやすい相手を選んで再起戦をすることもできた。それでも、負ければキャリアに終止符が打たれる可能性が高いことを承知で、リベンジに挑んだ。日々、嘔吐するほどのトレーニングで身体を追い込み、ただコラレスにリベンジすることだけを考え、プレッシャーや不安とせめぎ合いながら、再戦までの8ヵ月を過ごした。

 それでも、届かなかった――。

 試合は判定にもつれ込み、結果は1−2でコラレスの勝利。判定を聞いた瞬間の心情を、内山は会見でこう表現する。

「何もなくなったなと感じた」

 その絶望は、どれほどのものだったのか?

 引退試合となったこの試合、個人的な忘れられない瞬間を記しておきたい。

 敗者としてリングを降りた内山を先回りするように、控え室前に走った。絶望の淵に突き落とされた人間は、その瞬間、どんな表情をしているのか? それを文字にするために。時として下品な仕事だなとつくづく思う。会長、トレーナーが、まさにこの世の終わりのような顔をして控え室に戻ってくる。

 その後ろを、内山が伏し目がちに歩いていた。次の瞬間、偶然目が合った。心は千々(ちぢ)に乱れていたはず。無視して通り過ぎるのが当然だろう。人生最大の絶望の直後、他人に気を配れるシーンでもなければ、そもそも、その表情など誰にも見られたくはないはずだ。

 しかし、目が合った内山は、「試合に足を運んでくれてありがとうございます」とばかりに、大きく会釈してから控え室に入っていった。内山高志とは、そんな男だ。

 話を戻そう。大晦日の試合、戦略である以上、コラレスを批判するのは的外れだ。それでも試合後半、コラレスは逃げた。ホールディングまがいのクリンチを連発したかと思えば、靴紐が解けたと時間を稼いだ。個人的には今でも、ホームであの試合ならば内山が勝っていたと信じている。

 敗戦後の控え室、押し寄せた記者たちに内山は誠実に、淡々と話した。そして、「実力を出し切って、最後のゴングを聞いて、これだったので、しようがない」とすべてを飲み込むと、言い訳は一切しなかった。

 あれだけ焦がれた海外でのビッグマッチに関しても同じだ。

 拳を交えたことのある三浦隆司(帝拳)は、海外であれだけ名を馳せた。井上尚弥(大橋)は、今まさに海の向こうへ羽ばたこうとしている。

 内山高志が海外のリングで躍動する姿を誰よりも夢見たのは、ファンではなく内山自身だ。

 言いたいことは山ほどあったはず。それでも内山は去りゆく者として、すべてを飲み込み、29日の引退会見でこう言った。

「海外での試合は、僕自身やりたかったですけど、ケガも多かったですし、タイミングが合わなかった。それについての後悔はないです」

 この日の会見、「ノックアウト・ダイナマイト」の現役最後の置き土産は、キャリアKO率74%の種明かしだったと思っている。

 対戦相手への敬意があったのだろう。現役時は何度聞いても、「KOは偶然の産物。狙ってはいない」と語り続けた。しかしこの日の会見で、いたずら小僧のような笑みを浮かべながら、内山は長年の秘密を明かした。

「いつも試合前にはKOは意識してないと言っていたが、正直KOしないと面白くない。KOすることだけを考え、練習をやっていました。少しはお客さんに面白い試合ができたんじゃないでしょうか」

 まごうことなき稀代のスーパーチャンピオンは、会見の最後に名言を残すことも、会場に詰めかけた記者たちを涙させることもできただろう。

 しかし、心優しきハードパンチャーは、そうはしなかった。会見場が、しみったれた空気になりそうなのを察したか、最後の質問で今後について聞かれると、笑いながらこう答えた。

「とりあえず、のんびりと猫カフェでもやろうかと(笑)」

 誰よりも笑顔と、KOと、チャンピオンベルトが似合う男がリングを去った。

 笑ってさよなら。涙はいらない。

 内山高志が刻んだ記録も、記憶も、簡単に消せはしない。それどころか、チャンピオンが何よりも大切にしたファンの胸のなかに、その豪拳の残像は永遠に残るはずだから……。