日本男子3人目となるATPワールドテニスツアーの初優勝を成し遂げたプロテニスプレーヤー・杉田祐一が、スポルティーバの独占インタビューに応じてくれた。

 取材当日の杉田はコートでのテニスウエア姿とは違い、整髪料で髪の毛をきちんとなでつけて、グレーのジャケットを着用し、”28歳の青年らしい”いで立ちで現れた。

 少し疲れ気味だった杉田は、大会現場で知っている筆者の顔を見つけると、少しホッとしたのかリラックスする素振りを見せて周囲を笑わせた。そして、いつもと変わらない、杉田の特徴でもある少し高めのよく通る声で話し始めた。


――ATP250レベルのアンタルヤ大会(6月25日〜7月1日、トルコ)の決勝で、アドリアン・マナリノ(62位、大会時以下同、フランス)を6−1、7−6(4)で破って、ツアー初優勝を決めた時の気持ちはどうでしたか?

杉田 正直、”決勝前”の方が実感していたというか……。準決勝が終わって翌朝起きて、「俺、今日ATPの決勝なのか」と思った時に、すごいうれしかったです。決勝は17時半開始で、戦うまですごい時間があったので、その時にここまで来たのかと――。(気温44度の酷暑のなかで行なわれた)試合は暑すぎて、「終わった〜」という解放感の方が大きくて(笑)。

――アンタルヤ大会の初代チャンピオンとなり、表彰式でトロフィーを手にした時の感想は?

杉田 うれしいっすよね〜(そばに置かれたトロフィーを触りながら)。大会のセレモニーも盛り上がって、もらう時はワクワクでした。(スピーチで)感謝だけはちゃんと伝えたいなと思って、この大会が続いていくことを願っていること、関係者へのお礼を言いました。


――杉田さんは2006年10月にプロ転向。プロ11年目、28歳で勝ち取ったことについての感じるところは?

杉田 本当にいい時期だなと思っています。ここからツアーに定着して、ランキングを上げたいと思った時に、やっぱり何かひとつ大きなものを持っているかいないかでは、まったく違います。本当にいい形でインパクトを与えられたかなと思っています。

――アンタルヤ大会を振り返って、ターニングポイントとなった試合はありますか?

杉田 ダビド・フェレール戦(39位、スペイン)でしょうね(2回戦 6−3、3−6、7−6(2))。ファイナルセットのタイブレークで勝負がつきましたし、どっちが勝ってもおかしくない状態のなかで、僕が主導権を握れていた。「しっかりと自分のプレーができれば、この大会、優勝できるチャンスはあるのかな」と、あの勝利で思いました。

――フェレールは身長175cmと小柄ですけど(杉田の身長は173cm)、ツアーでも屈指のフットワーク力とストローク力があって、粘り強い選手です。勝つ自信は、試合前からあったのですか。
※35歳のフェレールは、長年ツアーの最前線で活躍するトップ選手。ATPランキング自己最高3位。2013年の全仏オープン準優勝。2007年のマスターズカップ準優勝を果たしている

杉田 もし勝つことができたら、という思いはありました。僕のモデル(お手本)のような選手で、身長が高くないし、走り回って、ポイントを取るタイプ。彼のテニスは非常に参考になる部分が多かったです。

――杉田さんのATPツアー優勝は、日本男子プロテニス選手として、松岡修造さん、錦織圭選手に次ぐ3人目の快挙となりました。この偉業についてはどう思いますか。

杉田 本当に長い間、日本人のツアー優勝は達成されていなかったなかで、年下の圭がガッと行きましたけど、その後にまた続く人がいなかった。タイトルを取れたことは、本当に大きな意味があると思います。

特に(錦織のように海外テニス留学をせずに)僕は日本で育ったので、そういった環境で、ツアーでチャンピオンになれたということは、僕自身、伝えられることが何かあるんじゃないかなかと。もちろん、ここで終わってしまっては絶対いけないと思っていますし、これからツアーに定着するようになったら、とても大きな意味があると思ってます。


――ちなみにグラスコートでのATPツアー優勝は、杉田さんが日本男子史上初となりました。これも日本男子テニスの歴史に残る快挙かと。

杉田 いやぁ、残ったらいいですね(笑)。

――優勝トロフィーはどこに飾っているのですか?

杉田 (所属先の)三菱電機の会社に置いてもらっています。(自分の部屋には?)いや、邪魔ですね。デカいから(笑)。三菱さんに使ってもらえれば、僕はうれしいです。

――優勝した自分へのごほうびは?

杉田 買ってないですね。(これから買う予定も)まったくないですね。物欲ないんです。

――ウインブルドンの前哨戦ATPハレ大会(6月19〜25日、ドイツ)では、ラッキールーザーで本戦入り。本戦1回戦で、ロジャー・フェデラー(5位、スイス)と初対戦しました。ストレート負けでしたが、尊敬する選手と対戦して、いかがでしたか? 
杉田 勉強になったというか、本当にいい経験でした。あの試合が(アンタルヤでの)優勝に導いてくれたと思っています。早いタイミングのテニスを、自分自身の武器だと思っていますが、フェデラーはもうすごい早いテンポでフォアもバックも打ってきて、衝撃を受けました。

 こちらは余裕が全然なくて。(フェデラーの)フォアに集めてしまうと、すぐに展開されてしまうので、とにかくバックへ打って、うまいことチャンスを伺えないかなと思ったけど、予想以上にバックハンドもコートの中へ入ってきて、早く打ってきました。


――試合を終えて、フェデラーと握手した時の気持ちはどうでしたか。

杉田 終わったけど、もっと試合をやっていたい気分で……本当に貴重な経験でしたね。ほとんど一緒の大会で出たことがなく、いつか対戦したいという思いはありましたけど、まさに”ラッキーラッキールーザー”でした(笑)。

――ATPバルセロナ大会でもラッキールーザーになり、本戦出場。初のベスト8入りをしましたよね。

杉田 いい時というのは、やっぱりそういうのが巡ってきますよね。本戦で結果を出せたのも大きかった。

――グラスコートを得意としてますが、その理由はどこにありますか?

杉田 やっぱり動きの面ですね。動きやすいというか、不自由なく動ける。ほかの選手は転倒だったり、バランスを崩したり、ケガの多いコートではありますけど、そういったことが自分にはなく、他の選手よりは素早く動けているのかなと思います。(コツといっても)別に何も意識していないです。ナチュラルに動いています。

――7月のウインブルドン1回戦では、ブライダン・クレイン(232位、イギリス)を破りグランドスラム本戦初勝利。その瞬間は静かにガッツポーズ。杉田さんらしい派手なガッツポーズを期待していたんですけど。

杉田 初勝利よりも、その前週のアンタルヤの優勝があったので、優勝と1回戦突破、どっちがすごいかといったら、優勝の方がインパクトあるわけで……。まだまだ終われないという気持ちもありましたし、やっぱりあれだけ成績を残したら、もっと勝ち進むことを自分自身も期待していましたし、「ここからだぞ」という思いの方が強かったですね。

――プロ11年のキャリアを振り返って、杉田さんのテニス人生の中で、最大の危機を挙げるとしたら、いつですか?


杉田 危機というか、一番きつかったのは2年目ですね。ランキングを落として、そこから上げてい」く時がしんどかったというか、かなりのダメージはありましたね(プロ転向直後の2006年10月のATPランキングは538位だったが、2008年3月には1060位まで落ちた)。

――その時、手を差し伸べてくれる人々がいたそうですが、具体的にどなただったのでしょうか。

杉田 誰ひとりというわけではないと思うんです。いろいろな形で、上を目指す環境があったということです。もちろんスポンサーもそうですし、周りのコーチ、トレーナー、トレーニングコーチ、そういう人達が本当に熱心にしっかり考えてくれて、熱意をもって接してくれたというのが一番ですよね。

――現在コーチとは何を課題にして取り組んでいるのですか。

杉田 パナマのブライアン・ネロスがツアーコーチをしてくれています。ボブ(・ブレットコーチ、ボリス・ベッカーや松岡修造を指導した名コーチ)の紹介です。テニス自体は今、非常にいいので、ストロークやサーブ全部が崩れないようにしています。何かしら悪くなった時に、しっかり修正してくれるのが僕のコーチです。全体的にレベルアップしていかないといけないのは僕自身もわかっているので。

――グランドストロークで落ち着いたプレーができていますよね。

杉田 ストロークの攻撃力は上がったと思っています。やっぱりどういうショットが、相手にダメージになるのかというのは、トップの選手たちと対戦するなかで、発見することができて、そこは徐々にですけどパワーアップしていると思います。

――初めて世界のトップ100入りしたのが昨年の2月。同年8月に、当時102位の杉田選手は、マスターズ1000・シンシナティ大会を予選から勝ち上がって、アレクサンダー・ズベレフ(27位)、ニコラス・マユ(42位)を破り、3回戦でミロシュ・ラオニッチ(6位)にフルセットの惜敗。ツアーでもまれるというか、レベルの高い舞台で試合をして、実力者に勝つことによって、杉田さんの実力も上がってきている感じですか?


杉田 そうですね。ズベレフ戦もラオニッチ戦も大きかったですね。2016年シーズンに、たくさんのトップ選手とできたことが、今の成績につながっていますね。

――1歳下の錦織圭選手は、杉田さんにとってどんな存在ですか。

杉田 尊敬しています。あのレベルでやっているというのは、本当に大変なことです。でも、僕の優勝も、彼のせいで霞んでしまう(大笑い)。でも逆に、彼の成績がなかったら、あそこ(アンタルヤ)で決勝前に満足していたかもしれない。初めての決勝で慌てることなくできたのは、彼のおかげかもしれないです。だけど、この優勝が霞んだのも彼のせいだなぁ。ハハハ。

――自己最高ATPランキングが43位もなって、グランドスラムだけでなくマスターズ1000でも本戦ストレートインができるポジションになっていきます。これから1年、杉田さんにとって勝負の年になりますね。

杉田 グランドスラムのシード権(シードの数は32で、ランキング上位から決まっていく)を取れる位置まで上げることが大事だと思っています。シードを取れれば、1回戦からすごい強い選手と対戦することもなくなりますし、より勝ちやすい環境になってくる。あとは、マスターズ出場が必須になってきた場合に、そこで勝てないと弾き飛ばされてしまうので、そこを踏まえた準備をしていかないといけない。

――今後のツアーやグランドスラムでの目標はどこになりますか?
 
杉田 やっぱり来シーズンのスタートをいい形で切ることが、本当にここ(ツアーレベル)で定着するための大きなポイントです。そのためには、先ほども言ったようにシード権。いろいろな大会でシードを取れるようになるには、年末までが勝負でしょう。できる限りランキングを上げて、いい形で今年を終えることができれば、安定して皆さんにいい報告ができるようになるかもしれない。


――2020年東京オリンピックには出場したいですか?

杉田 年齢的にもいい時期になっているので、本当にいいパフォーマンスができるのはそこかもしれないですね。2020年というよりは、そこまでどういった道のりで、そこへ辿り着けるかが勝負になってくると思っています。


 杉田はATPランキングを自己最高の43位に上げ、松岡修造の46位を抜いて、日本男子プロテニスプレーヤーでは、錦織圭に次ぐ世界ランカーになった(最新の7月31日付けで44位)。だが、そんなことは今の杉田にとっては単なる通過点に過ぎない。

 US(全米)オープンまで続く、夏の北米ハードコートシーズンで、どんな活躍をするか楽しみだが、USオープンは杉田にとって本戦初出場となる。2009年から毎年予選に挑戦したが、8回とも本戦に進めず、2010年と2014年は予選決勝で負けた苦い思い出がある。

 9回目のニューヨークで、ついに掴み取った大舞台での戦い。着実に経験を積みながら、逞しさも身につてきた杉田がどう戦うのか注目したい。