この夏、最大の注目だった早稲田実業の清宮幸太郎が西東京大会決勝で敗れ、通算62本塁打の履正社・安田尚憲も大阪大会準決勝で大阪桐蔭の前に散った。彼らだけでなく、甲子園で見たかった”強打者”“好選手”は、全国に数多くいた。そのなかで、今は無名かもしれないが、数年後、プロ注目、もしくは日本の野球界を背負って立つ選手になっている可能性を秘めた選手を紹介したい。


西東京大会決勝で東海大菅生に敗れ、甲子園出場を逃した早実・清宮幸太郎

 毎年、夏の甲子園を取材に行って驚くのが、”遊撃手”がうまいことだ。地方大会の激戦を勝ち抜いて甲子園にやってくるほどのチームの”守りの要”なのだから、うまいのは当たり前なのだろうが、華麗なフィールディング、鍛え上げられた堅実さには舌を巻く。

 今回、甲子園に出場するチームのなかでも、西巻賢二(仙台育英)、田中幹也(東海大菅生)、広瀬巧真(山梨学院)、今井涼介(明徳義塾)などは、プロ顔負けの技術を持った選手たちだ。その一方で、地方大会で敗れたことが惜しまれる”フィールディングの名手”がふたりいる。

 ひとりが、宇治山田商(三重)の遊撃手・中川拓紀(3年/178センチ、73キロ/右投左打)。手足の長いスリムなユニフォーム姿に柔らかい身のこなしは、まさに源田壮亮(西武)だ。背格好もよく似ているが、フワッと構えて、抜群の反射神経で打球を追い、ソフトなグラブさばきから流れるようなスナップスローは、まるで源田そのもの。

 打つ方でも左中間へライナーを飛ばし、二塁打を三塁打にできるスピーディーなベースランニング。そこも源田と似ている。

 プロで同じタイプの選手が活躍すると、それにつられてアマチュアの同じタイプの選手の評価も上がるのが”ドラフト”だ。プロ志望届を出せば、間違いなく指名されるだろう。

 源田が出てくれば、もうひとりのルーキー遊撃手・京田陽太(中日)を例に出さないわけにはいかない。

 この京田と同じプレースタイルなのが、霞ヶ浦(茨城)の遊撃手・木村翔太(3年/179センチ、74キロ/右投右打)。捕球から送球の一連の流れがスムーズで、その精度の高さは安心感を与える。さらに、三遊間の深い位置から思い切りのいい腕の振りと糸を引くようなスローイング。そこが京田を彷彿とさせる。

 遊撃手としてのタイプは異なるが、ともに超高校級のフィールディング能力とセンスを持った彼らを、甲子園で見たかった。

 捕手なら、この夏の甲子園で注目を集めるは中村奨成(広陵)だろう。しかし、もし彼が出ていれば、中村と同じように高い評価を受けたに違いない。その彼とは、西日本短大付(福岡)の大型捕手・横尾忠孝(3年/185センチ、86キロ、右投左打)だ。前に立たれたら向こう側が見えないほど大きい。日本人離れした骨格を持っており、あと10キロぐらいは大きくなるのではないだろうか。

 これだけのサイズの捕手なら、普通は「動きが鈍いのでは……」と思ってしまいがちで、実際、横尾も2年生の夏まではそうだった。それがこの1年でガラッと変わった。昨年までは二塁送球の際、捕ってから投げるまでに時間がかかっていたが、今の横尾は捕ってからのスピード、なにより腕の振りがよくなり、送球しにくい左打者の内角球でも、圧倒的なスピードと正確なボールが二塁ベースの上にビシッと決まる。

 打つ方の成長も著しく、地方大会直前に行なった熊本工との練習試合では、プロ注目の右腕・山口翔から内角の快速球をライトにライナーで叩き込んだ。懐を突いてきた140キロを超すストレートを、両腕をたたみ込んで振り抜いた技術の高さ。おそらく毎日コツコツと努力を重ね、身につけていったのだろう。

 また、将来プロ野球でスラッガーになれる素質を持ったふたりの選手も紹介したい。

 まず、山形中央の外野手・大泉周也(3年/175センチ、85キロ/左投左打)だ。丸太のような二の腕をした選手を久しぶりに見た気がした。920グラムの金属バットを軽々と振り抜くと、その猛烈なスイングからライト方向へとんでもない打球が飛んでいく。

 高校通算50本以上の本塁打を打ちまくって迎えた今夏。チームは山形大会決勝まで進んだが、日大山形に16点を奪われ完敗。それでも大泉はセンターに意地の一発を叩き込んで高校野球生活を終えた。高校通算53本目のアーチは、まさに完璧といえる一発だった。

 大分雄城台の外野手・梶原昂希(3年/186センチ、83キロ、右投左打)は、もしかするとソフトバンクの柳田悠岐二世になれる器の逸材だ。

 このサイズで50メートルを6秒フラットで走り、ライナー軌道で70メートルほど投げられるのだから、体の強さはずば抜けている。1年夏からレギュラーとなって以来、公式戦の打率は5割に迫る。緊迫した場面でコンスタントに打てるところも、柳田を感じさせる要素だ。今はほとんど無名の”大分のスラッガー”だが、5年後には間違いなく夢を結べる逸材と見ている。

 あの柳田だって、広島商業時代はおろか、広島経済大で4番を打っていたときも、全国的には誰も知らない”広島のスラッガー”だったのだ。

 甲子園出場は叶わなかったが、彼らの野球人生はまだまだ続く。この悔しさを次のステージでぶつけてほしいと願う。

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