◆連載・佐藤信夫コーチの「教え、教えられ」特別編

 半世紀にわたってフィギュアスケート界を牽引し、数々の名スケーターを育ててきた2人。バンクーバー五輪後は浅田真央に寄り添い、ともに闘ってきたのはご存知のとおりだ。だが、昨シーズンは彼女もケガに苦しみ、そして現役引退発表のときを迎えた。指導者としての喜びと苦しみ、あらためてそんな日々を振り返ってもらった。


 佐藤信夫コーチと浅田真央の接点を作ったのは、母の故・浅田匡子さんだった。バンクーバー五輪が終わった2010年の夏。匡子さんは佐藤コーチを直接訪ね、「とにかく見てください。すぐに結果を出してほしいとは思っていません」と、娘のコーチ就任を要請したのが始まりだ。すでに世界女王、五輪銀メダリストであり、国民的アイドルでもあった浅田真央。あれだけの選手を途中から教えてしっかりと導くことができるのか。そんな冒険のようなことをするべきなのか。佐藤コーチは迷い、「恐さも感じていた」と、当時のことを語っている。それでも最後は匡子さんの熱意に打たれて、指導を引き受けることになった。

――すでに実績のあるスター選手だった真央さんに対して、おふたりは「私たちは最後の飾り付けをしただけ」とおっしゃっていました。真央さんをどう指導されてきたのか、うかがえればと思います。

佐藤久美子(以下、久美子) 私たちが(真央さんに)導かれていたわね(笑)。 

――導かれていましたか(笑)。

佐藤信夫(以下、信夫) やはりとても芯の強い人だということだけは間違いないですよね。逆に言えば、だからこそ、どうしてもこれと思ったら、自分の限度を超えちゃう一面がありました。でも無理な練習は故障につながりますから、そこのコントロールが一番大変だったということです。

――ジャンプの修正や、スケーティングスキルの向上のためにコンパルソリーの練習を徹底されたと言われています。

信夫(徹底したというよりは、)奥の手で、毎日ちょこっと、忘れないように何かひと言、アドバイスを言い続けてきたというのはあると思います

 専属コーチが不在のなかでバンクーバー五輪のシーズンを戦った浅田にとって、課題はジャンプの修正だった。だが、10年以上もジャンプを跳び続けてきたなかで、いくつかの癖がついていた。そこを見破った佐藤コーチだったが、すぐにはジャンプの修正に着手しなかった。まず始めたのはスケーティングの基礎を教えること。そのめどが立ってから、ジャンプの見直しに入ろうと考えていた。だから「道のりは長く厳しい」と覚悟を決めていた。当時、佐藤コーチは徹底したスケーティング練習をしながら、「流れを止めないようなジャンプにできればいい」と、修正点の最初の一歩を指摘していた。

――真央さんが最も変化したのはどこでしょうか?

信夫 スケートというのはひと滑り、ひと滑りじゃないですか。そのひと滑り、ひと滑りを毎日チクッと言っておけば、ふと変化が起きるわけです。その変化がやがて、いつのまにか本人にとっては心地よい変化になるんです。気持ちよく滑れるものだから、少しずつ変わってきたのかな、というふうには思います。

久美子 一番簡単なことを大切にするということですよね。一番簡単なことだから無視するのではなくて、簡単なことを大事にするということの積み重ねですね。

信夫 彼女からすると、受け取り方としては「また同じことを言ってるわ」になるんですけれども、それでもいいんです。何かあった時にふと、それを思い出すというふうになれば。

久美子 でも、そういうときは意外と聞いていた。知らん顔しながらも、真面目にすごく集中してね。

信夫 トップレベルの選手たちというのは、そのときはあえて「フン」と聞いていないようなふりをするんですよ。だからその日は変化は見えないけれど、次の日には必ず変化がある。

久美子「はい、はい」なんて言わないで、いつもよそ見しているんですよ、トップに登り詰めた人たちは。聞きたくない人は聞かないですから。

信夫 だから教えていてイライラもするし、カッカもするけれども、次の日に言ったことがちょっとよくなっているのを見ると、「あ、やった」と思うんです。

――トップレベルの人が持つ吸収力でしょうか。

信夫 そうです。それが能力だと思います。

 バンクーバーからソチまでの4年間。浅田と佐藤信夫コーチ、久美子コーチは、忍耐強くジャンプの修正やスケーティングスピードの向上などに取り組んできた。最終目標に掲げていたのは、フリープログラムで6種類すべての3回転ジャンプを跳ぶというチャレンジ。ソチ五輪では、ショートプログラムで16位と大きく出遅れたものの、フリーでは6種類の3回転を8回跳んでみせ、記憶に残る演技を見せた。

 佐藤信夫コーチは、ショートプログラムの結果に放心状態だった浅田に「頑張ろうと思えば頑張れる。何かあったら先生が助けに行くから」と激励。「練習をきちっと全部やってきた。できない理由はないし、できない理由が見つからない。できて当たり前なんだよ」と、背中を押した。フリーの演技が終わると「全体を通してよかったんじゃないか。お疲れ様。頑張ったね」と浅田を労(ねぎら)った。記者の質問には「まだまだ教えてあげたいことがたくさんあるんです」とも答えていた。

つづきはSportiva フィギュアスケート特集号
『羽生結弦 いざ、決戦のシーズン』で