「東京オリンピック効果」と言っても過言ではないだろう。スポーツクライミングの2017年シーズンは女子中学生の存在を抜きにして振り返れないほど、その活躍は目覚ましいものだった。

 ボルダリング日本一を決める今年1月のボルダリング・ジャパンカップ(BJC)で当時中学2年生の伊藤ふたばが初優勝し、当時中学1年生の森秋彩(もり・あい)が4位。3月のリード日本選手権は第一人者の野口啓代(のぐち・あきよ)が表彰台の中央を死守したものの、森が3位、伊藤が4位と快進撃は続き、報道陣からまばゆいライトが向けられた。

 4月を迎えて学年が上がり、主戦場は同世代の大会に移っても、彼女たちの勢いはとどまるところを知らなかった。世界ユース選手権ではユースB(※)のカテゴリーで、伊藤がボルダリング、森がリードとそれぞれの得意種目を制すと、東京五輪の実施種目である複合では中学2年生の谷井菜月が優勝。2位には森、3位には伊藤が入って表彰台を独占した。

※ユースのカテゴリーは年代順に上から「ジュニア」「ユースA」「ユースB」とあり、2017年シーズンのユースBは2002年1月1日生まれ〜2003年12月31日生まれ。

 この活躍が認められて伊藤、森、谷井の3選手は、日本山岳・スポーツクライミング協会の第1期五輪強化選手に名を連ね、12月6日から3日間の日本代表強化合宿にも参加した。日本代表の安井博志ヘッドコーチは2020年東京オリンピックの出場年齢を満たす3選手の特徴を次のように見ている。

「伊藤ふたばは柔軟性が高く、自分の身体のサイズ感をよくわかっている選手です。いつも冷静でマイペース。どんなに緊張するような場面でも、決して自分を崩しません。

 森秋彩はクライミングの練習量がすごい。技術的な高さもずば抜けています。ホールドを持つ保持力も優れていて、クライミングの基礎力が高いレベルで備わっている選手です。

 谷井菜月はクライミングに限らず、他のスポーツをしても運動能力が高い選手ですね。性格的には内気で、誰かがやっているのにくっついていくタイプ。だけど、今回の合宿のように谷井よりも年齢が上の選手と一緒になると、そこについていき、大人がやることをできるようにしてしまう。持っている素養が高い印象があります」

 強化合宿最終日はスピード、ボルダリング、リードの順に3種目を1日でやる複合種目を想定したトレーニングが行なわれたが、印象的だったのは、伊藤が野中生萌(のなか・みほ)や野口と行動をともにして笑顔で会話していたのに対し、森と谷井はリードのオブザベ―ション(課題の下見)中、肩を寄せ合うように相談していた姿だった。

 その理由を尋ねると、先に口を開いたのは谷井だった。「リードのオブザベ(オブザベーション)は、私たちは身長が近いけど、他の人とは身長差があるから……」と、か細い声で話すと、それを聞いていた森はさらに小声で、「あと、緊張しちゃうので」と後を受ける。

 ふたりには、1学年上の伊藤はどう映っているのか。谷井が「ボルダリングがめっちゃ強くて、お姉さん的な感じです」と言えば、森は「そんなにしゃべらないんだけど……」と一拍置いてから、「1歳しか変わらないのに、年上の野口さんや野中さんと普通に一緒にいられてすごいなって」と言葉を絞り出す。

 好きな種目は「ボルダリング」、今後の課題は「スピード種目」、苦手なムーブ(動き)は「ランジ(ジャンプ)やコーディネーション(※)」、初出場だった世界ユースの感想は「また来年も出たい」、この1年で身長は「ほとんど伸びていない」、来年2月のBJCの目標は「決勝に残りたい」。

※コーディネーション=リズム感やバランス感覚、空間把握能力など、俗に運動神経と言われる能力の高さが問われる動き。

 質問するたびにふたり揃って言葉少なに同じ回答が戻ってくるため、取材者として途方に暮れかけていると、同行カメラマンが「リードやスピードでフォール(※)したときは怖くないの?」と素朴な疑問を投げかける。

※フォール=クライマーが壁から落ちること。ロープを使う種目ではクライマーが落ちた場合、地上の確保者が器具を使ってロープを止め、クライマーの落下を防ぐ。

「はい」と答えた森が、横にいる谷井を向いて「怖い?」と尋ねる。谷井は恥ずかしそうに「怖い」と返事をすると、間髪入れずに森が、「えーっ!」と目を見開きながら、この取材中一番大きな声。谷井は照れ隠しに笑いながら、「だってだって、最後に1ピンないとき(※)とか、めっちゃ怖くない?」と聞き返す。森が「そう? 怖くないよ。岩場だと怖いときもあるけど」とクールに受け止めると、谷井は「でも、今日の壁は大丈夫だったよ。場所によるね」と話題を仕舞い込んだ。

※最後に1ピンないとき=リード種目は課題を登りながらロープを確保支点にかけていき、最上部にある終了点にロープをかけたら完登になる。確保支点は等間隔で設置されているが、大会によっては終了点のひとつ手前の確保支点は設置しないケースもある。

 14歳、中学2年生らしい会話を垣間見た後、伊藤のもとに向かうと、報道陣のカメラの砲列の前で代表質問を受けていた。

 来年2月のBJCへの意気込みは「去年優勝できたので、今年も優勝したいと思います」。来季への抱負は「どんどん身体を作って、たくさん登って強くなりたいです」。来年の目標は「W杯に出られるので、いい成績を残せるようにがんばりたいと思います」。

 伊藤をはじめ、森や谷井がどれほど好成績を残そうとも、まだ中学生。取材対応に慣れている28歳の野口のように、取材者が喜ぶコメントは望むべくもない。

 そのなかで気になったのが、伊藤が「減量しないといけないんで」と答えた際の代表質問だ。主旨は「スポーツクライミングは体重が成績を左右する傾向が強いため、来年2月の大会に向けてトレーニングをしていると、お正月なのにお餅は食べられませんね」というもので、質問者は何の気なしに問いかけただけだろう。

 ただ周知のとおり、ダイエットは女性アスリートの健康問題を左右しかねないものだ。

 陸上やフィギュアスケートなどさまざまな競技で、女子選手が成績向上のために始めたダイエットによるエネルギー不足が原因で、無月経、利用可能エネルギー不足、骨粗鬆(こつそしょう)症の「女性アスリートの三主徴」に陥るケースは多く報告されている。スポーツクライミングでも成績を残すためのダイエットが原因で、18歳のころに月経が数ヵ月止まったと話す元W杯選手もいるのだ。

 中学生が活躍すれば話題性には事欠かないが、彼女たちはこれから17〜18歳くらいにかけて、女性ホルモンの働きで女性らしい身体へと変化する時期を迎える。体重や体脂肪率は増えやすくなり、体形が変わることで成績が落ち込む可能性もある。

 まばゆいライトを一度でも浴びたアスリートは、ふたたびそこに戻りたいと”負けず嫌い”に火をつけて、無理なダイエットから健康を害する危険性をはらんでいる。女性アスリート、とりわけ10代女子選手にとってダイエットがデリケートな問題ということを忘れずに、「目標は東京オリンピック」と言葉にする伊藤、森、谷井のこれからを長い目で見守っていきたい。