日本冷凍食品協会「冷凍食品事業 発祥100周年記念碑 除幕式」の様子

日本冷凍食品協会と北海道森町は10月13日、森町のオニウシ公園で「冷凍食品事業 発祥100周年記念碑 除幕式」をとり行った。

日本における冷凍食品事業が101年前の1920年、北海道森町で始まり、2020年が100周年に当たることを記念したもの。本来は100周年に当たる昨年、記念碑の除幕式や記念式典を開催する予定だったが、コロナ禍の影響で延期となっていた。

さらに改めて今年9月3日に除幕式・記念式典を開催する予定だったが、これも政府による緊急事態宣言発出を受けて再度延期となっていた。今般、2度の延期を経て記念式典は中止となったが、記念碑の除幕式がとり行われる運びとなった。 

除幕式には、同協会から大櫛顕也会長(ニチレイ社長)、木村均専務理事、三浦佳子広報部長が、森町から岡嶋康輔町長、森町教育委員会の増川正志教育長、森町議会の野村洋議長、また発祥地の後身にあたるニチレイフーズ森工場の横山暢浩工場長らが参加。近隣の森町立森幼稚園の園児たちも一緒に祝った。 日本冷凍食品協会 大櫛顕也会長(ニチレイ社長)

日本冷凍食品協会 大櫛顕也会長(ニチレイ社長)

除幕式開催に際してあいさつした大櫛会長は、要旨次のように話した。 
 
〈大櫛顕也会長〉
1920年、この森町で、日本の冷凍食品事業が産声を上げました。噴火湾に面した森町は、豊かな水産資源に恵まれた地ですが、それに着目したのが、実業家で、後に衆議院議員を務めた葛原猪平氏です。当時、アメリカで学んだ冷凍技術に着目し、アメリカ人の冷凍技術者とともに帰国して、森町に日本最初の大型冷凍設備を建設しました。さらに各地に冷凍冷蔵倉庫を建設したほか、冷蔵運搬船を建造するなど、当時としてのコールドチェーンの確立に大いに貢献しました。この森町での冷凍食品事業は、その後も連綿として継続され、現在のニチレイフーズ森工場として繋がり、地域産業の発展に貢献して参りました。 
 
日本の冷凍食品産業が本格的に発展するのは、戦後になってからです。1つの大きなきっかけは、1964年の東京オリンピックの選手村で、冷凍食品を使った料理が好評を博したことです。その調理を担った多くのシェフが各地のレストランなどの業務用分野で冷凍食品の活用を広げました。今回開催された東京2020オリンピックの選手村でも、数多くの冷凍食品が提供され、好評だったことが報道されていました。 
 
また、電気冷蔵庫の普及やスーパーマーケットの店舗が急拡大する中で、1980年頃には、冷凍食品の製造から家庭での保存まで、近代的なコールドチェーンが確立しました。その後、所得が増加する中で家庭用需要が大きく伸びる一方、冷凍食品メーカーも、主食、主菜、副菜からデザートに至るまで、あらゆる食シーンに対応できる商品を数多く提供してきた結果、家庭用冷凍食品の今日の隆盛を迎えています。 
 
本来であれば、100年に当たる昨年に、記念碑の建立、記念式典を開催する予定でしたが、コロナ禍の中で延期せざるを得ませんでした。さらに、本年も、森町の皆様のご尽力により準備を進めて参りました記念式典を中止せざるを得なくなり、全く残念でたまりません。 
 
しかしながら、森町のこの憩いの場に、日本の冷凍食品発祥の立派な記念碑が建立されまして、永遠に語られる礎が完成したことを、冷凍食品業界としても大変喜ばしく思います。 
 
日本冷凍食品協会では、今年度からのスローガンとして「べんりとおいしいのその先へ冷凍食品」を掲げていますが、この森町からスタートして1世紀を経た現在、今後の冷凍食品の在り方を示すものと考えております。
 
〈冷食日報2021年10月15日付〉