「52ヘルツのクジラたち」(中央公論新社)という小説を知っていますか。子どもの虐待問題に取り組む女性を描いた小説で、「読書メーター オブ・ザ・イヤー2020」で第1位を獲得。また、全国の書店員がお薦めの本を選ぶ「本屋大賞2021」にもノミネートされました。どのような思いでこの作品を書いたのか。子育てをしながらの執筆活動の大変さは。著者の町田そのこさんに聞きました。

「52ヘルツのクジラたち」は一人の女性が、虐待されている男の子を救おうとする物語です。東京新聞の書評欄「東京ブックカフェ」でも紹介しましたが、紙面に限りがあり、あらためてインタビューを掲載させてもらうことになりました。本の内容に関わることも含みます。未読の方はご注意ください。

「この子を救うには…」 考え続けて

―初めまして。よろしくお願いします。作品の舞台は大分県ですね。

「よろしくお願いします。はい。私が住んでいる北九州は割と大分に近いので、なじみがあるんです。知ってました? 大分ってときどき、クジラが来るんですよ。別府湾に迷い込んだり。近くの瀬まで泳ぐクジラといったら大分だと思ったんです」

―虐待児童が大きなテーマですが、ハッピーエンドで終わってほしいと祈りながら読みました。結末は最初から想定して書いたのですか?

「いえ、全く。私、基本的にプロット(物語の要約)を立てないんです。書いても3行くらいで、しかもその通りに進まない(笑)。今回は最初の一章まるまる書いて、こういう感じでいいですかって担当者に渡しました」

写真

あらすじ:自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会い、新たな魂の物語が生まれる――。

―そうなんですか。珍しい方法ですよね?

「はい。なので、書き始めはうっすらとしたゴールしか見えていませんでした。私だったら、どうやってこの男の子を現実的に救うことができるのかと考え続けて書きました」

―作中、子どもを救うために養子縁組の話も書かれています。

「書いている途中に法律を調べて、独身女性が他の家の子を救うことって本当に難しいとわかったときには、どうしようと思いました。これ、無理じゃないかなって。そういう中で、こういう形なら未来につなげられるんじゃないかなというところが書けたときにはホッとしました」

―主人公の貴瑚(きこ)も親から虐待を受けており、罰だといってクリスマスに一人だけトイレに閉じ込められたり、義父の介護を一人で押しつけられる場面には涙が出ました。どうして児童虐待を書こうと思ったのですか?

「テレビのニュースとかを見ると、つい家事の手が止まってしまうんです。私にも子どもがいますので、感情移入してしまって。そういう子たちをどうしたら助けられたんだろう。最悪の結末を迎えるまで何かできなかったのか。そういうことをずっと考えていて。声を上げられない子、あ、児童虐待は声なき声なんだと気付いたとき、52ヘルツのクジラとつながったんです」

周波数が違い、声が届かないクジラ

―表題の「自分だけ違う周波数で歌うため、他のクジラに声が届かない孤独なクジラ」のことは、元々知っていたのですか?

「私のデビュー作は2016年の『カメルーンの青い魚』という作品ですが、そのときにいろいろな魚の生態を調べているうちに、知ったんです。でも、これは短編だと収まらないので、いつか長編が書けるようになるまで取っておこうと思っていました」

―虐待問題だけでなく、貴瑚には恋人からのDVやLGBTの話もあり、現代社会の問題が詰まっているという指摘もあります。

「書いているときには意識しなかったんですけど、読者さんから指摘されて気が付きました。気になるものを全て詰め込んでしまうところがあるんです。貧乏性なのかも」

―貴瑚には最大の理解者アンさんがいました。アンさんとのラストは別の展開も考えられたと思いますが?

「現実は私が書く物語よりももっと悲惨な状況があったりします。だから、中途半端においしいところだけ書いてはいけないと気を付けました。インドに行くとか、旅に出るとか、ちょっと考えたんですけど、ファンタジーにならないように。声なき声と言いましたが、虐待だけでなく、一つの例として、こういう声も聞こえないんだよって思っています」

―続編を書く予定はありますか?

「ないんです。頭の中でこうなるだろうなというのはあるんですけど、そこは読者の方の想像でいいのかなと」

―残念です。愛(いとし)くんが何かの短編で脇役として出演するのは? 

「あ、いいですね。でも、私はいつももうちょっと入れたい、もうちょっと入れたいってなってしまって、おしゃれにさらっと入れることができないので(笑)」

いじめに遭っても、本があったから

―苦労して小説家になったと聞きました。小さな頃はどんな子どもだったのですか?

「子どもの頃から本を読むのが好きで、特に氷室冴子さんの小説が大好きでした。『なんて素敵にジャパネスク』なんて暗唱できたほどです」

―それが作家を目指すきっかけに?

「私、小学校のとき、いじめに遭っていたんです。それでも通学して、教室で一人で本を読んでいたんですが、そのとき、本の世界に集中しているから、どうにか学校にいることができました。来月、氷室さんの本が出るから頑張ろうとか。だから、作家になって氷室さんに会うのが夢だったんです。私、あなたのおかげでここまで来られましたって言いたくて」

写真 町田そのこさん

―残念ながら、氷室さんは2008年に亡くなられましたね。

「そうなんです。当時、私は田舎で専業主婦をしていて、子どもの面倒見ることしかやってなくて。訃報を聞いたとき、『私、小説家になりたかったのになあ、何やってるんだろう』って、そのときの自分がすごく嫌になったんです。そこからですね、真剣に書くようになったのは」

―最初は携帯小説に応募した?

「乳飲み子を抱えながらではパソコンには向き合えなくて。でも、携帯なら夜中に子どもを抱っこしながら片手でもできるじゃないですか。ガラケーで小説書いて、ボタン一つで投稿サイトに応募したんです。でも、最初は一次審査も通らず、人気も出なくて、続けるのは大変でした」

―努力もされた。

「プロの作家さんの文章を会得しようと、直木賞を取った桜庭一樹さんの『私の男』を模写したんです。一語一句、パソコンで。私ならこう考えるのにこうなるんだって、すごく勉強になりました。大変だったので二度としませんが(笑)」

―お子さんたちは母親が小説家というのをどう感じていますか?

「全く興味がないようです。『鬼滅の刃』と『進撃の巨人』に夢中で。私の本が重版になっても『鬼滅ほどじゃないんでしょ』って(笑)。あと、私、家で書いている最中によくセリフを口に出すんです。リズムを確認しているのですけど、家族に気持ち悪がられます。最終的に私の横には犬しかいない、みたいな感じになってます(笑)」

「明日も頑張ろう」と思えるものを

―読者の反響で一番うれしいのは?

「なんといっても、『明日も頑張ろうと思いました』っていうのですね。先ほども言ったように私が子どもの頃に思っていた言葉なので」

―どういう人に読んでもらいたいですか?

「誰も自分のことは助けてくれないと、あきらめている人ですかね。誰かに頼るとか、甘えるとか、声を上げることをあきらめてしまった人が、この本を読んで、もう一回でいいから声を出してみようって思ってくれたら。例えば、いつも教室に一人でいるような子が、友達とかに『おはよう』って声をかけてみようかなとか、『一緒にご飯を食べよう』とか、この本を読んでそういう気持ちになってくれれば、うれしいです」

―「ぎょらん」(新潮社)の中の短編「糸を渡す」もすごく良かったです。これからどのような作品を書いていきたいですか?

「ありがとうございます。『ぎょらん』に関しては、以前、葬儀会社に勤めていましたので、いろいろな人間模様をメモしていて、気になっていたところを膨らませて書いたんです。生きるとか、死ぬとか、別れというテーマはずっと書いていきたいのですが、読み終わってぐだっとなるよりも、読んで良かった、これで私も頑張ろうと思えるものをこれからも書いていきたいと思います」

写真

取材の最後に町田さんがしたためた言葉。丁寧に、それでいて気さくに話をしてくれる方でした


町田そのこ 

1980年生まれ。福岡県在住。2017年、「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社)でデビュー。