【記者の視点】北島忠輔(名古屋社会部)

北島忠輔記者


 目の前に、「悪魔」と法廷で糾弾された男がいた。私は、ある刑事裁判官が「どんな凶悪事件の被告人でも、自分とは別の世界に生きる人だとは考えない」と話していたことを思い出していた。


「罰は受けるが、本当のことを…」

 千葉県野田市の小学四年栗原心愛(みあ)さん=当時(10)=を虐待死させたとして、父親が傷害致死罪などに問われた事件。東京高裁で心愛さんへの暴行や食事を与えないなどの虐待が常態化していたと認定され、3月19日に懲役16年が確定した勇一郎受刑者(43)と東京拘置所で面会した。

 「自分のしたことは虐待だと思う。正当化するつもりはない」。私にそう語った彼は同時に、家族でディズニーランドに出掛けたときの宿泊証明書などを示して、「虐待は日常的じゃなかった」と不満も漏らした。「責任は私にあるし、罰は受けるが、本当のことを知ってほしい」と。

「あるべき家族像」へのこだわり

 事件をきっかけに、心愛さんが被害を訴えた学校アンケートの写しを彼に渡した教育委員会の対応が問題になり、対策が進む。「しつけ」と称した親の体罰禁止を定めた改正児童虐待防止法も施行された。だが、今回の出来事が社会に問い掛けているのはそれだけではない。

 何が虐待へと駆り立てたのか。どうしてブレーキをかけられなかったのか。まだ「本当のこと」は分からないが、本人への面会や家族への取材を重ねる中で印象に残るのは、両親と妹との家庭で育った彼が抱く「あるべき家族像」へのこだわりだ。

事件後に書いた手紙「幸せな家庭」

 事件後、家族へ宛てた手紙に「いつも願っていたんだ。父ちゃん、母ちゃんがオレたちにしてくれたような幸せな家庭をつくってあげるんだ!って」と書いている。

 だが実際の生活は理想とは程遠かった。妻は双極性障害の影響で家事や育児がままならない時があった。彼は働いて生計を立てつつ、家に帰れば心愛さんと幼い次女の世話をしたという。「仕事、家事、育児を一人でこなすワンオペ状態で、余裕がなかった」

理想を抱く人を”悪魔”に変える芽

 そんな生活の中で理想と現実との落差にもどかしさを感じ、焦りや怒りが、成長途上で思い通りにならない心愛さんに向かったのではないか。私が「どこかでブレーキをかけられなかったのか」と問うと、彼は「きちんとしてほしかったという思いだけです」。生真面目さだけにとどまらない、独善性もうかがえた。

 理想の家族像は、誰しも抱くものだとも思う。思い描いたような家庭を築けずに悩む人は多いが、ほとんどの人はそれを理由にわが子に暴力を振るったりはしない。

 ただ、自分でどうすることもできず、周囲に助けを求められないまま孤立した時、その理想は呪縛となる。人を「悪魔」に変えてしまう芽は、遠い世界にではなく、私たちの内に潜んでいる。

 だからこそ、同じ世界に生きてきた彼が口を開く限り、その言葉に耳を傾けたい。