2012年12月に大阪市立桜宮高校バスケットボール部の男子生徒が顧問から指導として平手打ちなどの体罰を受け自殺した問題から9年が過ぎた。スポーツの現場、指導者は変わったのか。今なお、暴力行為がはびこり、新たな問題も浮かび上がる。  

指導者の意識は変化してきたが…

 「指導者の意識は変化してきたが、不適切な行為があるのは変わっていない。相談件数も増え続けている」。日本スポーツ協会スポーツ指導者育成部の栗原洋和さんはそう語る。

◇JSPO窓口への相談件数
2014年度 23件
2015年度 32件
2016年度 66件
2017年度 98件
2018年度 149件
2019年度 251件
2020年度 115件
2021年度 74件(9月末現在)

 桜宮高の問題と柔道女子日本代表らが指導者から暴力やパワハラを受けていたことが2013年1月に発覚。これらを契機に学校の運動部活動での指導ガイドライン、指導者らに対する処分基準が策定された。同年4月、日本体育協会(現日本スポーツ協会=JSPO)や日本オリンピック委員会(JOC)、全国高等学校体育連盟など5団体は「暴力行為根絶宣言」を採択した。指導者は体罰への意識を高め、ここからスポーツ指導は大きく変わったとされている。その後、各種団体に相談窓口が設置され、選手や保護者が声を上げやすい状況になった。

 栗原さんは「確かに根絶宣言以降は、殴るなど直接的な暴力は減少傾向にある。しかし、パワハラと暴言の割合が増えてきた」と危ぶむ。パワハラは、必要以上の追い込み練習や指導をしない、無視する、合理的な理由がないのに試合に起用しないなど。指導者が選手の進学や就職に影響を及ぼすこともある。

グラフ JSPO暴力行為などの相談内容の推移

「成功体験」からどう脱却するか

 日本スポーツ協会暴力行為等相談窓口への割合では、2014年度は「暴力」が31%と最も多かったが、2021年度は「パワハラ」が36%で「暴言」と合わせると6割を超える。2019年度、部活動中の体罰による処分は以前より減ったとはいえ、153件あった。なおも暴力行為がはびこる状況が続く中、パワハラや暴言が増えているのが現状だ。

 現役時代に体罰を受けて成績を残し、成功体験になっている指導者もいる。栗原さんは「体罰はスポーツでも親子関係でも二次生産されるのは避けて通れない。克服するにはトレーニングが必要」と指摘した。

 日本スポーツ協会は2018年度から「コーチデベロッパー」と呼ばれるコーチの指導者を養成している。コーチデベロッパーで桐蔭横浜大スポーツ科学研究科の渋倉崇行教授(49)は「人の価値観は自分の体験をもとにしてつくられるので、なかなか変わりにくい。暴力、パワハラは駄目だと理解しても、それに代わるコーチングが分からない人もいる」と現状を分析した。

 新しい指導法に悩み、「これで正しいのか」と不安を抱えるコーチは多い。渋倉教授は「コーチ同士の交流があまりない。研修会などで学び、他のコーチと悩みを共有し、意見交換することで消化できる」と話している。

「選手を変えたい指導者が多いが…成果が出ないなら、自分の教え方を変える」 日体大コーチ・古川佑生さんに聞く

小学生らに走り方を指導する古川佑生さん。陸上競技を楽しみながら、子どもたちの「考える力」を育んでいきたいという=本人提供


 今、スポーツの指導者に求められている新たな指導法とは何か。日体大陸上競技部跳躍コーチを務め「ブリングアップ・ランニングパフォーマンスアカデミー」で小学生らを指導する古川佑生(ゆうき)さん(33)に聞いた。

「指示、提案、質問、委譲」の使い分け

 −指導の現場に変化は。

 「選手を中心に、取り巻く人たちも良好な状態を意識しながら、選手を支えていこうという考え方の『プレーヤーズセンタード』を推奨している。『教え込む』や『話を聞け』から、選手の自立、自発性を支援する方向にシフトしている」

 −指導者はすぐに変われるのか。

 「講習会などで気づきが必要。例えば、指示、提案、質問、委譲の4つを使って、ペン回しを指導してください、と実践してもらう。すると、4つを使い分ける練習なのに、指示しかしていない人がいる。もっと問い掛けたらどうですか、となる」

 −指導法の癖が出る。

 「例えば、選手が日本記録を狙う。でもコーチはその記録を経験していない。そういう時は一緒に考えるスタンスになる。だから教え込む必要はないんです。いいコーチになるため、自分はどうするか。どう変わるのかが大切」

 −コーチは教えたがる。

 「指導者は『教え込まないといけない。選手を変えたい』という考えが多い。自分の価値観、やってほしいことを押しつけて、できないとイライラする。他人を変えるなんて、簡単なことではない」

「どうだった?」に答えられない大学生

 −必要なことは。

 「選手の成果が出ないなら、自分で別の教え方を試してみようと、矢印を選手ではなく、自分に向けることが大事。他人を変えるより、自分を変える方がよほど簡単です」

 −自発性を促す練習に選手の反応は。

 「大学生は最初、戸惑う子が多い。走り高跳びをやってもらい『どうだった?』と聞くと答えられない。むしろ『どうでした?』『どうしたらいいですか?』と聞いてくる。自分で考えず『こうやれ』と教え込まれた結果なんだろうなと思う。逆に小学生の方がベラベラと話してくれる」

 −選手は自分で考えないと、いずれ成長が止まる。

 「伸びる選手は自分で考えてやっている。成長期はがんがんやれば勝手に伸びるが、成長が止まった後は自分で本当に必要なものを見極めないと、その先には進めない」

 −指導するときに心掛けていることは。

 「選手に自分で考えてもらうこと。時には教える必要もあるので、コミュニケーションの中で、選手一人一人の状況を知ることを重視します。何が分かっていて、何が分かっていないのか。今、どこを目指しているのか。そこを理解しないと、その選手に合った指導をできない」

 −目標や状況は個々によって違う。

 「だから『今どうなの?』『何が分からない?』とよく聞きます。相手の理解を深めようと強く意識する。それが結果として、本人に考えてもらうことにつながると思う」

「殴られても耐え、勝利を目指すものだと思っていた」甲子園経験のある桐蔭横浜大・渋倉崇行教授 コーチ育成に取り組み「指導者は学び続ける姿勢が大切」

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桐蔭横浜大スポーツ科学研究科の渋倉崇行教授


大学で「スポーツは楽しい」と学んで

 「現場の指導者に直接届けることができるので、コーチ育成の仕事はとてもやりがいがある」。桐蔭横浜大スポーツ科学研究科の渋倉崇行教授は研究者とコーチの橋渡し役にこだわり、「コーチデベロッパー」と呼ばれるコーチの指導者を務める。

 新潟南高時代は野球部に所属し「4番・投手」で甲子園の土を踏んだ。「殴られ、蹴られ、理不尽なことに耐えながら勝利を目指すのがスポーツだと思っていた」。だが、大学の講義で「スポーツは楽しい」と学び、自らの経験を否定された。もっと追究したいと考え、研究の道に進む。

 学んでいくうちに「もし体罰を受けていなかったら、もっともっとうまくなれた」と気づいた。高校では失敗を恐れ、萎縮しながら練習していた。救いは指導者の目を盗み、目標設定をし、計画を立て、効果的な練習を自主的にやっていたことだ。「監督やコーチの指導ではなく、自分で考えて行動したから甲子園に行けた」。日々の計画や練習内容を記したノートは今も大切に保管している。

自分のようなつらい思いをさせたくない

 転機は桜宮高の問題。当時、新潟県立大の准教授としてスポーツ心理学を研究していた。「スポーツの発展に貢献したいと考えていたのに、自分は研究者として、いったい何をしていたのか。自分を責め、反省した。この問題に関与して、行動したいと感じた」。研究者と指導者の間に接点が必要と考え、2014年12月、主に指導者を支援する「スポーツ フォー キッズ」を設立した。

 高校時代のようなつらい思いを誰にもさせたくない。ましてや、桜宮高のような悲劇を繰り返してはならない。「指導者は学び続ける姿勢が大切」と言った。だからこそ、己にも課題を与える。「今の時代に即したコーチングを提供する、そういった研修会を持てるように、私もずっと学び続けます」

[元記事:東京新聞 TOKYO Web 2022年1月10日]