「オコール賞」などの賞状を手にする菊岡基益さん。賞状には「分かりやすい指導がないままただただ怒っている姿が見受けられました」「反省を促すことといたします」という言葉が=奈良県宇陀市で


 申し訳なさそうに、ミニバスケットボールの男性コーチ2人は賞状を受け取った。「いただきました」と掲げる姿に、周囲から拍手だけでなく笑いも起きる。それもそのはず。賞の名前は「オコール賞」と「ドナール賞」。試合中、選手に怒鳴ったコーチに贈られる「できれば受けたくない賞」なのだから。

試合中「アホ」「ボケ」は日常茶飯事

 昨年12月、奈良県宇陀市で開かれた大会の一幕。「ミニバスは怒る指導者が多い。何とか変えられんかと思っていた」。企画した「UDAミニバスケットボールスクール」の菊岡基益代表(68)は賞の狙いを語り、続けてニヤリ。「あれ以降、みんなびびって怒らん。すごい効果があった」

 元小学校教員。40年近くクラブに携わる中、ずっと指導者の振る舞いが気になっていた。試合中の「アホ」「ボケ」は日常茶飯事。普段は優しいコーチも、コートに立つとひょう変する。「そこまで怒らんでいいのに」。そう思っていたところ、街中で喫茶店の看板が目についた。「アジールとか何とか書いてあって」。ふとオコールの言葉が湧いた。

 受賞者の選定は各チームのコーチの投票制。大会には男女各8チームが参加し、試合でヒートアップした40代のコーチ2人が選ばれた。「どんな顔して表彰式に出ればいいですか?」。気恥ずかしそうに尋ねてきた2人に、笑いながら一言。「ほおっかぶりしておけ」。実際にコーチが顔を隠して出てくると、子どもたちも「顔を見せろー」と盛り上がった。

 「関西独特というかね、笑って終われて良かった。怒るのは教えるのが下手だから。褒めるのは難しいんです」

自身も高圧的で…転機となった2試合

 自身も昔は高圧的だった。20代前半は常に命令口調。変わったのは2つの試合がきっかけだ。

 1つ目は23歳での初の全国大会。前日の練習試合で引き分けたチームに、本番では2対55と完敗した。練習試合は静かな体育館。子どもに聞こえていた自分の指示が、本番では歓声でかき消された。指示が聞こえず、何度もベンチを見る子どもたちに「自分で動けるようにしないと」と痛感した。

 2つ目は2度目の全国大会。子どもたちを送り出すとき、戦術を伝え忘れた。しまった、と思ったが、コートで選手たちは自ら守備陣形を決めていた。「必要なのはこれや」。子ども中心のチームづくりを進める決心がついた。

大人は何でも教えたがるが、答えは…

 今は試合中に指示を出さない。子どもたちで話し合い、終われば互いにプレーを振り返って褒め合う。「自分たちでプレーを振り返る方が効果的。監督も何も言わんでいいから楽でいい」と笑いながら、コートを見つめて言う。「大人は何でも教えたがる。答えは子どもの中にある」

 オコール賞のコーチからは表彰式後、「ええ機会をもらいました」と感謝された。聞けば本人も「今のやり方では良くない」と思っていたらしい。賞を機に、褒める回数を増やした。「子どもたちには気持ち悪がられる」とそのコーチは苦笑するが、一歩を踏み出してくれたのがうれしい。

 「最初は僕が言うてただけ。でも今はみんなの賛成がある。わずかな時間ですごい変わる」

 大会は12月以降もあり、この春も開いた。幸いなことに、賞の該当者は出ていない。「嫌みを言うコーチへのイジール賞というのも考えてるんやけどね」。いたずら好きな笑みを浮かべた。

「監督が怒ってはいけない大会」も

 指導者が感情的にならないように取り組む大会としては、元バレーボール日本代表の益子直美さんが始めた「監督が怒ってはいけない大会」が有名だ。2015年に第1回を始め、今は社団法人化して各地で開催している。


 日本バスケットボール協会は2021年に12歳以下の選手の保護者にアンケートを実施。9332人のうち、35%が試合中にコーチの暴言があると回答した。昨年末には東京のイベント企画会社やBリーグ1部の千葉ジェッツなどが協力し、指導者の威圧的な態度を禁じる大会を開催するなど改善に向けた動きが増えている。

菊岡基益(きくおか・もとよし)さん

 奈良県宇陀市出身。大学3年生の1975年、奈良県最初のミニバスクラブ「UDAミニバスケットボールスクール」を設立。奈良市の小学校教員だった1995年に学校心理士の資格を取得。定年退職後は地元の町おこしやカフェ経営も手掛ける。