夢を抱いて日本を飛び出した24歳。泣きながらブリスベンを去った33歳。引き寄せられるように舞い戻った36歳。どうしてこの国は、こんなにも私の心を掴んで離さないのだろう……。暮らし旅ライター金子 愛がつづる、美しくも苦いオーストラリアでの日々。第9回は「環境が変わると、キャラも変わる」というお話。

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これまでのあらすじ>>>【私のオーストラリア物語】

若き日の憧れ



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2006年、初めて訪れたグレートバリアリーフに一目惚れ。それから半年余りでオーストラリアに移住した筆者。実は元々、アメリカへ留学する予定でした。当時は会社に勤めながら留学資金を貯め、通勤時間と休みの日は英語の勉強という日々。

ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』の主人公達に憧れて、「いつかニューヨークの5番街を、ハイヒールをコツコツ鳴らしながら颯爽と歩きたい」なんて思っていたあの頃。メイクも髪型もファッションも抜かりなく、上司の無茶振りも笑顔でこなす。いわゆる “デキるいい女” に憧れていた20代前半。


ハイヒールを脱ぎ捨てて





そんな筆者も、ブリスベンに留学した途端別人に。運動の時しか履いたことのなかったスニーカーを履き、バックパックを背負い、服装はデニムにTシャツ。「スニーカーって慣れるまで、こんなにもふくらはぎが痛くなるんだ……」と知った25歳の夏。




長い髪を振り乱し、汗だくになりながら、重い教科書を山ほど抱え学校に通う。当然メイクなんか汗で流れ落ちるので、日焼け止めだけを塗りほぼスッピンで街をかっ歩するという、図太さを身に付けるのであります。

英語力に大分難あり





クラスメイトは、ネイティブと英語がペラペラの留学生たち。私の英語力は……、ダントツ低かった! 7歳も年下の子に、「愛はカワイイわね、私の妹みたい」なんて言われる始末。ちなみにこのカワイイは、顔がカワイイと言う意味ではもちろんなく、私の英語がつたないばっかりに、幼く感じられていたわけです。

その上先生には「愛はね、勉強ができないわけじゃない。ただ英語ができないだけ」と。(それ、全然慰めになってないけど……泣)。

所変われば、人変わる





移住前は、「余裕のあるデキる女」を若干気取っていた筆者。しかしオーストラリアに来た途端、なりふりなんて構ってられないほどいっぱいいっぱい。日本では当たり前のようにできていたことも、言語が違う(できない)とこんなにも不自由なのかと痛感させられたものです。

でも本気で頑張っていれば助けてくれる人もいるのだと、人の優しさに触れることも多かった日々。まだまだ留学生活は始まったばかり。この先いくつもの試練が待ち受けているのですが……、それはまた別のお話。

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