夢を抱いて日本を飛び出した24歳。泣きながらブリスベンを去った33歳。引き寄せられるように舞い戻った36歳。どうしてこの国は、こんなにも私の心を掴んで離さないのだろう……。暮らし旅ライター金子 愛がつづる、美しくも苦いオーストラリアでの日々。第11回は、「極楽シェアハウス生活」の巻。

これまでのあらすじ>>>【私のオーストラリア物語】

家なき子に救いの手




前回お話しした通り、シェアハウス探しで痛い目に遭った筆者。失意のどん底にいると、見かねた友人が救いの手を差し伸べてくれました。シェアメイトが一時帰国する一ヶ月半の間、部屋を貸してくれると言うのです。

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それも筆者が希望していたシティの一人部屋。更にジム・プール・ジャグジー付きの高級リゾートアパートメント。気になるお家賃ですが、なんと言い値でOKとのこと。本来ならば週240ドル(約20,000円)するところを、120ドル(約10,000円)で借りる事ができました。


シェアメイトはパーフェクトヒューマン




こうして始まった人生初のシェアハウス生活。一緒に暮らすのはシェラトンを始め一流ホテルで働きつつ、大学を主席で卒業するほど優秀な人物。

慣れない授業に四苦八苦する筆者を気にかけ、家庭教師を買って出てくれただけでなく、毎日料理まで作ってくれたのです。食費を最低限に抑えつつも、栄養バランスのとれたおいしい手作りごはん。学校に持って行くお弁当まで用意してくれるという……、なんとも至れり尽くせり。


結果にコミット




そんなわけで毎日カレッジが終わったら自宅へ直帰。寝るまでその日の復習と、次の日の予習。週末は出かけることなく一日中勉強。疲れたらシェアメイトが用意してくれた紅茶とデザートをいただき、ジャグジーでリラックス。

英語力が学校一低かった筆者が、筆記試験ではクラストップの成績で合格できたのも、最高の環境と心優しいシェアメイトのおかげです。


楽園生活から一転……




留学生活スタートから、全力疾走した1カ月半。理想のシェアハウス生活もこれにて終了。日本で暮らす親友からは、「何て贅沢な生活、ちょっとは苦労しなさい!」と叱られてしまう程、実に恵まれた環境でした。しかしこの後その親友の言葉通り、本当に苦労の連続となるのです。が、それはまた別のお話。

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