今回のヒーローは、人間の跳躍の限界に挑む、陸上・走り幅飛び、聖和学園高校3年生・土屋拓人選手です。宮城県高校記録を更新、東北大会でも大幅に記録を塗り替える快挙。甲子園を目指していた野球少年の「決意の転身」が、さらなる飛躍につながりました。

空中を歩くような跳躍

平日の夕方、練習場に集合した聖和学園・陸上競技部の中に急成長をとげた逸材がいました。

TBC

多賀城市生まれ、7月に18歳となった3年生の土屋拓人選手。走り幅跳びの県高校チャンピオンです。彼の跳躍はまさに「空を歩くよう」。

聖和学園高校3年 土屋拓人選手:
「空中を歩くような跳躍は自分にとって魅力。自分の強みはやっぱり大きい舞台で自分の力を出せることと、一本目で勝負を決める跳躍ができるというのは自分の中の強みなのかなと」

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そして、今年6月、福島で行われたインターハイ東北大会で記録したビックジャンプ。大会記録を20センチ以上も上回る7メートル73センチで優勝しました。

TBC

聖和学園高校3年 土屋拓人選手:
「狙えるなら高校生で8mという大台に乗っていけたらいいのかなと思っています。飛んでいるときはずっと空を飛ぶイメージで、ある程度自分の中でイメージが固まっていないと。自分の理想をつくった状態で飛ぶことでそれが体の動きについてくる」

野球から大いなる転身

高校で一気にブレイクした土屋選手、しかし幼少期に情熱を注いでいたのは、以外にも「球技」でした。

聖和学園高校3年 土屋拓人選手:
「父が野球をやっていて、母がソフトボールやっていたので。野球一家で自分も中学校まで野球をやっていた。ポジションはショートです。プロ野球も目指してはいたんですけれど、やっぱり難しかったということころもあって」

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物心がついた時から「野球一筋」。しかし、投手から始まり、その後は内野手に転向するなど、伸び悩みも抱えていたといいます。

そんな土屋選手が圧倒的な強みを発揮したのが「脚力」です。塁間を矢のように走り抜ける走力、守備では打球に飛びつく跳躍力も発揮、野球で培ったこれらの能力が、後に活かされることとなりました。

TBC

聖和学園高校3年 土屋拓人選手:
「野球の塁間が27メートルぐらいだったので30〜40メートルぐらいの幅跳びの助走が少し似ているかなと思って。ここで勝負をかけるというつもりで、結構勇気を出して高校で陸上を始めた」

野球から陸上へ、その時、父は…

中学までの夢をあきらめ、新たな道に進む決断。両親もその思いを尊重しました

父 土屋修さん:
「人に気をつかいすぎる部分があるようですからね。親のことを考えてしまう部分もあるけれど、もっと自分のことで。ジャンプもできる走りもできるということで走り幅跳びが一番いいんじゃない?と私も個人的には思っていた。本人も適正を自分なりにみつけたのかなと」

父 土屋修さん

聖和学園高校3年 土屋拓人選手:
「自分が活躍できない環境でいるのが、ちょっと疲れたというか。その当時は結構きつかったから、活躍できる陸上の方にいくのが、自分の中でいいのかなと思いました」

中学卒業時、彼が文集に記した決意は「終止符とスタート」。

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聖和学園に進学し迷わず陸上部へ。天性の脚力に磨きをかけました。走り幅跳びで結果を出し始め、その記録も大会に出るたびに更新。
そして、生まれた大記録、高校の日本記録までおよそ40センチに迫っています。

土屋選手の弱点はトマト?

競技に向き合う真摯な姿勢と面倒見の良さから、土屋選手は部員からも厚い信頼を受けています。この1年間、男子陸上競技部のキャプテンとしてチームをけん引してきました。

後輩部員:
「なんか強い、心も強い、体も強い。(Q 弱いところはない?)あ、でも弱いところで言ったらトマトが食べられないらしくて」

後輩は…

強さと共に繊細さも求められる走り幅跳び、わずかな呼吸のズレが大きく結果に影響することも。
走力に自信を持つ土屋選手ですが、幅跳びのキャリアはまだ3年、この日は助走と踏切のタイミングを反復します。

技術面は、跳躍競技を知り尽くした外部コーチの鈴木省三さんにアドバイスをもらっています。

鈴木省三コーチ:
「(踏切が)危ないと思ったら、小さく刻める能力が大事。上というよりも前の方、ベクトルをもっと前の方に移動させることで距離をかせぐ。高さの勝負ではないので」

鈴木省三コーチ

聖和学園高校3年 土屋拓人選手:
「やっぱり踏切前のリズムだったりとか、跳躍の軸の立たせ方とか、空中姿勢の精度がまだまだ甘いところがあるので、そこをよくしていきたい」

開く世界の扉

そんな土屋選手にこの夏、思わぬ吉報が。8月、ペルーで行われる、20歳以下の世界選手権・日本代表に初めて選ばれたのです。

TBC

聖和学園高校3年 土屋拓人選手:
「アンダー20ですけれど、やっぱり日本代表という立場をもらって、ここまできたらもう、勝負は3年・4年生の大学の終わりのシーズンになっていくのかなとは思っています。そのあたりで、日本のトップに食い込めるぐらいの力がついてくれば」

陸上界のニューヒーロー、そんな彼には同じ宮城出身で憧れの選手が。

聖和学園高校3年 土屋拓人選手:
「かっこいいですね」

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それは、栗原市出身、パリオリンピック™200メートル代表の鵜澤飛羽選手です。彼もまた宮城の高校で力を育み、日本のトップランナーに成長しました。

聖和学園高校3年 土屋拓人選手:
「やっぱり次のオリンピックには、鵜澤さんと同行できるぐらいに、はい。それぐらい強い信念をもって続けて、やっぱりスプリント能力が記録に繋がっていると思うので、自分はまだまだそこが足りていないと思っているので、そこを重点的に大学で鍛えていけたらいいかなと思っています」

まだまだ粗削り、だからこそ、可能性は無限大。新たなステージを家族も見守っています。

父 土屋修さん:
「拓人はそこを切り抜けて切り開いてきたわけですから。あとは自分がどれだけ頑張るか」
聖和学園高校3年 土屋拓人選手:
「いままでやってきたことは決して無駄ではなかったと自分でも思っていますし、野球でやっていたことも陸上に生きていて、そのおかげで今の自分があるのかなと。世界を狙っていける選手になりたいと思っているので、大学ではもっと陸上にウェイトを置いて、人生をかけてがんばっていきたい」

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【tbcテレビ ヒーローインタビューより】