マーケティング領域のAIスタートアップであるAppier Group(エイピアグループ 本社・台北)は、人工知能(AI)を使って企業のマーケティング課題の解決を支援するSaaSプロダクトを提供している。顧客獲得やエンゲージメントの強化、コンバージョンの最適化、データサイエンスプラットフォームなどの提供によって顧客企業のマーケティング予算の最適化や収益の最大化をサポートする。台湾で創業し、日本で多くの実績を重ね、2021年3月には東証マザーズ(現グロース)に上場した。グローバル市場への展開を推し進めている同社の共同創業者であり、代表取締役CEOのChih-Han Yu(チハン・ユー)氏に創業の経緯や事業展望を聞いた。

ドットコムバブルの最中、AI研究に没頭し、それを役立てたいと起業の道へ

――Appier Group創業までのストーリーを教えてください。

 私は台湾出身で、高雄で育ちました。国立台湾大学ではコンピュータサイエンスの学位を取りました。その頃、パターン認識という講義を受けてコンピューターによる画像の認識に魅力を感じ、画像や顔を認識するシステムを作ることに夢中になりました。

 ちょうど1999年から2000年にかけて、AIの研究に取り掛かったのですが、そのときはご存知の通り、「ドットコムバブル」の時代です。誰もがインターネットに夢中になっていて、AIなんて話題にはなりませんでした。でも幸いなことに、その時代は偉大な科学者たちが多数、大学にいました。当時はまだ産業界がAIに注目していなかったので、みんな大学に在籍していたのです。

 スタンフォード大学では、今も最も偉大な深層学習とAI研究者の1人とみなされている博士のもとで研究に取り組みました。ロボットに意識を持たせて小犬のように自ら動くような研究開発をしたり(自律四足ロボット)、自動運転車を作ったりしました。今では有名な企業となったロボット企業のBoston Dynamicsと共同研究もしていました。そこでは、彼らがハードウェアを作り、私がソフトウェアのコードを書くというコラボレーションをしていました。

Chih-Han Yu
Appier Group
Co-founder & 代表取締役CEO
1997年〜2001年に国立台湾大学でコンピューターサイエンスを学び、2003年〜2005年にはStanrford Universityの修士過程で、2005年〜2010年にはHarvard Universityの博士過程でコンピューターサイエンスとAIの研究に取り組んだ。2010年には、現在Appier GroupのCTOを務めるJoe Su氏とともに、AIを活用したオンラインゲームを提供するPlaxieを共同創業する。事業ドメインをB2Bに変更して、2012年にAppierを共同創業。

創業前は、主に機械学習や自立制御の分野でアルゴリズムを研究・実装し、自律四足ロボットや自動運転車などの開発に携わり、AI搭載ロボットや機械学習の分野でも、数多くの学会論文を発表した。

 スタンフォードの後は、ハーバード大学の博士課程に進みました。博士過程では大きな課題の解決に取り組みました。当時は計算制約があり、分散型計算でAIを動かす方法を考えました。中央システムと、中央システムをどのように活用できるかを研究し、中央集権型と分散型システムについてどう考えるべきか、理論的なフレームワークを構築しました。多くの論文を発表し、博士論文はその年の世界最優秀論文にもノミネートされました。

 当時はこのまま大学に残り、教授になる道を考えていました。しかし、ある日、自分で運転していた車をガレージに停めようとしたときのことです。今でもその時の思いをはっきりと覚えています。それまで自律四足ロボットや自動運転車などの開発に携わってきましたが、運転しながらふと思ったのです。「人々の生活に影響を与え、貢献するには何ができるのだろうか。自分がクールだと思えるものを作り続けていたのに、それを捨ててしまうのは嫌だ」と。

 エンジニアであるJoe Su(チャユン・スー氏・現Appier Group CTO)とともに「AIを実世界に適用してインパクトを与える」という目標を掲げ、事業を共に立ち上げることを決めました。(編注:2010年、Joe Su氏とともに、AIを活用したオンラインゲームを提供するPlaxieを共同創業)

ゲーム会社の創業から一転、企業のマーケティングをAIで支援する企業へ

――現在のプロダクトラインナップやビジネスモデルを教えてください。

 実は創業してから何度かピボットしています。当初はメタバース用のAIエンジンを作っていました。2010年当時はとてもクレイジーで早すぎるアイデアでした。2012年ごろ、あるゲーム会社から「AIでゲーム用のレコメンデーションエンジンを作らないか」と相談を受けました。それは、プレイヤーがゲームで遊んだ後に、他のゲームをおすすめして、より多くのゲームタイトルで遊んでいただくよう促すものです。とてもシンプルなアイデアだと思ったのですが、当時、実は誰もきちんとやっていなかったのです。

 そこで、2日間でシンプルなレコメンデーション・エンジンを開発したところ、従来のレコメンデーションと比較して、クリック率が2倍になりました。このゲーム会社の方は「どうしてこんなにパフォーマンスがいいのか」と非常に驚いていました。そこで、私たちはAIをマーケティングやパーソナライゼーションに応用する可能性を感じ、この分野には多くのチャンスがあると気付いたのです。

Image:Appier Group

 現在はエンドツーエンドでデジタルマーケティングを強化するAIのプロダクト群を、インターネット企業、Eコマースを手がける企業、ゲーム企業などに提供しています。

 CrossX(クロスエックス)は、企業が持つファーストパーティーデータに対し、機械学習や深層学習を用いてユーザーの行動を特定し、その顧客のLTV(ライフタイムバリュー:顧客生涯価値)を予測するプロダクトです。CrossXを何年か提供しいていると、ほかにもまだ解決できていないデジタルマーケティングの問題が出てきましたので、いくつかの企業を買収したり、自社で開発したりしてポートフォリオを拡充してきました。

 2018年に(インド・バンガロールを拠点とするコンテンツマーケティングスタートアップの)QGraph社を買収し、現在、カスタマーエンゲージメントプラットフォームAIQUA(アイコア)として提供しています。これは、企業がウェブサイト上でパーソナライゼーション・レイヤーを簡単に持てるようにするもので、優れたレコメンデーション・ウィジェットやパーソナライズされたメッセージの送信が非常に簡単にでき、エンドユーザーと質の高いエンゲージメントを実現できるようになります

 2019年にはオンラインショッピングの購買行動を予測するAIサービスを提供するEmotion Intelligenceを買収して、AiDeal(アイディール)としてプロダクトを提供しています。ECサイトなどで購入を迷っている顧客をリアルタイムで検出し、その顧客のみにインセンティブを付与することができます。例えば、ECサイトではたびたび全員にクーポンというインセンティブを与えることがありますが、既に購入を決めている人や買うつもりのない人にクーポンを発行する必要はないでしょう。そこでAIによって、購入をためらっている人だけにクーポンを発行できるようになります。このアイデアは非常に良いもので、AI能力を強化して再構築しました。

 データサイエンスプラットフォームのAIXON(アイソン)は自社開発のプロダクトです。データサイエンティストを採用することなく、簡単に機械学習モデルを構築できるサービスです。

 これらのプロダクトはすべてSaaS型で、使用量に応じた消費型モデルと典型的なサブスクリプション型の価格体系が混在しています。

――顧客のサクセスストーリーについて教えていただけますか。

 当社のプロダクトはさまざまな企業に導入していただき、サクセスストーリーは数多くあります。例えば、2022年5月に、台湾最大のスーパーマーケットチェーンPXマートの導入事例を発表しました。彼らは実店舗の運営に加え、そこで使えるポイントを貯めるモバイル決済アプリやECサイトも展開しています。これらオンライン、オフラインの異なるチャネルのデータを統合するのは容易ではありませんが、当社の製品によってデータを統合し、エンドユーザーに最適なおすすめを行うなど、顧客体験の向上による収益の最適化を支援しています。

 また、ARアプリなどを通じて、美容商材やヘアケア関連商品をオンラインで提供する美容テクノロジーソリューション企業のPerfect Corp.に対しては、アプリのプロモーションの最適化をサポートしました。アプリの宣伝のためのデジタル広告を24時間体制で運用することで、キーワード関連のタスクにかけていたオペレーション時間を66%削減し、インストールにかかるコストを33%改善しました。

Image:Appier Group

東証上場後にグローバル展開を拡大 米国市場は前年比14倍に

――現在の収益の状況を教えてください。日本以外の市場でも大きく成長しているそうですが、グローバルにビジネスを展開する上でのポイントはどこにありますか。

 2022年第1四半期は売上収益42億円で、前年同期比増収率は直近3年間で最高の53%となりました。売上総利益は前年同期比60%増と大幅に成長しています。成長の要因としては、幅広い製品ポートフォリオに加え、市場の拡大があります。現在、主な市場は日本や韓国などアジアですが、最近はアメリカにも進出しており、ここだけでみると1年で14倍成長しています。

 グローバルにビジネスをするヒントの一つが、どんな国の人でも助けてあげたいというマインドセットを持つことです。そして、私たちは多様性を歓迎しています。さまざまな国の人々と共に仕事に取り組んでいます。

――グローバル展開に向けて東京証券取引所でIPOしたことには、どんな意図があったのでしょうか。

 IPOは最初のステップに過ぎません。IPOにあたり、アメリカ、日本、香港、台湾の市場を評価しました。評価の基準は、AIサービスの分野で非常に優れたエコシステムの良いアナリストや、良い投資家がいるかどうか、そして同じ市場で活躍する企業があるかどうかです。アメリカにはいい投資家がいます。香港は消費者向けのハイテクが好まれます。台湾は半導体の事業が多いですね。日本には、グローバルな投資家もいますし、同じようなSaaSを提供する市場もありますので、選択しました。

Image:Appier Group

ファーストパーティデータだけでも最適化を支援できるAI技術に磨きをかけていく

――今後12カ月の間に成し遂げたいことや、競合との差別化についてお教えください。

 第一に、グローバルなオペレーションをさらに充実させていきたいです。私たちはアメリカだけでなく、ヨーロッパにも進出しましたので、24時間のオペレーションを実現しなければなりません。次により多くの製品、特に企業の業務の自動化により役立つような技術や製品を発売する予定です。この2つが直近の最も重要な方向性です。

 競合と当社の違いは、我々はお客様のファーストパーティデータに焦点を当てていることです。これまで、デジタルマーケティングでは、ユーザーを知るために第三者のデータ(サードパーティデータ)を使用していました。私たちのプロダクトは、ユーザーがWebサイトを訪れたときにその人がアクセスしたコンテンツや行動パターンに基づいて、リアルタイムのデータを予測できます。AIXONの新しい機能としても、ファーストパーティデータを簡単に統合できるようにしています。

 行動履歴や属性、広告配信などさまざまなデータを一元的に管理し、マーケティングに活用できるデータマネジメントプラットフォーム(DMP)というものがありますが、サードパーティデータの供給がなければあまり機能しません。私たちはファーストパーティーデータだけでDMPがあるかのように予測する技術を作っています。

――最後に長期ビジョンや将来構想をお聞かせください。

 当社のAI技術は、特に企業とエンドユーザーのコミュニケーションに焦点をあてています。マーケティングや広告、カスタマーサービスの分野です。私たちは、このような領域において人々のために働くAIを作り、そして、彼ら・彼女らの能力でソフトウェアを自動化し、人々がデータを使ってリターンを得られるようにすることを目標としています。私たちは「AIの民主化」をビジョンに2012年に創業しました。このビジョンによって、当社は世界的な、グローバルなソフトウェアカンパニーになることを目指しています。次の10年では、世界規模でよりスケールアップしていきたいです。

 AIを使った技術は今後も非常に重要だと考えています。当社はこの分野でイノベーションを起こそうと常に努力していますし、より多くのお客様やビジネスパートナーの皆様がこのイノベーションに参加できることを願っています。