テニスGEEK通信(TENNIS GEEK NEWS)
画像提供:ウインザー商事

■テニスGEEK通信(TENNIS GEEK NEWS)とは
テニスギアの「モノ」や「コト」を、深堀し、マニアックに、そしてGEEK(ヲタク)にお届けするコラムです。

ウインザーラケットショップ池袋店スタッフの中居が独自の目線で話題の商品を紹介します。

テニスに関する仕事をして30数年になる大ベテランですが、まだまだヤル気満々でテニスコートに立っているシニアプレーヤーです。
-----------------------
「歴代史上最強プレーヤーは、、、?(女子編)」

男子選手に比べて、女子選手の最強って色々と考えてみました。

※前回は男子選手について考えてみましたのでよろしければご覧ください
>GEEK通信「歴代史上最強プレーヤーは、、、?(男子編)」

女子選手はプレーヤーとしての寿命の長さであったり、レジェンドになる前に引退してしまうことが多いことなどに気がつきました。

特にここ最近は、A・ケルバー(ドイツ)、Ka・プリスコバ(チェコ)、G・ムグルサ(スペイン)、S・ハレプ(ルーマニア)、C・ウォズニアッキ(デンマーク)、大坂なおみ、A・バーティ(オーストラリア)と1位選手がコロコロと変わっています。

1968年のオープン化以降の1位の選手を確認していくと、強い選手にある特徴が見えてきました。

1位になった在位期間以外に、1位になった回数が多い選手は強いということです。

何度も何度もライバルが現れ、その度ごとにライバルを倒して1位になる、そんな選手は活躍する期間も長くなるし、当然1位の在位期間も長くなるのです。

1位になった回数の上位5名は、



1.C・エバート(アメリカ) 9回
1.M・ナブラチロワ(アメリカ) 9回
3.L・ダベンポート(アメリカ) 8回
3.S・ウィリアムズ(アメリカ) 8回※
5.S・グラフ(ドイツ) 7回
(※)現役プレーヤー

1位在位通算週間は、



1.グラフ 377週
2.ナブラチロワ 332週
3.セレナ・ウィリアムズ 319週※
4.エバート 260週
5.M・ヒンギス(スイス) 209週
(※)現役プレーヤー

グランドスラムシングルスタイトル獲得回数は、



1.M・コート(オーストラリア) 24個
2.セレナ・ウィリアムズ 23個※
3.グラフ 22個
4.H・ムーディ(アメリカ) 19個
5.エバート 18個
5.ナブラチロワ 18個

(※)現役プレーヤー

クリス・エバートとマルチナ・ナブラチロワの二人について語らないわけにはいきませんね。

ちょうどこの頃男子では、ボルグ対マッケンローのライバル対決で非常に盛り上がっていたのですが、その理由の一つとしてストローカー対ボレーヤー、右利き対左利き、紳士対悪童といった対照的なふたりだったことが応援する側が盛り上がる要因でした。

エバートはアイスドールと言われており、冷静沈着、正確無比なストローカーで、ナブラチロワはガッツ溢れるボレーヤーで、右利き対左利きというところもボルグ対マッケンローに似ており、見ていて楽しい対戦でした。

エバートはグランドスラムタイトル18個取っており、全仏オープン7回は未だ破られていない記録です。

また、グランドスラム決勝進出「34」も1位の記録です。

ナブラチロワも同じく18個のタイトルホルダーで、1983年には86勝1敗(勝率98.9%)の成績を収めています。

ナブラチロワの凄いところは、ダブルスでも活躍しグランドスラムで31回も優勝しています。

シングルス74連勝、ダブルス109連勝は共に破られていない記録です。

二人の対戦成績はナブラチロワの43勝37敗で、なんと80回も対戦しています。

12年間続いた2強時代を終わらせたのが、シュテフィ・グラフです。



シュテフィ・グラフは1987年に1位になると、翌年1988年にはゴールデングランドスラム(すべての4大大会とソウルオリンピック優勝)を達成し、1989年は86勝2敗とこの年は12セットしか落としませんでした。

破壊力のあるフォアハンドとぴょんぴょん飛び跳ねる躍動感のあるフットワークはほとんどスライスしか打たないバックハンドの弱点をカバーして余りあるものでした。

あと何回グランドスラムを達成するのかと言われていましたが、1990年全仏オープンで彗星の如く現れた少女に決勝で破れます。

この少女とはM・セレス(アメリカ)で16歳6ヶ月の最年少記録を打ち立て、翌年には186週続いていたグラフの1位の座を奪ったのです。



セレスは1991年の全豪オープンから1993年の全豪オープンまでの9大会で優勝7回、準優勝1回、欠場1回と絶好調でした。

あの無敵だったグラフがダブルバックハンドの練習をしていたくらいです。

セレスのプレースタイルは、フォア、バックともに両手打ちで、片手打ちのグラフとは対照的でした。

軽量、デカラケ、厚ラケにハイテンションで張り、高い打点からフラット系のボールをライジングで叩き込むまったく新しいスタイルを構築した選手でした。

絶頂期の1993年に試合中のチェンジコートの際に、熱狂的なグラフのファンにナイフで刺され、2年半の欠場を余儀なくされます。

怪我は数ヶ月で完治したのですが、精神的な回復に時間がかかり、過食症になってしまったのです。

その間に1位に返り咲いたグラフは、セレス欠場中に7回のグランドスラム優勝を遂げました。

2年半後、ややふっくらしたセレスの復帰時に特別措置で、怪我する前のランキング1位と現在のランキング1位が存在するということが起こりました。

1995年の復帰戦でブランクを感じさせず優勝し、その勢いのまま、全米オープンの決勝でグラフと激闘を演じ、6-7.6-0.3-6と苦敗したものの見事に復活しました。

あの怪我がなかったら、セレスの記録とグラフの記録は違うものになっていたのではないでしょうか。

グラフとセレスは、エバートとナブラチロワに劣らない2強時代だったことには変わりないですね。

そして、セレスの最年少記録を更新する天才少女が現れます。

16歳3ヶ月で全豪オープンを優勝し、16歳6ヶ月で世界ナンバー1になったのは、スイスのマルチナヒンギスです。



マルチナはナブラチロワの名前にあやかって付けたそうです。

早熟の天才は、10代でグランドスラム5勝した後はシングルスでのタイトルはありません。

何故かというと、リンゼイ・ダベンポート、ウィリアムズ姉妹らのパワーテニス全盛となり、テクニックだけでは勝てなくなってしまったのです。

しかし、そこは天才と呼ばれる程、テクニック、センスはずば抜けていましたので、ダブルスで活躍していきます。

引退、復帰を繰り返しながら、2017年に3度目の引退をしました。

ただ、この引退の年に女子ダブルスとミックスで3度のグランドスラム優勝をしていますので、まだまだ復帰する可能性は0ではありません。(2020年現在40歳)

ヒンギスの後にナンバー1になったのは、リンゼイ・ダベンポートです。



バレーボール選手を両親に持ち、189cmと恵まれた体格からサービス、フォアハンドストロークから攻撃するパワーテニスの申し子でした。

1996年のアトランタ五輪で金メダルを取り、1998年全米オープンでヒンギスに勝ち、初のグランドスラムタイトルを取り、そしてナンバー1になったのですが、ここから波乱万丈が始まります。

トータル8回1位になるのですが、1998年から2006年の間に、J・カプリアティ(アメリカ)、V・ウィリアムズ(アメリカ)、セレナ、K・クレイステルス(ベルギー)、J・エナン(ベルギー)、A・モレスモ(フランス)、M・シャラポワ(ロシア)がその期間に1位になっているのです。

ダベンポートの凄いところは、セレナが台頭しても、エナンが台頭しても、シャラポワが台頭しても、めげずに再度ナンバー1になっていることです。

ダブルスでも活躍したのですが、1998年ダブルスで年間グランドスラムを達成したヒンギスの影に隠れていますが、4つとも準優勝しているのはダベンポートなのです。

1999年のウィンブルドンでグラフを破って優勝を果たすと、グラフは引退を決め、その1か月後に1度目の現役引退。

再度復帰し2004年のウィンブルドンでシャラポワに負けると引退を匂わせますが、その後の大会でビーナス、セレナに勝ち連続優勝すると、引退を撤回。

2006年出産のため、休養に入り、復帰後もシングルス4大会で優勝し、2009年に第二子を出産し、復帰後ダブルスで優勝し、ジェットコースターのような現役生活に終止符を打ったのです。

1995年の東レパンパシフィックの決勝で、伊達公子さんとダベンポートが対戦し、6-1.6-2で伊達公子さんが完勝したのを今でも思い出します。

(1996年伊達公子さんの1度目の引退の際の最後の相手は、当時16歳で翌年にナンバー1になるヒンギス。伊達公子さんの引退時のランキングは8位でした。)

セレナ・ウイリアムズは2002年にナンバー1になったのですが、その後勝てない時期があったり、怪我などで100位以下になることもありました。



31歳の時に1位に返り咲き、その後186週(3年半)その地位を守りました。

1位獲得回数8回、1位在位期間319週の記録は、未だ現役で、ランキング9位ですので、まだまだ伸びる可能性があります。

グランドスラムタイトルは23個でマーガレット・スミスコートの24個についで2位の記録です。

セレナは男女合わせても達成者のいない「シングルス、ダブルスキャリアグランドスラム」を持っています。

オリンピック金メダル4個獲得もしていて間違いなく、史上最強女子プレーヤーです。

ちなみに、マーガレット・スミス・コートは1960年から1975年に活躍した選手で、グランドスラムタイトルはシングルス24、ダブルス19、ミックス21でトータル64個の記録を持っていますが、1968年のオープン化(1967年まではアマチュアしか参加資格がなく、マーガレット・スミス・コートのオープン化以降にプロに転向)以降に限っての記録は、シングルス11、ダブルス10、ミックス7になります。

個人的な見解も大きく含まれてしまっているかもしれませんが、セレナ・ウイリアムズとシュテフィ・グラフが史上最強プレーヤーといったところでしょうか?

と言うことで、中居個人が選ぶ史上最強プレーヤーを発表しましょう。

史上最強ということは選手として最高であって欲しいし、若い選手の見本とならなければいけないと部分もあるのではないかなと個人的に思いました。

セレナ・ウイリアムズは、2009年全米オープンや、2011年全米オープン、2018年全米オープンなどで妨害行為やコートバイオレーションをとられています。

よって現時点での中居個人が選ぶ史上最強女子プレーヤーはシュテフィ・グラフにさせていただければと思います。



今後セレナ・ウイリアムズがナンバー1になるとランキング1位回数9回でトップになります。

また、グランドスラムタイトルを取るとトータル24個でトップになります。

その場合、グラフを抜いて史上最強女子プレーヤーはセレナ・ウイリアムズにさせていただければと思います。

かなり独断と偏見がありましたが、いかがでしたでしょうか。

現在9位のセレナ・ウイリアムズの巻き返し、10位の大坂なおみの成長、1位のバーティはどうなっていくのか、

今後の女子プレーヤーの活躍に注目です。

>>>その他GEEK通信の記事はこちら