※2023年9月撮影

トップ画像は「京王八王子駅」からほど近い八王子最古の神社「子安神社」。鳥居の脇に掲示してあった「由緒(いわれ)」には次の様に記されています。

「当社は元・子安明神と称し遠く奈良時代の天平宝字三年(759年)橘右近少輔なる者が、皇后御安産祈願の為に創建されたと伝えられ、以来安産子育て、縁結びの神として崇められ、氏子である子安、明神の両町名も当社の加護を願ってつけられ、その昔源義家が奥州下向の折、戦勝を願って当社に欅十八本を船形に植樹された事からこの神苑を船森と称し、近くは代々の徳川将軍家より朱印地六石の寄進を受け、明治初年に子安神社と改称し、政府より郷社の社格を受けました。古来安産祈願のため底抜け柄杓を納める習わしがあります。」

子安神社のサイトもご覧ください。

さっそく境内にお邪魔します。左に神楽殿。

※2023年9月撮影

手水舎で神様にご挨拶する前に手と口を浄めます。

※2023年9月撮影

まずは子安神社にお詣りします。明治30年(1897年)の八王子大火で社殿は焼失。社殿は再建されましたが第二次世界大戦の空襲で再び焼失。現在の社殿は昭和39年(1964年)に創建されたものです。

御祭神は「木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)」。

※2023年9月撮影

筆者も子安神社のサイトを拝見しています。

「木花開耶姫命」は安産育児子授けの神様。筆者は「海幸彦」「山幸彦」のお母さんとして親しみを感じてしまいます。また富士山信仰の浅間神社の御祭神でもあります。

「子安神社」の左手前に「橘社」。

※2023年9月撮影

御祭神は「橘右京少輔命(たちばなうきょうしょうゆうのみこと)」。「子安神社」を創建した橘右京少輔の功績を称える社。創造・学門の神として祀られています。

「子安神社」の右手前に「神水殿」があって「木花開耶姫命」の銅像が祭られています。

※2023年9月撮影

像の前には「安産祈願・御礼」を祈るご神水が湧いています。

東側に「ご神池」があります。「八王子市水循環部水環境整備課」の「子安神社(明神町)の湧水」案内板があります。

※2023年9月撮影

内容は以下です。

「子安神社の湧水は「大明神の池」と呼ばれ、常に豊富な水を湛え、涼を求める人達の憩いの場として大切にされてきました。

八王子市が誕生した大正6年頃の明神町は、浅川まで見渡せる田園風景が広がり、子安神社の湧水が流れ出た小川には水車が廻り、撚糸や精米に利用されていました。

この付近は湧水が豊富で、水を利用する施設としてかつては織物工場や織染学校、繊維試験場が立地し、八王子織物の礎を築きました。※この水は飲めません」

以下「八王子湧水めぐり」が続きますが略します。

苔の美しい「ご神池」。

※2023年9月撮影

「ご神池」の脇に「厳島神社」が祀られています。

※2023年9月撮影

御祭神は「市杵嶋姫命」。神社のサイトには以下の様に書かれています。

「いつ頃鎮座されたのかは定かではありませんが、『新編 武蔵国風土記』に記述があることから、古くから信仰されている神社であることが伺えます。御祭神の市杵嶋姫命は子守りの神として知られていますが、仏教において弁財天とされていることもあり、芸術の神としての側面もあります。9月に行われる例祭では鰻を神池に放流し、私たちの命を支える食生活に提供される生き物の霊魂を慰めます。」

「ご神池」には大きな鯉がいます。「鯉のエサ(有料)」もあります。

※2023年9月撮影

「ご神池」の前に「祖霊社」。

※2023年9月撮影

神社功労者及び氏子崇敬者家族の戦争犠牲者が祀られています。彼岸の中日である9月の例祭日には、御霊鎮めの神楽舞が奉納されます。

次回も「子安神社」境内を巡ります。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などは京王電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

・『京王ハンドブック2022』(京王電鉄株式会社広報部/2022)

・京王グループホームページ「京王電鉄50年史」他

下記の2冊は主に古い写真など「時代の空気感」を参考にいたしました

・『京王電鉄昭和〜平成の記録』(辻良樹/アルファベータブックス/2023)

・『京王線 井の頭線 街と駅の1世紀』(矢嶋秀一/アルファベータブックス/2016)