作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMの音楽番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00〜19:55)。

1月10日(月・祝 13:00〜14:55 )は、特別番組として「村上RADIO 成人の日スペシャル〜スタン・ゲッツ 音楽を生きる〜」を放送しました。

天才的ジャズテナーサックス奏者スタン・ゲッツを愛聴し、評伝『スタン・ゲッツ 音楽を生きる』の翻訳も手掛けた村上さんが、2021年11月に早稲田大学国際文学館(通称:村上春樹ライブラリー)でおこなった朗読イベント「Authors Alive! 〜作家に会おう〜」の模様をオンエア。イベントでレコードをかけながら語ったスタン・ゲッツの波乱の人生と美しい音楽を2時間の特別番組でお送りしました。番組では、評伝の一部を朗読する貴重な音源も! 今回は2時間にわたる特別番組の内容を「6回」にわけて配信します(本記事は【#1】)。


こんにちは、村上春樹です。
「村上RADIO 成人の日スペシャル〜スタン・ゲッツ 音楽を生きる〜」
今日は早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)のオーディオ・ルームで開いたレコード・コンサートの模様をお届けします。

スタン・ゲッツは10代の頃から、僕が最も愛好して聴き続けてきたジャズ・ミュージシャンです。今回、「早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)」のオーディオ・ルームで、レコード・コンサートを開こうということになり、じゃあ第1回目に何をやるかっていうと、それはやはりゲッツ特集しかないですよね。
ということで、家からLPレコードをまとめて持ってきて、それをかけながらオーディエンスの前で、スタン・ゲッツについて2時間ばかり語りました。こんな風にみんなで集まって音楽をじっくり聴く機会ってなかなかありませんから、やっていてとても楽しかったです。今回、TOKYO FMでこのときの録音を番組として放送できることになりました。

今日は「成人の日」、特別番組です。
もう大人になった方、まだ大人になりきれない方のために、ジャズをたっぷりかけます。みなさんにも楽しんでいただければと思います。
そして、もしよかったら、もしできることなら、僕と同じようにスタン・ゲッツのファンになってください。



(会場の拍手で、レコード・コンサートが始まる)

僕は2年ぐらい前に、スタン・ゲッツの伝記である『スタン・ゲッツ 音楽を生きる』(ドナルド・L・マギン著 2019年8月刊)という本を翻訳しまして、新潮社から出版しました。これ、すごく面白い伝記なんです。これが原書(Stan Getz:A Life in Jazz by Donald L. Maggin)ですが、今日はここからいくつか引用しながら、スタン・ゲッツの音楽と人生を辿ろうと思います。
まずこの本の序文から、スタン・ゲッツの発言を引用します。1978年に彼が語った言葉です。

「ぼくの人生とは音楽だ。何かしら捉えどころのない、神秘的な、無意識的なやり方で、ぼくはいつも自分の内部にある張りつめたバネによって、宙にはじき飛ばされ、おおむね強制的に音楽の完璧さに到達させられてきた。でもそれと引き換えにしばしば――ほとんどの場合ということだけど――人生の他のすべてのものを犠牲にすることになった」(同書p9)

本当にスタン・ゲッツの人生っていうのは犠牲の上に成り立っています。自分の人生をめちゃくちゃにするんだけど、音楽は本当にどんどん美しくなっていくんですね。

(BGMがかかる)

スタン・ゲッツは1927年にアメリカのフィラデルフィアに生まれました。両親はどちらもウクライナから逃れてきたユダヤ人移民です。スタン・ゲッツが生まれたのは1927年ですが、1929年に世界恐慌が起こります。アメリカは経済的にどん底になって、ゲッツ一家は非常に貧しい生活を送ります。お父さんがあんまり生活力のない人で、彼は本当に苦労して少年時代を送ります。一家が住んでいたのはイースト・ブロンクスのほとんど貧民街に近いような地区で、麻薬や暴力がはびこっている所でした。
でも、スタン少年は楽器を演奏することに頭がいっぱいだったんです。小さいときから楽器が好きでしようがなかった。最初はハーモニカを独学でマスターして、それから中学校に入ってスクールバンドでベースを習得します。どうしてもサックスを手に入れたかったんだけど、お金がなくて苦労します。でも、やがて念願のサックスを中古で手に入れます。いったんサキソフォーンを手にすると、彼の腕はめきめき上達して、高校に入った15、6歳で、すぐにプロになっちゃったんですね。なぜかというと、彼にはいくつかの特別な才能がありました。ひとつは、オーボエからクラリネット、アルトサックス、バリトンサックスまで、リード楽器は何でも吹けてしまう。そのうえ歌心があって音感がいいからスルスル吹ける。もうひとつは写真能力です。写真能力というのは、楽譜をぱっと見て、初見で暗記してしまうんですね。そんなことをできるのかと思うんだけど、できちゃうんです。だからどこのバンドに行っても彼は重宝されました。

彼は15歳の時に「ジャック・ティーガーデン」という超一流バンドに引き抜かれて、レギュラーのサキソフォーン奏者になります。なんで15歳で一流バンドのレギュラーになれたかというと、ちょうどそのとき第二次大戦が起こって、楽団員が徴兵されてしまったんですね。だから楽団も何か歯が抜けたみたいな感じになって、メンバーが足りない。スタン・ゲッツは、もう15歳でも何でもいいからやってくれっていう感じで雇われます。家は貧乏だけど、親はもちろん学校に行かせたい。だけど、彼が稼いでくるお金はお父さんよりずっと多いので、もういいやっていう感じで、親はしょうがなくて働かせました。

実際、ティーガーデン楽団は演奏旅行でアメリカ中をまわるので、とてもじゃないけど学校で教育なんか受けてる暇はなかった。それ以来、彼はいろいろなバンドを渡り歩きますけど、最後にウディ・ハーマンというビッグバンド(*当時のウディー・ハーマン楽団は、スタン・ケントン楽団と並んで、最も人気のある白人ジャズバンド)に在籍しているときにヒット曲を飛ばします。ラルフ・バーンズが作曲した「Early Autumn(初秋)」。とても美しい曲です。最初にバンドマスターであるウディ・ハーマンのアルトサックスのソロが入って、それからテリー・ギブスのバイブのソロが入ります。この2つは話題にはならなかったのですが、後半に出てくるスタン・ゲッツの長いソロがものすごく評判になり、それで彼は一躍名を上げます。
すごく美しい曲なので、聴いてみてください。「Early Autumn(初秋)」

◆Woody Herman「Early Autumn」

これは1948年12月30日の録音で、たまたまですけど僕が産まれる2週間前の録音なんです。ゲッツはこの演奏のとき22歳です。彼は15歳でハイスクールを中退しちゃったわけだけど、ビッグバンドが彼の学校になったわけですね。

でも、そこには非常に暗い側面もありました。というのは、その当時のビッグバンドは、ワンナイターという、ひと晩演奏したら別の街に行って、また演奏してっていう状態でした。ずっとバスに乗ってアメリカ全国をまわってますから、もうくたくたになっちゃうんです。だからどうしてもお酒とか麻薬とかに手を出します。スタン・ゲッツはまだ15、6歳でしたけど、すぐにそれを覚えちゃうんですよね。悪い先輩がいて、必ず手ほどきするわけですが、まだ15、6歳だから中毒(addiction)になりやすいんです。いったんなっちゃうと抜けない。だから彼は、生涯、お酒とヘロインの中毒に苦しむことになります。

彼は1949年3月にハーマン楽団を退団してフリーランスのミュージシャンになります。でも彼はそのときにはもうすでに自分のはっきりしたスタイルを身につけています。彼はレスター・ヤングを尊敬していて、レスター・ヤングのスタイルを真似するんだけど、レスター・ヤングにはない非常に若々しい音と優れたリズム感覚が彼の持ち味になります。
でもメロディーの美しさ、メロディーを歌う美しさっていうのはレスター・ヤングから学んでいますね。

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聴取期限:2022年1月18日(月)AM 4:59 まで

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<番組概要>
番組名:村上RADIO 成人の日スペシャル 〜スタン・ゲッツ 音楽を生きる〜
放送日時:1月10日(月・祝)13:00〜14:55
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/