作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMの音楽番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00〜19:55)。

1月10日(月・祝 13:00〜14:55 )は、特別番組として「村上RADIO 成人の日スペシャル〜スタン・ゲッツ 音楽を生きる〜」を放送しました。

天才的ジャズテナーサックス奏者スタン・ゲッツを愛聴し、評伝『スタン・ゲッツ 音楽を生きる』の翻訳も手掛けた村上さんが、2021年11月に早稲田大学国際文学館(通称:村上春樹ライブラリー)でおこなった朗読イベント「Authors Alive! 〜作家に会おう〜」の模様をオンエア。イベントでレコードをかけながら語ったスタン・ゲッツの波乱の人生と美しい音楽を2時間の特別番組でお送りしました。番組では、評伝の一部を朗読する貴重な音源も! 今回は2時間にわたる特別番組の内容を「6回」にわけて配信します(本記事は【#3】)。


◆「These Foolish Things」

ゲッツはルーストから何枚かレコードを出すんだけど、とても小さいレーベルで販売網も狭いんです。だから内容的には評価されるんだけど、あまりレコードが売れないんですね。彼はそれが不満でした。そのときちょうど「ヴァーヴ・レコード」(Verve Records)社長のノーマン・グランツから「うちに移籍して来ないか」という話を持ちかけられます。

Verveというのは全国的な販売網を持つ大きい会社で、資金も潤沢ですし、専属ミュージシャンも多いし、JATP(Jazz At The Philharmonic)っていう連続コンサートシリーズを持っていました。グランツは、かなりの商売上手なんです。そのコンサートのギャラも見込めるしというので、スタン・ゲッツは喜んで馬を乗り換えます。

新しいバンドを引き連れてヴァーヴ・レコードに入って録音するんですけど、それが最初の「Stan Getz Plays」。いいジャケットですよね、これね。息子のスティーヴという幼い子どもと一緒に写ってるんですけど、(ジャケットの表に)文字はひとつも書いてないんですよね。ノーマン・グランツというのはこういうデザイン面でも非常にセンスのいい人で、とっても素敵なジャケットです。ギターのジミー・レイニーも入ってます。それからピアノがデューク・ジョーダン、ベースがビル・クロウ。僕が訳したジャズの本の著者です。それから、ドラムスがフランク・イソラ。

このレコードはバラードが中心になっています。スタン・ゲッツのバラードプレーは本当にここでは見事です。まるで蚕(かいこ)が絹糸をはくように、音を紡いでいきます。本当に美しいです。

でも、このセッションを最後にジミー・レイニーはこのバンドを去ります。というのは、ジミー・レイニーは麻薬を一切やらない非常にクリーンな生活を送っていた人で、スタン・ゲッツが麻薬に溺れてボロボロになっていく姿を見るに耐えられなくなって、去っていくんです。スタン・ゲッツはすごくショックを受けるんですけど、それで麻薬をやめるかと言ったらやめないんですよね。もう麻薬やめたいと思ってもやめられる体じゃなくなってしまっていました。それ以来、ゲッツのバンドは人が来ては去っていくという、回転ドア状態になって落ち着かない生活を送ります。

ただ、これらのレコードはLPで出てるんですけど、1曲3分ちょっとぐらいで短いんです。なぜかというと、この頃はSPとEPとLPっていう3種類出していました。SPっていうのは3分以上は録音できないので、録音時間が短くなっています。その代わり、その短い間に凝縮されたプレーというのは聴きごたえあります。
それでは美しいバラード「These Foolish Things」を聴いてください。
見事な3分間芸術ですよね。本当に凝縮された無駄のない美しい演奏です。

スタン・ゲッツはすごく音楽が素晴らしくて、ハンサムでモテまくります。当時、人気絶頂だったエヴァ・ガードナーって女優がいまして、彼女がスタン・ゲッツに夢中だったんですね。ライブをやってると聴きに来て、モーションかけまくるんだけど、スタン・ゲッツは演奏が終わるとヘロインを買いに行かなくちゃいけないから、それどころじゃないというか、なんか本当にそういう人だったみたいですね。

僕はこのバンドでベースを弾いていたビル・クロウさんという人の本を2冊訳してまして、それが「From Birdland to Broadway」(『さよならバードランド あるジャズ・ミュージシャンの回想』)。『ジャズ・アネクドーツ』という作品もあります。彼はなかなか文章が上手い人で、ニューヨークの近くの彼の家に行ってインタビューさせてもらったことがあります。1時間か2時間、一緒に庭でビール飲みながらインタビューしました。

彼はゲッツの麻薬癖にはかなり苦労(クロウ)したみたいで、シャレじゃないですけど、ゲッツのヘロインの過剰摂取で何度も死にかけて、それを介抱して生き返らせたりしたということです。ビル・クロウさんもスタン・ゲッツのことはあまり話したくないという感じで、僕が質問しても答えてくれないんです。でも結局、彼が言いたかったのは、「我慢ならないやつだけど音楽は本当に素晴らしかった」ということですね。

ゲッツは1953年に麻薬所持で逮捕されます。おまけに麻薬欲しさに狂言強盗まで働いて、裁判にかけられて6ヵ月の服役を宣告されます。実際に刑務所に6ヵ月入ってたんですけど、そこで15歳にして麻薬と酒を覚えてからはじめて6ヵ月間シラフの生活を送るんです。普通ならそこでもう麻薬を絶とうと思いますよね。でも、そうは思わないのがスタン・ゲッツです。評伝から引用します。

「刑務所でスタンにわかったのは、素面でいると、ほとんど耐え難いほどの痛みを伴う精神的落ち込みに自分が襲われるということだった。釈放された彼はその苦しみの手早い中断を求めた。そして自分にとってのお馴染みの世界に戻っていった。ヘロインあるいはアルコールによる麻痺状態だ。」(ドナルド・L・マギン『スタン・ゲッツ 音楽を生きる』p210)

彼は巧妙に警察に見つからないように麻薬を打つコツを覚えます。それに加えて酒びたりになります。その結果、激しいうつに悩まされることになり、家庭内暴力が生まれます。奥さんも麻薬中毒になってしまう。引きずり込んじゃうんです。3人の幼い子どもがいるんだけど、家庭は無茶苦茶になっていきます。

でも、そういうデタラメな私生活にもかかわらず、彼の音楽はどんどん深まっていきます。どんどん美しくなっていくんです。これは本当にスタン・ゲッツという人の不思議なところで、音楽が独立生命体みたいに彼らのなかにある。宿主がどんなデタラメやろうが、むちゃくちゃなことになろうが、音楽はそれ自体の意志を持って進化していくんです。これがスタン・ゲッツのすごいところです。本人にとってはきついと思うんだけど、何者にも音楽の動きを止めることができないんですね。

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<番組概要>
番組名:村上RADIO 成人の日スペシャル 〜スタン・ゲッツ 音楽を生きる〜
放送日時:1月10日(月・祝)13:00〜14:55
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/