プロゴルファーの丸山茂樹がパーソナリティをつとめるTOKYO FMの番組「NECネッツエスアイ presents 丸山茂樹 MOVING SATURDAY」。5月29日(土)の放送は、タレントのユージさんをゲストに迎え、お届けしました。


ユージさん(左)とパーソナリティの丸山茂樹



◆TOKYO FMの朝の顔として活躍中!

丸山:ユージくんは、同じTOKYO FMの番組「ONE MORNING」で朝の顔として、毎日?

ユージ:そうです、月曜日から金曜日まで朝6〜9時の3時間生放送でやっています。

丸山:すごいよね! 大変でしょ!?

ユージ:パートナーというか、一緒にパーソナリティをつとめている(フリーアナウンサーの)吉田明世さんもいてチームワークでやっているので、意外とそこは(大丈夫で)。どちらかというと、早さが大変です。

丸山:朝のワイド番組というのは、いろいろな情報を取り上げているの?

ユージ:朝6時に放送が始まったら、まず新聞の一面のどれかをピックアップして、それについて話をしているので、ハッピーなニュースもあれば、ハッピーじゃないようなニュースとも向き合わなければいけない。

丸山:生放送だし、言葉選びとか大変だよね。この番組は収録だから何言っても大丈夫ですから(笑)。今回はユージくんのライフストーリーを聞きたいなと。ユージくんは、1987年アメリカのフロリダ州生まれで33歳。若いね〜! 何歳までいたの?

ユージ:マイアミ出身なんですけど、5歳までいました。そこから日本に来たんですけど、小学3年生まではインターナショナルスクールに通っていたので、8歳ぐらいまで英語だけの生活で、日本語が一切しゃべれなかったんですよ。

丸山:そこから日本語を覚えたの?

ユージ:はい、小学3年生から普通の学校に転校することになって、そのときはすごく大変でした。

丸山:じゃあ、何言っているかもわからない?

ユージ:まったくわからなかったです。

丸山:英語は今も大丈夫なの?

ユージ:はい、大丈夫です。

丸山:そこから先はどうやって勉強していったの?

ユージ:映画などを観るときも英語でしたし、父親は英語しかしゃべれないので父親とのコミュニケーションは英語。母親は日本人なんですけど、英語がペラペラなので、意外と英語は抜けなかったですね。

丸山:8歳まで英語だったら、もう発音も完璧だろうからね。

ユージ:そうですね。だから完璧だと思われがちなんですけど、言葉選びがけっこう5歳児のままです(苦笑)。

丸山:なるほど(笑)。

ユージ:でも意外とやっていけています。5歳児でも言葉をしゃべるのは上手じゃないですか。(英語は)そのぐらいの感じなので、ペラペラなんですけど、よく聞くと“文法が変だな!?”みたいな。

丸山:そうなんだ。

ユージ:「ONE MORNING」では、カッコつけて英語の発音でいっぱい言っているんですけど、英語しか話せない人が来たときには(急に)片言になるかもしれないです(苦笑)。

◆芸能界入りのきっかけ

丸山:そんなユージくんは、15歳のときに芸能界入りと。きっかけは?

ユージ:母親が日本でモデル活動をしていて、アメリカにいたときからしていたんですけど。僕が中学生の頃、母親がモデルの仕事で子ども役が必要になったらしくて。それで「誰か、いい子ども役はいない?」という話になったときに、「うちの子どもじゃダメですか?」と。なので、そのとき母親の子ども役として出たのが始まりなんですよ。

丸山:なるほど。

ユージ:ですから、正確には中学1年生のときからですね。目立ちたがり屋だったので、「僕もやる」となって。

丸山:じゃあ、すんなりといって入り口の苦労はなかったんだね。
ユージ:入り口の苦労はなかったんですけど、その後はいろいろとありました。当時は友達と遊びたい気持ちが勝っちゃって、19〜20歳ぐらいまではほとんど仕事がなかったです。

丸山:そうなんだ!?

ユージ:最初にインターナショナルスクールの話をしたので、意外と勘違いされる方が多いかもしれないですけど、どちらかというと、文化はめちゃめちゃ日本で。上下関係バリバリの地元でしたし、友達との結束も強かったですね。

◆父親の背中を見て…抱いた憧れが転機に

丸山:自分が生まれた故郷が見てみたいという思いはあった?

ユージ:ありました。父親と5歳のときから会えていなかったので、いつか“アメリカに行きたい”と思っていて。行けたのが19歳のときでした。日本の地元に閉じこもっていて“自分はこのままでいいのかな?”と思って、アメリカに行って父親と再会したんです。それから1年間、父親と一緒にロサンゼルスで暮らしました。

丸山:そうなの!? アメリカでゴルフは?

ユージ:父親がゴルフ好きで、当時40代だったんですけど「50歳からのシニアプロを目指す」と言っていたほどで。

丸山:そんなに上手いの!?

ユージ:はい。父親はアメリカンフットボールをやっていましたし、ずっと趣味でゴルフをやっていたので。父親は、身長が2mあるんですよ。だからうちの家族はデカくて。

丸山:えっ!?

ユージ:僕は185cmなんですけど、ちなみに(身長は)おばあちゃんと一緒です。

丸山:嘘でしょ!?

ユージ:アメリカのほうの家系はみんな大きいんですよ。父親の弟は2m15cmでバスケットボールの選手だったんですよ。だから、アスリート家系なんですよ。

丸山:へぇ〜、ポテンシャル抜群だね!

ユージ:アメリカにいたときは、父親に連れられてずっとゴルフをやっていました。

丸山:じゃあ、その影響でゴルフを覚えたんだね。

ユージ:本格的にやったのは19歳からですね。

丸山:(日本では)大工の見習いもやっていたんでしょ?

ユージ:はい、10代の頃に。

丸山:経験豊富だね(笑)。

ユージ:芸能界入りは早かったんですけど、友達優先で全然仕事もなくてお金がほしかったので、友達が働いていた建築関係のところでアルバイトをしつつ。

丸山:芸能界でやっていけそうだなと思ったのは、何歳ぐらい?

ユージ:20歳の誕生日でしたね。実はこれも父親の影響なんです。

丸山:そうなの!?

ユージ:父親が俳優だったので、(ロサンゼルスに住んでいたときに)初めて父親の背中を見たんですよ。僕が10代の頃、“全然仕事はなかったけど、母親の子ども役としてその世界をかじっていたことがあったな”って。父親の背中を見たときに、“父親の背中を追いかけて、いつか共演してみたい!”という夢ができて。

丸山:うん。

ユージ:それで“俳優をやりたい”と思って、日本に帰ったのが、20歳の誕生日で9月9日だったんです。母親に、「ちゃんと本格的に芸能活動をやりたい」と伝えて、今の事務所に「もう一度、やらせてください!」と頭を下げて。

丸山:なるほど。

ユージ:10代の頃は、オーディションを入れてもらっても(友達優先で)行かずに落ちて、迷惑をかけて事務所からも見放されていたので。事務所に頭を下げて、もう一度背中を押してもらえることになって、そこからですね。

丸山:そこからはすごいよね。急ピッチでいろいろなこと展開していったでしょ!? 芸能活動を頑張って、3児のパパになってベスト・ファーザー イエローリボン賞も受賞して。

ユージ:いやらしい話なっちゃうんですけど、芸能界史上最年少での受賞ということで(笑)。

丸山:これは放り込んできたね(笑)。

ユージ:イクメン オブ ザイヤーと同年W受賞です! いまだに抜かれておりません(笑)。

丸山:決断したら(行動が)速いよね。

ユージ:後先考えていないだけです(苦笑)。

次回6月5日(土)の放送も、引き続きユージさんをゲストに迎え、お届けします。どうぞお楽しみに!

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聴取期限 2021年6月6日(日) AM 4:59 まで
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<番組概要>
番組名:NECネッツエスアイ presents 丸山茂樹 MOVING SATURDAY
放送日時:毎週土曜 7:00〜7:25
パーソナリティ:丸山茂樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/moving/