2020年、新たな年代が幕を開ける。ここで改めて、各チームの過去10年間の戦績を通信簿形式で評価してみたい(通信簿は「よくできました」「まずまずです」「可もなし不可もなし」「がんばりましょう」の4段階)。今回は、球界最強軍団の名を欲しいままにするソフトバンクの軌跡を振り返ってみよう。

■2010年代通算成績
807勝577敗51分(勝率.583)/パ・リーグ1位(12球団1位)
日本一:6回 リーグ優勝:5回 CS進出:9回

通信簿:よくできました

 10年代だけで日本一6回、負け越しは一度もなく、勝率.583も12球団1位。17年などは、154試合制だった1956年以来の94勝という圧巻の強さだった。

 桁違いの資金力がその強さを支えているのは言うまでもない。10〜13年の4年だけでFA選手を6人も獲得し、11年に加入した内川聖一は、打率.338で史上2人目の両リーグでの首位打者となった。FA移籍にはカウントされていないけれども、岡島秀樹に五十嵐亮太、16年に5年ぶりに復帰した和田毅ら、メジャー帰りの日本人選手も多数加入させている。
  それ以上に目立つのが、他球団で実績を残した外国人選手を、大金を提示して引っ張ってくるケースだ。11年にオリックスから獲得したアレックス・カブレラこそ期待外れに終わったものの、14年はサファテ(←西武)、スタンリッジ(←阪神)、ウルフ(←日本ハム)、李大浩(←オリックス)をまとめて手に入れた。このスタンリッジは2年連続2ケタ勝利、李は15年に31本塁打、98打点。そしてサファテは15年から3年連続最多セーブ、17年には日本新記録となる54セーブを稼いでMVPに選ばれた。その17年は、ロッテから引き抜いたデスパイネも35本塁打、103打点で二冠王になっている。他球団のファンが“金満野球”と揶揄するのも無理からぬところだ。

 しかし、ホークスが金の力だけで勝っていると決めつけるのは単純に過ぎる。11年から他球団に先駆けて三軍制度を導入し、乱獲と思えるほどの数の育成選手を保有。16年にはファーム施設「HAWKSベースボールパーク筑後」が完成し、最新の科学的トレーニングを取り入れて徹底的に鍛え上げている。19年にはMLBのドラフトで1巡目指名されたスチュワートJr.と7年契約を結び、日米で大きな話題を呼んだ。
  こうした育成力の見本と言えるのが、今や侍ジャパンにも選出されるまでに成長した2人の育成枠出身選手だ。18年の日本シリーズで盗塁を刺しまくり、MVPに選ばれた甲斐拓也。そして19年に最多奪三振、チーム76年ぶりのノーヒット・ノーランを達成した千賀滉大である。彼ら以外にも石川柊太、大竹耕太郎、牧原大成、周東佑京ら、育成上がりで貴重な戦力になっている選手が何人もいる。

 10年代後半のホークスを牽引した柳田悠岐も、10年のドラフト2位で入団した当時はそこまで評価の高い選手ではなかった。だが14年からレギュラーに完全に定着すると、15年は打率.363、出塁率.469、長打率.631の3部門を制してMVPを受賞。以後18年まで4年続けて出塁率と長打率は1位で、球界最高の選手の一人と見なされるまで成長を遂げた。資金力と育成力、将来を見通す確かなビジョンが合わさって黄金時代が形成されたのだ。
  18・19年はサファテや中村晃、柳田らが故障に倒れたこともあり、レギュラーシーズンでは西武の後塵を拝した。それでもクライマックスシリーズでひっくり返すと、日本シリーズでも18年は広島、19年は巨人を撃破。これで11年の中日に始まり、14年阪神、15年ヤクルト、17年DeNAと合わせ、10年代だけでセ・リーグ6球団すべてを倒したことになった。

 孫正義オーナーは常々「巨人のV9を超えるV10」を目標に掲げている。現実的には難しいかもしれないが、そのくらい壮大な目標を叶えるための努力は怠っていない。勝利のための投資は惜しまないその姿勢は、プロ野球チームの本来あるべき姿を体現していると言ってもいいだろう。

文●出野哲也

【著者プロフィール】
いでの・てつや。1970年生まれ。『スラッガー』で「ダークサイドMLB――“裏歴史の主人公たち”」を連載中。NBA専門誌『ダンクシュート』にも寄稿。著書に『プロ野球 埋もれたMVPを発掘する本』『メジャー・リーグ球団史』(いずれも言視舎)。

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