テニスをなんとか再開できないだろうか? ドメスティックな大会を作れないだろうか――?
 
 コロナ禍により男女のテニスツアーが停止する中で、そのような思いを抱いた人は、日本国内にも決して少なくない数がいたはずだ。ただ誰もが願いながらも、手段を持たず歯がゆさを覚えるなかで、兵庫県に住む2人の人物のビジョンが交錯した時、願いは輪郭を伴い実現に向けて走りはじめた。

 彼がラケットを手にしたのは、15歳の時だった。幼少期に患った病の後遺症のため、激しいスポーツを禁じられていたがゆえの、遅いテニスとの出会い。ただその遅れた邂逅が、テニスへの熱を急激に高めもした。

 来る日も来る日もコートに向かう息子に、父親は「これだけやっても全国大会に行けないなら、やめなさい」と進言するが、結局彼は大学進学後も、自宅に近いアカデミー“テニスラボ”に通い始め一層テニスにのめり込む。

 同世代には中村藍子や近藤大生ら、世界を転戦するトッププロたちもいた。その猛者揃いの環境で腕を磨き、自らも世界を目指したが、21歳の時に参戦したニュージーランドのフューチャーズ予選で完敗を喫した時、本人曰く「すっぱり見切りをつけた」。以降の彼は、ビジネスの世界でトップを目指す。
  住宅設備機器・建築資材を商うサンワカンパニーの山根太郎社長は、このようにテニスと歩んできた。仕事に没頭しコートから離れた時期もあったが、上海駐在時代にテニスを介して地元コミュニティに溶け込み、改めて「テニスは自分の人生を形成する、重要な要素だったんだ」と実感する。

 そのテニスに、何か恩返ししたい――。

 常にそう思いながらも、公に行なう機はなかなかなかった中で、今回のコロナ禍でテニス界や選手が置かれた状況に心を痛める。「テニスラボの選手たちは、練習をできているのか? 海外では、ローカルな規模でテニス大会を開催している所もあるようだが、日本でその動きはないのだろうか?」緊急事態宣言が発令された4月中旬、彼はかつての“ホームコート”であるテニスラボに連絡を入れていた。

 テニスラボ所属の選手や指導者陣を率いながら、竹内映二コーチは葛藤を抱いていたという。

 選手やテニス界そのもののためにも、国内でドメスティックな大会を開きたい。だが、人の行き来が制限され集団感染が心配される現状で、果たしてそれが正しい判断なのだろうか――?

 ならばまずは、感染リスクを抑えテニスが再開できないかと、USTA(全米テニス協会)をはじめ、国内外の防疫ガイドラインや資料を読み漁った。だがそうしている間にも、愛好家たちの間でも楽観派と憂慮派の二極化が進んでいる。住んでいるエリアや環境によっても、危機感や対策はまちまちだ。
  ただテニスは人との接触は避けられるし、ソーシャル・ディスタンスを保ちながらプレーができる。重要なのは、「皆が安心してテニスができる、統一のガイドライン」の確立。それに沿い対策を徹底すれば、試合や大会も出来るのではないだろうか?

 そのような理念を抱いていたまさにその頃、かつての教え子でもある山根氏から「選手たちは練習ができているんですか? ドメスティックな大会を開くような動きは、国内ではないんですか?」と連絡が入る。

 かくして、理念と実行力が重なったこの時から、国内プロ選手全てに門戸が開かれた非公式の賞金大会『BEAT COVID-19オープン』が始動した。


 大会を開催するにあたり、山根氏には当初から抱いていたビジョンがいくつかあった。そのうちの1つが、クラウドファンディング。

「日本にいるテニスファンの方に、『自分も一緒に作った大会だ』という当事者意識を感じて欲しい。だからこの大会は、運営経費から賞金まで、全額クラウドファンディングにしています。支援して頂くことで、自分も貢献したと少しでも多くの人に思って欲しいと思いんです」。山根氏が、声に力を込める。
  さらに完全オープンエントリーとすることで、1人でも多くの選手や関係者に関心を抱いてもらうことも重視した。最終的に出場するのは、エントリー選手中JTAランキング男女上位7〜8名と、主催者推薦枠の男女2〜3名。我こそはと名乗りを上げる選手が参戦すれば、自ずと大会のレベルも上がる。無観客ではあるが、それらの試合をインターネットかテレビで放送し、ファンに届けることで、イベントとして一つの成功例を示したいとの思いが山根氏にはあった。

 一方で、運営委員長を務める竹内が心を砕くのが、選手の安全面の確保である。愛好家の間でも防疫意識の二極化が進み、基準も曖昧なこのままでは、緊急事態宣言が開けても全国的にテニスを再開するのは難しいのではないか――?

 そのような危惧を抱いていた竹内は、ならば自分たちで指針を作ろうと思い立つ。そこで、行政のガイドラインに世界中の感染対策を折り込み、選手やコーチたちとも意見を闊達に交わし生み出したのが、「新しい生活様式に沿ったテニスの新しいプレーガイドライン」をうたう、『Stay safe, Play tennis』

 今回の大会もそのガイドラインに沿うと共に、「コロナ対策ディレクター」を置き、医師や専門家からの助言を得ながら感染防止対策を徹底する決意だ。
  2カ月以上実戦から離れている選手たちにとって、このような新規イベントが大きなモチベーションになるのは間違いない。すでにエントリーしている日比野菜緒は、「試合ができて賞金が貰えることももちろんですが、テニス選手のために何かをしたいと思ってくれる人がいることが、幸せだと思いました」という。

 同じく出場を表明する加藤未唯も、「こんな状況の中で、大会を作ってくれる方がいることはありがたい。コーチたちが、そこまでして私たちにモチベーションを取り戻させようとしてくれていることも、うれしく感じます」と謝意を口にした。

 そして2人が声を揃えたのが、「ファンの方たちに良いプレーを見せたい」との思い。クラウドファンディングというシステムも、モチベーションを高める要因になっている。

 2018年全日本選手権優勝者の清水綾乃も、エントリー表明者の1人。彼女の場合、拠点とする群馬県から兵庫への“遠征”となるため、現状では不安が全くない訳ではないという。それでも試合への渇望と、クラウドファンディングという新しい試みへの「ワクワク」は、何にも勝り大きかった。全選手へのPCR検査など、徹底した感染対策を講ずる運営側への信頼も、出場を決めた要因だという。
  今回の大会は、感染対策などの面で「相当厳しい枠組みの中でやることになる(竹内)」のは間違いない。その上で山根氏と竹内の両氏は、「必ず成功させたい」との強い決意を共有する。それは単に今大会やテニスに留まらず、同じ志を抱く全てのスポーツ関係者たちに希望を与え、新たな興行モデルを示すため。

 長く停止したテニスおよびスポーツ界が、一つの歯車が回ることにより、動き始めることを願って。

■BEATCOVID-19オープン■
2020年7月1日(水)〜3日(金)
ブルボンビーンズドーム(〒673–0703 兵庫県三木市志染町三津田1708)
男女シングルス(男女各10名)
・エントリーした選手の中でJTAランキング上位から男女7〜8名
・上記の他、WC枠として男女2〜3名
1)予選は各リーグ5名によるラウンドロビン方式
2)決勝トーナメントは上位1位2位によるトーナメント方式
3)ショートセット(4ゲームマッチ)の3セットマッチ決勝戦のみ3セットマッチ
4)試合は主審のみ。主審が全てのジャッジを行なう。
総額1,000万〜2,000万円※クラウドファンディングにて集まった額に応じて決定
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文●内田暁

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