2020年6月6日は、本来ならフランスの地、ローランギャロスで全仏オープン女子決勝が行なわれているところだが、新型コロナウイルスの影響で延期の予定になっている。そこで、今回は全仏オープンの記憶に残る女子決勝の記事を掲載する。1989年のアランチャ・サンチェス対グラフの決勝である。

   ◆   ◆   ◆

 過去グラフに対して3戦3敗、そのいずれもがストレート負け。しかし、長兄エミリオ・次兄ハピエルとともに「サンチェス3兄弟」としてプロテニス界にその名を馳せるアランチャ・サンチェスは、決勝を前にこう言い放った。

「失うものは何もない。彼女は世界ナンバー1だもの。でも、勝てると思えば絶対に勝てる。前向きに考えなくっちゃ」

 全仏では2年連続ベスト8。88年は3回戦でエバートの16年連続ベスト4以上の野望を阻んでいる。だからといって、他の選手たちから「神様のような存在」と畏怖されるグラフに「勝てる」というのは、あまりの大言壮語ではあるまいか。誰もがそう思い、「スペインのホラ吹き娘」と嘲笑った。

 ところがどうだ。グラフに第1セット5−6から2度セットポイントを握られても諦めず、タイブレークに持ち込んで、4−4、5−5、6−6と続く厳しい競り合いに音を上げない。とうとうグラフを根負けさせ、8−6と先手を取った。

 第2セットはドロップショットの切り返しにミスが出て3−6と失うが、それでも2−5からセットポイントを1度逃れ、フォアのストロークエースでブレークバックと、楽にはセットを与えない。第3セット2−0とリードを奪うと、「よくやってくれた」とラケットに情熱的なキッス。
  3−5と逆転されて相手のサービスという絶体絶命のピンチにも、気落ちするどころかなおいっそうの闘志を燃やし、ラブゲームでブレークしてみせる。一気に4ゲームを連取する離れ技で、62年ぶりの3連覇というグラフの偉業を阻むとともに、グラフが作った17歳11カ月の最年少記録を6カ月更新した。

 女子には酷な2時間58分の激闘を赤土にころがる派手なガッツポーズで締めくくったサンチェス。

「今日はワンダフル・デー。命とも思う大会――ローランギャロスを、世界一のプレーヤーに3時間戦い抜いて勝ち取ったんだもの」と涙さえ浮かべる。「どのポイントにも全力を尽くし、集中力を振り絞った。だから、試合の最も重要なポイントを取れたのよ――マッチポイントをね」と、あくなきファイトを勝因に挙げた。

「グラフとサバティーニのレベルに早く追いつきたい。急速に円熟しているのがわかるの」。新星現る。今、戦国時代が幕を開けた。

◆      ◆   ◆

【プロフィール】
アランチャ・サンチェス-ビカリオ/Arantxa Sanchez-Vicario(ESP)
1971年生まれ。WTAランキング最高位1位(95年2月)。グラドスラム通算4勝(RG:89・94・98年、US:94年)。強靭なフットワークを持ち味にしたベースラインプレーヤーで、クレーコートを最も得意とする。兄、姉もプロ選手というテニス一家に育ち、89年全仏を17歳5カ月で制覇。決勝では当時GS5連勝中だったグラフを破る大金星を挙げた。94年からキャリアの黄金期に入り、同年の全仏と全米で優勝。95年にはグラフと月替わりでNo.1を奪い合った。

構成●スマッシュ編集部
※スマッシュ1989年8月号を加筆・修正

【PHOTO随時更新】ボルグ、サンチェス、グラフetc…伝説の王者たちの希少な分解写真!