アマチュア野球の試合を見る目的は、基本的には将来プロで活躍する選手をチェックするという意味合いが強い。そうなると、いくら実力はあっても年齢的にプロ入りの“適齢期”を過ぎた社会人の選手に対しては熱心にメモを取ることも少なくなる。しかし、時にはそれでも強いインパクトを残す選手もいる。そこで今回は、社会人でキャリアを終えたもののプロでそのプレーを見てみたかった選手を紹介したい。

 投手で真っ先に思い浮かぶのが富士重工(現SUBARU)のエースとして活躍した阿部次男だ。初めて彼のピッチングを見たのは2002年7月に行われた都市対抗野球関東地区予選の対日本石油(現JX-ENEOS)戦。この時点で阿部はすでに29歳となっており、当然ドラフト候補としては対象外だったが、社会人でも屈指の強豪相手に17回を一人で投げ抜いて完封勝利をマークしたのだ。正直に言うと、時間の都合もあって9回終了時点で席を立ったのだが、それまでに打たれたヒットはわずか1本だった。
  阿部はこの年以降、全盛期を迎える。06年の日本選手権ではチームを優勝に導いてMVPを受賞。2008年の都市対抗では6.2回を投げて被安打1、大会記録にあと1と迫る16奪三振という快投を見せた。10年に行われたアジア大会では37歳で初の社会人野球日本代表にも選ばれた。172㎝、63㎏と小柄でスピードは130キロ台前半だったがコントロールは抜群で、縦のカーブに社会人の強打者のバットが面白いように空を切っていた。プロの打者でも攻略するのは難しかったはずである。同じ小柄なサウスポーでは阿部と同学年で、同じく30代後半まで活躍した岡崎淳二(鷺宮製作所)や2012年、2013年と2年連続で都市対抗MVPにあたる橋戸賞を受賞した大城基志(JX-ENEOS)も印象深い。

 スピードのない変則フォームの投手はなかなかプロから注目されづらいが、右のサイドスローで圧倒的な投球を見せたのが佐伯尚治(西濃運輸)だ。九州産業大では05年の明治神宮大会に出場し、近畿大の大隣憲司(元ソフトバンク)に投げ勝つなど活躍してチームを初優勝に導いた。西濃運輸でも長くエースとして活躍。14年の都市対抗では優勝に大きく貢献して橋戸賞にも輝いた。独特のテイクバックでボールの出所が見えず、打者の打ち気を完璧に読み切ったような投球術は名人芸と呼ぶに相応しいものだった。同じサイドスローでは10年に社会人野球年間ベストナインに輝いた浜野雅慎(JR九州)も、全盛期の投球はプロで十分通用するものだっただろう。
  野手では昨年限りで引退した林稔幸(SUBARU)の打撃が強く印象に残っている。立正大時代は東都二部ながら1シーズン9本塁打も記録した右のスラッガーで、社会人に進んでからも中軸を担った。06年の日本選手権では冒頭で紹介した阿部とともに活躍し、打撃賞を受賞。この年を含めて社会人ベストナインを3度獲得している。思い切りの良いフルスウィングは迫力満点で、投手に与えるプレッシャーは相当なものがあった。年齢を重ねてからは簡単に三振をする打席も増えたが、1試合に1度はホームランや長打でしっかり仕事をするあたりにも、社会人ながらプロっぽさを感じたものである。外野の守備や走塁はそれほど目立たなかったが、若い時にDHのあるパ・リーグに入団していたら結果を残していた可能性も十分あっただろう。

 林と同学年の佐々木勉(三菱自動車川崎など)も右の強打者として活躍した。185㎝の長身で長いリーチを生かし、外のボールも巻き取るようにして引っ張る打球は迫力十分。三菱ふそう川崎が休部になってからは三菱重工横浜、三菱重工長崎、三菱日立パワーシステムズ横浜とチームを渡り歩いたが、常に主力として見事な打撃を見せていた。内野ならどこでも守れ、柔らかいグラブさばきも見事だった。全盛期のプレーはプロの一軍レベルだったことは間違いない。
  今回紹介した選手はごくごくわずかで、プロ顔負けのプレーを見せる社会人選手は少なくない。現役選手では佐竹功年(トヨタ自動車)などはその代表格で、35歳を過ぎた現在もそのストレートは勢い、コントロールともに一級品だ。プロには縁がなかったとしても素晴らしいパフォーマンスを見せている社会人の選手にもぜひ注目してもらいたい。

文●西尾典文

【著者プロフィール】
にしお・のりふみ。1979年、愛知県生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。アマチュア野球を中心に年間約300試合を取材し、全国の現場に足を運んでいる。ドラフト、アマチュア野球情報サイト「プロアマ野球研究所(PABBlab)」を2019年8月にリリースして多くの選手やデータを発信している。